もうバンド結成したら6
「あいつを抑えよう。ユリウス動けるか」
そんな中、ギルベルトが小さく問う。
「倒すのは正直厳しい。それに……ユリウスもそれを望んではいないだろう?」
「……っ、ああ」
跳ねるように顔を上げて、少年は心苦しそうに、それでもハッキリと頷いた。
確かにこちらは満身創痍の騎士と魔王に、戦力は皆無の私。それに比べて、あちらは元気いっぱいでやる気──もとい殺る気満々です。どう考えても不利しかない。
「私が出るからユリウスは後方から頼む」
「わかったが……いいか、あいつは──」
ユリウスはなにかを伝えようとしたけれど、ギルベルトは了承の言葉だけを聞いて飛び出してしまった。相変わらず人の話を聞かない。
再び始まった激しい攻防の音に、魔王様は小さく舌打ちをした。ね、少しは話を聞けってなるよね。
ユリウスの足元で赤い魔法陣が輝いたと思ったら、私たちの周りにはまたあの結界が現れる。同時に、周囲にはいくつもの赤い光の球のようなものが浮かび、ギルベルトと交戦する青年に向かって次々と飛んで行った。
けれど相手は聖剣の攻撃をいなしながら、驚くほど俊敏な動きでそれらを避けていきます。まさに猫のようなしなやかさに目を疑う。
ギルベルトの動きに合わせてユリウスは赤い球を次々と放っていくれど、相手は余裕を崩さない。二対一であるに関わらず焦りの色が濃くなるのこちらの方でした。
ユリウスの魔法を全て避けきった青年の両手の先に、小さな紫色の魔法陣がパッと浮かぶ。
そして、
「お前が脳筋で助かったわ」
ニヤリとした笑みを口元に浮かべて、彼はギルベルトとの距離を詰めるなり振り下ろされる両腕を掴んだのです。とたんに、魔法陣は聖剣を握る腕に吸い込まれていった。
「俺との相性最高だな」
「なに──」
目の前の光景に、ユリウスが「くそっ」と悪態を吐いたのが聞こえました。不穏な空気にギルベルトを見やれば──一瞬気を失ったように硬直した身体が、不自然な動きでグルンとこちらを振り返る。
かと思えば、あろうことか私たちに向かって聖剣を振ってきたのです。
「え!? なんで!?」
ギィンと甲高い音が鳴る。聖剣はユリウスの結界に阻まれたけれど、それでも目の前で起きた光景は衝撃だった。手元からの振動で意識を取り戻したのか、ハッとしたように動きがおかしかったギルベルトの目へ生気が戻る。
「……っ、今のはなんだ!?」
「ギルベルトどうしたの!?」
「だから二人とも話を聞けっ!」
驚愕で見つめ合う私たちの横で、ユリウスが声を上げる。
けれど次の瞬間、ガクンとギルベルトの首が垂れた。そして下から振り上げられる聖剣、またも弾く結界の音。それが数度あって、ビリビリと結界が激しく振動する。まるで、意識がないのに、身体が勝手に動いているみたいだった。
防ぐユリウスの頬を、いくつもの汗が滴り落ちる。
「よりによって聖剣……っ」
「はっ──!?」
ようやくギルベルトが我に返ってくれたときには、ユリウスが片膝を着いてしまいました。
「さすが騎士っつーか、戻ってくんの早いな」
後方で、どこか感心したように目を細めるモカの姿が見える。正直なにがなんだかわからない。
対してギルベルトは、なにかしら理解したらしい。
「なるほど。これは厄介だな、だが──」
怒りに眉を吊り上げて魔族の青年を見ると地面を蹴った。真っすぐとモカに向かい、鋭い銀色が光ったと思うと激しい火花が散る。
「やるしかねーだろ!」
「その精神力は褒めてやる!」
剣と拳が交差する様は一見互角に見えます。
でも、ギルベルトは意識を失ったようにほんの一瞬動きを止めることが何度かあって、そのたびに拳を受けている。口元から血が飛ぶのも見えた。
「どうなって……」
「ダメだ、魔力が足りない──っ」
狼狽える私の横で、ユリウスが強く地面を叩きつけた。息を切らし背中を大きく上下させで、白い指がガリガリと土を抉る。
すると、ピタリとその指が動きを止めて──不意に私の服の端を掴んだ。
「マルゴ・シーラーは、どこだ」
「え……っ!?」
「あの魔術師はどこにいる!」
突然なんで。と思ったけれど、ユリウスの力を封じたのがマルゴさんで、魔力が足りないと言う言葉を考えればおのずと読めた。
「ダ、ダメだよ! だってカフェモカはユリウスの魔力を狙って……っ」
「これしか手はない」
「でも──っ」
獲物が自ら飛び込んでいく光景しか見えない。渋る私の手を、ユリウスがギュッと握る。
「どちらにしろ、このままでは奪われる」
そして、握った私の手に額を擦り寄せた。
「──俺はもう間違えたくないんだ」
「ユリウス……」
胸が締め付けられるような、切実な声でした。握られる手に私も手を重ねる。
同時に、剣撃の合間から声が飛んだ。
「やれるのか!?」
「この俺の闇を纏いし力には何人たりとも敵いはしない。それが必然だ」
「全っ然意味がわからないけどやれるって!」
いつもの調子で応えたユリウスの声に内心ほっとしながらギルベルトに応え、ならば私もと頷いてみせる。
「わかった。なら……はい乗って!」
背中を向けてしゃがんだら、一瞬呆けたような気配を感じた。
「乗るだと?」
「そう。私が、マルゴさんのところまでユリウスを背負ってく!」
先程のギルベルトのように、今度は私がユリウスの馬となってみせる!
こちらはすっかり気合十分なのですが、対する少年はこんな展開など予想していなかったのでしょう。可哀相なくらいに狼狽えています。
「大丈夫。ギルベルトみたいに石を背負って沼地は走れないけど、多分いける!」
運動神経は全くないけれど、田舎育ちの体力を侮らないでいただきたい。しかもここは私のホームグラウンド! でも一回くらいは転んだらゴメン。
それよりもユリウスってばそんな真っ青な顔で走っていくつもりだったのなら、そっちの方が無茶ってなもんでしょう。
「は? 石? だがしかし──」
「いいからほら!」
渋るユリウスを強引に促せば、ずしっと背中の重みが増した。……あ、結構くるな。
ひょいひょいと山道を駆けていたギルベルトの体力に改めて慄きますね。
「でも私だって負けない! う……ぉおりゃああぁっ!」
ぐぐっと両足に力を込めてなんとか立ち上がる。
暗闇にもすっかり目は慣れたし、方向も多分合ってる。
戦力にはならないけれど、せめてこれだけは。それは、思っていた以上に私自身を奮い立たせてくれた。
「ギルベルト、少しだけ待ってて!」
きっと彼も限界だ。本当は残していくのは心苦しい。でも──チラリと私とユリウスを見やった顔は笑顔だった。
──なんとカッコ良い騎士!
泣きそうになりながら駆けだせば、
「まかせろ!」
吠えるような叫びで返される。同時にゴウッと唸った大きな風圧の余韻に背中を押されて、私は飛び出した。
けれど、風に乗って聞こえた声に思わず振り返る。
──おい、そっちに行ったぞ。
カフェと同じくニヤリと三日月に欠けたオレンジの瞳が、私とユリウスを見据えていた。
直後背後からはギルベルトの雄叫びとともに、メキメキと木々のなぎ倒される音と地鳴りが響く。ええっ、聖剣の一振りって木まで斬れるの!? 聞こえてくる規格外な音に異世界の凄さを再認識せずにはいられない。
「ユリウスもちょっと我慢してね!」
「おい、絶対に落とすなよ」
念を押すように言われたけれど、本当に申し訳ないのですがそれはちょっと自信がない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます