もうバンド結成したら7

 超人のごとく山を駆けたギルベルトには遠く及ばないけれど、それでもユリウスを背負って精一杯山道を走る。寸前まで背負われることに抵抗を見せていた魔王様だけど、いざ乗ってしまえば生意気な言葉とは裏腹、ぐったりと私の背に身体を預けてきた。

 モカからあまりに一方的に痛めつけられながらも、全て受け入れていた姿を思い出すたび胸が痛む。


「でも、さっきはギルベルトに一体なにが起きていたの?」


 意識のない様子で私たちを攻撃してきた姿を思い返して問えば、ユリウスが身じろいだのを背中に感じた。


「……あいつの名は、ルーディーという」

「もう一人いるよね?」

「ああ、ヴェンデルだ」


 ここにきてようやく名前が判明しました。

 カフェモカもといヴェンデルとルーディー。


「さっきのはルーディーの得意とする魔術だ。あいつは相手の精神を撹乱させる」

「え、なにそれえげつない」

「逆にヴェンデルは無機物を操る」

「……だからゴーレム」


 精神と物理両面でぶん殴ってくる系のコンビって、やばいじゃないか。


「だが普通なら……精神をやられてすぐさま意識を浮上させるなんてできるものではない。あんな短時間で何度も立て直すあの騎士は、なんというか異常だな」

「あー、まあ、ギルベルトこそ物理に全振りしてるもんね」


 面倒なことをなにも考えないとも言うけれど。

 あの人の思考は単純明快である意味羨ましいです。


 と、あの騎士様の逸脱した凄さを再認識していたときでした。


「──っ!? うわあああああっ!?」

「なんだ!? どうした!」


 私の尻ポケットから空気を読まない突然の振動が起きたのは。


「あっ、スマホ!? スマホ鳴ってる!」


 千鳥に電話をかけたあと、適当に尻ポケットに突っ込んでいたスマホがブーンブーンと大震動を起こしていました。

 異世界要素目白押しの中、この唐突な現実味。頭の切り替えが難しい。すっかりその存在を忘れてたもんだから自分でもびっくりするくらいの悲鳴が出てしまいました。


 一旦立ち止まりユリウスを下ろしてからスマホを取り出す。画面に浮かんでいた名前を見て、慌てて通話ボタンをタップした。


「さ──」

『綾姉っ、今どこ!』


 私の声を遮って、叫ぶような沙代の声が耳元で大きく響く。スピーカーの向こうからはザカザカと風を切るような音も聞こえるので、どこかを走っているのかな?


「それが裏山に向かってたんだけど、ユリウスも大変なことになって……! とにかくマルゴさんに会わないと──」

『裏山ぁっ!?』


 なんでまたそんなとこに!? と苛立つような沙代の声がキーンとスマホから突き抜けてきて、思わず耳から遠ざける。わかる、わかるよその気持ち。でもこっちも色々あったんだよぉ!


『ていうかユリウスいたの!?』

「いたよ! あと──」


 千鳥と由真ちゃんも大変だし、カフェモカの真相もだし、ギルベルトも急がないとだし。って、伝えなきゃいけないことてんこ盛りなんだけど、


『裏山の方から神社に戻るってこと!?』

「え、あ、そうっ」

『漆間じいちゃんの畑から回ってく道!?』

「う、うんっ」

『なるほどね、だからあいつ……っ、わかった綾姉そこにいて!』

「えっ、ちょっとあの沙代、マルゴさんはどこ!?」

『そこにいれば来る!』

「は!? どういう──」


 切れた!

 私ほとんど何も言ってないんだけど!

 もおおおっ、千鳥も沙代もお姉ちゃんの言うこと聞いてくれないんだからあああっ!


「サヨと話していたのか?」


 一人地団太を踏む私に、不審そうなユリウスの声がかけられる。


「沙代がここにいろって。たぶんこっちに向かってるんだと思う」


 伝えたら、そうか。とそれだけ言ってユリウスがしゃがんだ。ああ、きっと立っているのもきついんだろうな。

 神社のメンツが今どうなっているのかはわからないけれど、沙代が来るならなんとかギルベルトの助太刀をお願いしなくては。


 しかし、ここにいればマルゴさんが来るって、なに?


 沙代の謎発言を思い返した、そのとき。

 足の裏から地震のような振動が伝わってきて、あれ……なんだか嫌な予感。

 ユリウスまで警戒するように、すっかり血の気が引いてしまった顔を無理やりに上げるものだから予感は確信となる。


「え、なにが来るの?」


 山道の先から地響きのような音が迫ってくると同時に、散々苦しめられたあの激しい耳鳴りが再びキーンとやってきました。


「な、なんかやばいっ!?」

「下がれ、下がれ……っ!」


 私とユリウスの声は見事に重なった。とにかくこの道からどかなきゃいけないことだけは以心伝心しました。手と手を取り合って転がるように横の茂みへ飛び込む。

 ドドドドドと足元が大きく揺れ始めた。


 ──先を見れば、ボコボコと大きく盛り上がる地面が、津波のようにこちらへ迫って来たのです。


「え、なにあれええええ!」

「きぃゃああああああああああっ!」


 私の声をかき消すように、とんでもなく可愛い萌え声の悲鳴が響き渡りました。思い浮かぶ人物なんて一人しかいない。他にいようはずがない。


「マルゴさん! ……マルゴさんっ!?」


 しかしながら後半が疑問形になってしまった。

 彼女は津波のごとく迫る土砂の上に乗って、怒涛の勢いでこちらへ運ばれてくるのだから。めちゃくちゃ涙目で悲鳴を上げるマルゴさんと目が合いました。


「アヤノおおおぉぉっ!」


 呼ばれた瞬間、波打つ土砂が目の前で急停止──その反動でマルゴさんが放り出される。再び甲高い萌え萌えな悲鳴を上げながら巨乳魔術師は転がっていきました。


「マルゴさあああぁぁんっ!」


 慌てて駆け寄れば、目を回すマルゴさんは両手を胸元で組んでいて、その手首には手錠のように岩の固まりがくっついている。


「大丈夫ですか!? 一体なにが──」

「おや、良かった。この道で合っていたようだ」


 上から降って来た声に、身体がビクリと跳ねた。

 見上げれば、マルゴさんが放り出された盛り上がる土の上に、白髪でダークブラウンの瞳をした彼が悠然と立っていたのだから。

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