もうバンド結成したら8

 待ち合わせで無事知り合いに会えたのを喜ぶような、この場では違和感しか感じない穏やかな口調。相変わらず背筋が寒くなるような笑みを顔に張り付けて。

 先ほどまでこれと同じ顔で、怒り狂ったように鬼の形相を成していたルーディーとは正反対の落ち着きを醸し出すものだから、余計に怖い。やっぱり怖いよこの人!


 その感情の伺えない瞳が、スッと横の茂みに転がっていたユリウスを捉える。


「……ヴェンデル」

「なんだ、意外と元気そうではないですか。だいぶ痛めつけられていたと思ったのに」


 声を絞り出すように名を呼ぶユリウスとは対照的に、散々嬲られた少年の姿を見て彼は平然とそんなことを言う。けれど──目の前で笑みを浮かべていた青年の眉間に、ほんのわずかだけれど溝が生まれた。

 ゆるりとした動きで振り返り、今しがた彼らが来た山道の先を見据えて呟く。


「……本当にしぶとい」


 これまでの白々しく畏まった声色ではなく、思わずこぼれただろう声には隠し切れない忌々しさが滲んでいた。

 青年の足元からは紫色の光が溢れ、ふいっと軽く腕を振る。


 すると、突如地震のような縦揺れに襲われた。

 慌ててマルゴさんをユリウスのいる茂みの方へ引きずり、青年の視線の先を追えば──先端鋭い巨大な剣山のような岩が、山道を走るように次々と生えていきました。その先にいるなにかを突き殺さんとせんばかりに。


 とんでもない光景に息を呑む。

 けれど次の瞬間──突き進む岩の剣山がふき飛んだ。 


 まるで山道の奥から大砲が放たれたように、岩が砕けて破片が飛んでいく。

 あっという間に砂嵐のような砂塵で、視界は遮られてしまいました。


「今度はなにぃっ!?」


 すでに涙目で叫んでしまったのは見逃してほしい。

 私とユリウスが揃って目を白黒させていると、粉砕された岩々を足場にして、巻き上がる砂塵の中誰かが駆けて来たようです。目の前に広がる砂埃のスクリーンにぼんやりと人影が写る。


 さぁっと風で視界が開けたとき、まず目に飛び込んできたのは鋭く眩しい光を放つ銀色でした。


 それが私にはあの騎士が手にしていた聖剣とやらの刀身に見えたけれど、違った。それを握る人物は金髪ではなかった。

 よく見知った、黒髪のショートヘアが開けた視界に現れる。


「ほら、マルゴ来たでしょ?」

「さ……っ、沙代おおぉぉっ!」


 手には見知らぬ真剣というなんとも物騒なものを手にしていますが、私とユリウスの目の前には間違いなく妹が立っていました。

 勇者感ハンパない。

 どうしよう、一気に押し寄せる安心感に腰が抜けそう。


「綾姉は大丈夫!?」


 しかし問われてハッとする。今はこんなところで腰を抜かしている場合ではなかった。


「沙代、猫は二匹いる! ギルベルトが止めてるけどキツイ!」


 説明をすっ飛ばして簡潔な言葉になってしまったけれど、伊達に十何年姉妹をしているわけではない。沙代はすぐに状況を理解したらしく、頷いてくれました。

 ──そのままベーシストさん(仮)もといヴェンデルに向かっていく。直後にはまた爆風と砂塵が舞った。


 その間に私はマルゴさんの頬をペチペチです。


「マルゴさん! しっかりしてください! 起きて!」


 うぅ~ん……なんて可愛らしい声と共に閉じた睫毛が震える。

 すると、スッと私の横にユリウスが並んだ。


「ぬるい」


 パァン!


「痛ああぁぁいっ!」


 引くくらい容赦ないビンタでマルゴさんをひっぱたきました。おかげて気が付いてはくれましたけれど。


「なにしてくれますの!? ……って、魔王じゃない!」

「俺の魔力を戻せ」


 グイッと胸倉を掴んで詰めるユリウスを前に、瞳を瞬かせたマルゴさんは直後、その真意を探るように紫紺色の瞳を細めた。


「なぜ」

「そこのヴェンデルと、もう一人ルーディーを止める」

「もう一人!? ……なるほど二人いたということね、これで腑に落ちましたわ」


 それでもなお、マルゴさんはユリウスを見据える瞳に警戒の色を緩めない。


「ギルベルトがあなたとアヤノに、わたくしの元へ行けと?」

「あ、そうなんです! 早くしないとギルベルトが──」


 騎士の名前にユリウスと頷いたら、マルゴさんから「わかりましたわ」なんてため息と共に了承の声がしました。


「あのクソ騎士がそう言ったなら、そうなんでしょう」


 辛辣なのは変わらずですが、名前が出たとたんにあっさりと頷いてくれました。確かに相性は悪い二人ですが、そこには間違いなくお互いへの信頼があった。


「でしたら、これ。なんとかしてくださる?」

「少し待て」


 マルゴさんがごつい岩で拘束された両手を掲げれば、ユリウスがそこに手をかざしてしばし。手のひらからほんのわずかにホワッと赤い光が輝いたと思ったら、岩はサラサラと砂になって崩れた。

 自由になった両手をヒラつかせながら、マルゴさんが口を尖らせる。


「あぁもう、本当に重かったですわ。あいつ絶対に許しませんわよ」


 言いながら、今度はマルゴさんがユリウスのもっさりした前髪の上から額に手を置いた。早口で呪文を唱えだすとマルゴさんの白い魔法陣が周囲にいくつも浮かぶ。

 そのひとつひとつが強い光を放ち、なにかとても大掛かりなことが始まったということは私にもわかりました。


 気が焦る中沙代に視線を移すと、ヴェンデルが次々と地面から剣山を突き出すのを、剣圧のような飛ぶ斬撃で吹き飛ばしている姿が目に入る。なにあれ。妹がすごい。

 沙代は剣というようりも、刀のように刀身が反った長い刃物を振り回していました。

 ……これまでの流れでなんとなくあれがなんなのか目星はつきますが……うん、もういいや。あとで聞こう。


 そんな中、ダークブラウンの瞳がふっと細められたように見えた。口元には確かな笑み。全身が粟立つ感覚に無我夢中で叫ぶ。


「沙代! 避けてっ!!」

「────っ!?」


 私の声に沙代が横へ飛んだのと、その沙代がいた場所へ飛び込んできた誰かが地面を抉ったのはほとんど同時でした。

 突き立てられた拳を中心にして、そこだけクレーターみたいにへこんでいる。

 ゆるりと立ち上がった彼を見て息を呑んだ。


 ──なぜ、ここに。

 私と同じことに思い至っただろう沙代が、剣呑な顔つきで立ち上がる。


「ギルはどうした」


 現れたのは、ギルベルトが止めてくれていたヴェンデルの片割れ、ルーディーでした。


「ギルベルトはどうした!」


 けれど、彼は沙代の言葉を聞き流してヴェンデルに顔を向ける。その相手の視線が私たちに流れたのを追って、オレンジの瞳もユリウスを捉えた。

 そこでは、全身に珠のような汗を浮かべたマルゴさんの手が、まさにユリウスから離れる瞬間で。


 ルーディーがこちらに向かって跳んでくるのと、それを追う沙代の姿が目に入った。ユリウスに向かって伸びる手に、咄嗟に間に割って入る。


 私が少年に覆いかぶさったのと、ルーディーの手が私に触れたのと、焼けつくような熱い光に包まれたのは、全てが同時だった気がしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る