もうバンド結成したら5

「な、なにがどうなってるの? そもそもどうして魔族のモカが魔王様のユリウスを襲ってて、そんなモカをどうしてユリウスはギルベルトから守ってて……」

「俺も知らん!」

「知らん!?」

「俺はただ敵を倒す! 今の敵はあいつだ!」

「さすがですねギルベルトさん!」


 ビックリするくらい話にならんですね!

 私が白目を剥いている間に、どうやら飛んでった二人も揉めているらしい。


「腹立つほど──っ、なにもわかっていない大馬鹿野郎だな」


 煮えたぎるような怒りを含ませた声だった。慌てて見やれば、こちらに背を向けるユリウスは向かい合うモカに胸ぐらを掴み上げられていました。

 そして苛立たし気に大げさなため息が吐かれる。


「かといって手加減してるわけでもないんだろうよ。大方予想はついてんだ」


 唐突に、モカはユリウスのもさもさ頭を鷲掴みました。

 彼は魔王様の目元をすっかり隠している分厚い前髪を掻き上げ素顔を目にすると──眉間にギュッと、忌々しそうな険しい溝を作った。ただでさえツリ気味のモカの目は、より一層きつく吊り上がる。


「……やっぱりな」


 でも──


「ど、どうしたの……?」


 残念ながら、私とギルベルトの位置からではユリウスの背中しか見えません。一体モカが何を目にしてあの表情なのかがわからない。

 それでも。

 前髪を掻き上げたユリウスの素顔を前に、モカの怒りが更に昂ぶっていくのだけはひしひしと肌に感じました。


 そして私は、そういえばユリウスの素顔って見たことなかったな。なんて今更ながらの事実に気付いたのです。


 すごい髪質だなぁとは思ったけれど、服のセンス含めその他諸々、特に勇者一行があまりに強烈だったものだから、伸び放題の前髪の下がどうなっているのかなんて些細なことすぎて気にも留めていなかった。

 それが、今はなんだかひどく悔やまれました。

 気にすべきだったのだという気がしてなりません。


 しばし沈黙したモカは、口を歪ませて唸るような低い声を吐き出した。


「本っ当、ふざけんなよ。マルゴ・シーラーの仕業か──」 


 出てきた名前は、あのスイカップでダメンズほいほいな魔術師の彼女。


「なんでマルゴさん……?」

「ああ、そうか」


 全くといっていいほど話についていけない私とは反対に、ギルベルトは合点がいったとばかりにポンと膝を叩いた。なんともコミカルな仕草と声に、緊張がゆるみそうになる。

 この人の整った顔はとてもシリアス向きなのに、言動がどうにも軽くて真剣さに欠けるのが残念なところですよね。でもまあ、それがホッとするのも事実だけれど。


「ええと、つまりどういうこと?」

「いや、すっかり忘れていたのだがユリウスは魔力の大半をマルゴに封じられていてな」

「…………どういうこと!?」

「だって、そうしないと危ないだろう」

「そんなキョトン顔で言われましても!」


 この人、聖剣の件も含め肝心なことを忘れすぎじゃないかな!? 次から次に想定外の事実が出まくりなんですが。

 色々と深く掘り下げたいけれど、ここはグッと我慢して先を促すことにします。口を挟んだら話が進まないこと請け合いだもの。


「おそらくあいつらの狙いは魔王の魔力だ」

「ま、魔力?」

「ああ。ユリウスだけを狙ったのもそういうことだろう。ユリウスの持つ魔力を奪い取って力を得るつもりだったが──」

「その肝心の魔力が、ほとんどマルゴさんに封じられている。と」


 ギルベルトの言葉を受けて続ければ、肯定するように頷かれた。それをモカはたった今ユリウスの素顔を見て確信したってことですよね。


「恥ずかしい限りだが、あれでもマルゴは我が国一の魔術師なんだ。……あれが我が国一なんだ……」


 後半の呟きはより一層声のトーンが落ちました。この人は毎回マルゴさんの優秀さを語るときの顔が酷いですね。一体苦虫を何百匹噛み潰してんだって顔してます。あなたたちは一体何があったの。


「とにかくだ。そのマルゴが施した封印の術はそう容易く解けないだろう。なれば、魔力を奪う以前の問題だ。そもそも魔力を奪うということ自体、かなり面倒な術式が必要だからな」

「そうなんだ」

「難しすぎて私はさっぱりだ!」


 なぜそこで胸を張る。

 とはいえ、私だって魔術ってものをよくわかっていないけど。まあつまりは、魔力を奪うのも封印を解くのもダブルで大変ってことですよね。

 モカが苛立つ原因の一端が多少なりともわかったところで、その彼に視線を戻してみれば……戸惑う小さな呟きに私の胸は締め付けられた。


「なぜだ、お前たちは、なぜ……」


 散々殴りつけられ、今だ髪を鷲掴まれたままのユリウスの口からはそんな疑問ばかりが零れ落ちる。なのに、縋り付く少年の呟きを、魔族の青年は鬱陶しいものを払いのけるかのように腕を振って、ユリウスの頭を放り出した。


「わかんねーよなぁ、お前には」


 地面にお尻を強く打ち付けたユリウスに構わず、彼は侮蔑の表情を張り付けて吐き捨てる。そして自虐的ともいえるような鼻息を鳴らした。


「だから嫌いなんだ」


 あんまりな言いように、ユリウスの肩がビクリと跳ねた。

 カッと頭に血が上るのが自分でもわかった。気付けば、私は肩を怒らせて二人に向かおうとしたけれど──その肩をギルベルトにグッと掴まれて制される。


「少し待て」


 なんで──っ、と振り向いたときには、ギルベルトの姿はすでに前方でした。

 突っ込んできた騎士に気付いたモカが飛び退いたのを見たと同時に、意図を察して私もユリウスへ駆ける。改めて近くで見た少年の頬は赤く大きく腫れていて、私の方が泣きたくなって──思わず抱きしめた。


「なにを……」

「わかんない」


 でもこうせずにはいられなかったし、ユリウスも拒まず頭を預けてくる。いつもの生意気な言動との落差が、痛めつけられた彼の心を表しているようだった。


「一人で全部抱えないでって言った」

「……そうだな」

「ユリウスに怪我をしてほしくないって、言ったよ」

「……そうだな」


 肩口に乗った頭から、呟くような小さい「わるかった」なんて声が聞こえた気がしました。

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