もうバンド結成したら4
この子は、どうして私がここに来たと思っているのか。言ったじゃない。縁側で、一緒にお茶を飲んで、言ったじゃないの!
「そんなこと言わないでよ……!」
こちらこそ、なにクソとばかりに立ち上がってユリウスの肩を掴む。驚いたように振り返った顔になおも言ってやろうとしたところで、違う声が上がりました。
「悪いな魔王様。こっちの話がまだ終わってなかったな」
聞いているこっちが胸糞悪くなるような、明らかな嘲りを含んだ声色で魔族の青年は言い放った。対するユリウスは、己を奮い立たせるようにギュッと拳を握る。
「さっきの話は本当なのか……」
その声は、魔王であろうとする少年の気丈さと威厳を感じさせるものだったけれど、どこか悲しそうでもありました。
青年は、そんな少年を鼻で嗤う。ハッと吐き捨てるような嘲笑が返されて、ユリウスがギュッと唇を噛んだ様子が目に入った。
「ああ、そうだ」
言いながら顔を伏せた青年の姿に、なにかゾワリとしたものが背筋を伝った。何とも言い難い嫌な感覚に思わず身構えたその時、モカが消えた。
私の目には消えたようにしか見えなかった。
だって気付いたときには、すでに彼は私とユリウスの目の前まで迫っていたのだから。
彼は身体を低く沈めて、弾丸のごとく一気に飛び出してきたのです。
「全部俺たちがやった」
迫るモカの顔は、まさに鬼の形相。闇を一層濃くした山の中で、オレンジの瞳を爛々と輝かせ瞳孔を完全に開いている。
そこに宿る感情は明らかな強い憎しみ。
あまりにも剥き出な憎悪に、身体が竦んでしまいました。となれば、実際に矛先を向けられたユリウスが感じているのは私以上だろう。
実際、前に立つユリウスは固まって動かない。そんな少年に向かって、伸ばされた腕が迫る。
けれどモカがもさもさ頭を掴むかと思えたそのとき、やはり騎士の彼は良い仕事をなさりますね。
金属同士がぶつかる甲高い音が、鼓膜を劈いた。
「そんなとこで突っ立ってんな! 後ろにはアヤノもいるだろうがっ!」
寸でのところでギルベルトが私たちの間に割入った。さすがセコム! ああいや違う騎士様! 完全に
こちらの騎士まで恐ろしいほどの鬼の形相をです。どっちが悪役だかわかったもんじゃないわ。
ハッとしたようにこちらを振り返ったユリウスに「大丈夫」だと首を振る。その向こうでは「兄上殿から任されてんだぞ! アヤノに傷ひとつ付けてたまるか!」と、もはや目的を見失っている台詞が叫ばれています。
ギルベルトの中で、すでに兄の地位がとんでもなく高位にまで上り詰めていることがうかがえますよね。そのうち崇め始めそうでどうしようこわい。
一方で、再度ギルベルトの聖剣と黒い革布を巻いた腕を交差させるモカの口は、苛立ったように歪んだ。
「勇者の騎士に守られてんのかよ! その高貴な血が聞いて呆れるな!」
馬鹿にしたように悪態を吐いて、彼は再びギルベルトと激しい攻防を繰り広げる。
──守られるのではなく、守らなくてはいけない。
私の腕を見て自分を責めた声が、思い起こされる。
心配になってユリウスの顔を窺い見れば、強く噛み締めた唇からは血が滲んでいた。
「ユリウス……」
そのとき、戸惑うような少年の唇から聞きなれない言語が紡がれた。
私の知らない発音の言葉。神社でもマルゴさんが使っていた言葉。
あ、と思った直後、案の定でした。
「──っ!」
キーンと刺すような耳鳴りに襲われる。
またか! と咄嗟に耳を塞いだ。塞いだところで意味ないだろうけど!
ユリウスの足元に、ブワリと赤い光を発する魔法陣が描かれていきました。中心に立つユリウスは、今まさに斬りかからんとするギルベルトと迎え撃つ気満々のモカを人差し指で指して、ついっと横に引く。なんだ? と私が眉根を寄せたそのとき、金属が擦れ合ったようななんともいえない不快な音が響きました。
同時に聞こえてきたのはまさに大激怒といった言葉がピッタリ当てはまるような怒声。
「──にしやがるユリウスっ!」
怒り心頭のギルベルトが吼えた。
うん。確かにこれは荒ぶっても仕方がないと思う。私自身、目の前で起きたことに呆気に取られた。
神社でマルゴさんが私たちを守ってくれた結界と同じように、半球状の光の壁がモカの周りに張り巡らされている。それが、ギルベルトが振り下ろした聖剣の刃を防いでいた。これらがぶつかり合った音が、先ほどの不快音の正体らしい。
つまりユリウスは、モカを守るために結界を張ったのです。
私とギルベルトは、千鳥と由真ちゃんが魔族の猫を探しているかもしれないと裏山に来ました。もしかしたらユリウスも、もう一人の魔族と一緒にいるのではと思って。
その魔族はゴーレムを使って襲ってきたあのベーシスト(仮)さんもといカフェの仲間で、ユリウスを狙っているはずで。だからユリウスにとってその魔族は危険であるはずなのに。
今、ユリウスはその相手をギルベルトの攻撃から守ったのだ。
「もう、一体、どうなってるの!?」
「魔王ごときがいい加減にしろよ!? あぁ!?」
ギルベルトなんてついに「魔王ごとき」とか言った!? 言っちゃったね! 色々追いつかない!
が、しかしです。ユリウスを問い詰めなくてはなるまい! と鼻息荒げた私とギルベルト以外に、なぜか怒り心頭な人がこの場にもう一人いました。
「だぁから、俺はお前のこういうところが死ぬほど嫌いだっつってんだろうがあぁっ! 死ねやクソがあぁっ!」
「ええ!?」
「はあ!?」
思わぬところから上がった怒りの咆哮に、私とギルベルトの口からは素っ頓狂な声が飛び出す。
だって、たった今ユリウスに守られたモカが怒り狂っているんだもの。守られた人がこれまでにないくらいの怒りよう! どうした!? ってなるでしょうよ!
しまいにはせっかく張られた結界を飛び出して、青年はこちらへ──ユリウスに向かって一直線に駆けてくる。
「ひ……っ!」
向かってくる相手の、あまりに怒り狂った瞳孔開きまくりの顔に息を呑んだら、ユリウスは後ろにいた私の存在を思い出してくれたようで。慌てたように呪文を唱えたその瞬間、私たちの周囲には、先ほどモカを守ったと同じく光の壁が現れる。
それは怒りに駆られた腕が届く直前でした。
拳を突き出したモカと、ユリウスが唱えた結界は激しい光の火花を飛び散からしながらぶつかり合った。
「畜っ生、ふざけんなよてめえぇぇっ!」
「──っ!」
喉元に血管を浮かせて獣のように声を荒げる青年は、なおも腕に力を込めてくる。その都度ユリウスの足元はズズズと地面を抉りながら少しずつ後退し始めた。荒ぶる感情をストレートにぶつけてくる相手に対して、いまだ戸惑いを隠しきれない少年は明らかに押し負けている。
その証拠にビキビキビキッと、ガラスにひび割れが走るような音が四方を巡った。その音から連想される事態を思い浮かべてしまったと同時に、それは現実となりましたよね。
ユリウスが唱えた結界は、モカの拳によって砕かれてしまったのです。それはものの見事に粉砕されました。
バリンという甲高い破裂音を響かせて、私とユリウスの周囲に張り巡らされていた半球状の壁は、弾けるように砕け散った。
キラキラと光の破片が舞う中、モカの拳は勢いそのままに魔王様へと迫る。
あわやまたも殴り飛ばされてしまうかと思ったとき、両手を掲げたユリウスの手に、足元に浮かんだものよりずっと小さいミニチュアサイズの魔法陣が光った。その魔法陣自体が盾のように、モカの拳とぶつかりバチバチと再び火花が飛ぶ。
魔族の青年は何度も何度も拳を繰り出し、防ぐユリウスを殴り続けた。勢い衰えない相手に対し、防戦一方のユリウスはかざした魔法陣の光が段々と消えかけています。これはどう見ても劣勢。
渾身の一撃とばかりにモカが腕を引いたとき、私は思わず目の前の少年を押しのけていました。
「ユリウスっ!」
「な、よせ──っ」
殴られて、また傷を増やすユリウスの姿が脳裏に浮かんでしまえば、考えるまでもなく動いていた。
少年を後ろに押しやるように腕を伸ばしたら、声を上げたユリウスの顔が一瞬、気のせいでなければ私の左腕──学校で遭遇したゴーレムさんとの一件で、包帯グルグル巻き状態の腕を捉えたように見えました。
直後、ユリウスがギリッと歯を軋ませる。
全てがまるでスローモーションのようだった。
庇おうと前に伸ばした左腕を、ユリウスに掴まれて後ろへ押し返されてしまった。私は足をもつれさせて尻もちを着く。
「痛っ、──え!?」
顔を上げると、そこにはモカの拳が直撃したユリウスの姿があった。突如視界に飛び込んだ光景に目を剥いている間にも、少年は殴られた勢いで飛ばされ、さらに追い打ちをかけるべくモカがその身体に追いすがろうとする。
するけれど──
「アヤノおおぉぉっ!」
今度は私の名前を絶叫しながら後ろから飛びかかったギルベルトの回し蹴りが直撃して、モカをふっ飛ばしてしまったのです。
「え、ええええっ!?」
瞬きをするようなほんの一瞬で、モカがユリウスを殴り飛ばし、更に後ろから跳躍してきたギルベルトがモカを蹴り飛ばし、ぽかんとしている間に私の目の前には今やギルベルトが立っている。
瞬間移動かと錯覚するほどの怒涛の暴力の連鎖!
「怪我はないな!? よし!」
ポポポポンと身体をひととおり叩かれて無事を確認されました。でも私の思考は完全に置いてきぼりをくらってます。何が起きたのかちょっとだけ整理させてほしい。
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