もうバンド結成したら3
予期せぬ邂逅にその姿を凝視すれば、ギルベルトを睨み付ける青年の口角が、挑発的にクッと上がった。唇の隙間から、鋭い牙にも似た八重歯がギラリと覗く。
「ちょっと遊びすぎたか」
「──っ!」
ぐんっと、まるで空気が凝縮する音が聞こえたかと思いました。笑んだ彼の袖口から覗く腕に、見事な血管が浮かび上がる。まとう空気が明らかに重さを増した。反対にギルベルトの表情は食いしばるように歪んでいきます。
ギルベルトを押し負かす勢いで腕に力を込めた彼は、千鳥がカフェと呼んでいた青年と同じ顔で、同じような黒く光沢のある上下革素材に、謎のベルトを大量に巻いた服装をしています。けれど、持つ色と雰囲気は全く異なる。
向こうがベーシスト(仮)だとすれば、こちらはまさにステージ上を駆け回り猛々しくギターを掻き鳴らしていそう。ついにボーカル・ベースにギターまで揃っちゃったよ!
「アヤノっ!」
「……え?」
鋭い声に呼ばれて我に返る。おっと危ない。
視線の先は私が握っている聖剣。考えるまでもなく大きく振りかぶった。
「ギルベルトぉっ!」
やり投げのフォームをイメージして、私は手にしていた聖剣をぶん投げました。
多少上手く飛ばなくても、そこはあの騎士様がなんとかしてくれる。人任せな考えは、幸いにも間違ってはいなかった。
放たれた聖剣がぶつかるかぶつからないかの絶妙なタイミングで、ギルベルトはギタリスト(仮)もといモカを押し返しました。多分だれど、一瞬だけ力を抜いてからもう一度押し返したのだろうか。わずかに相手が前のめりになって足元がよろめいた。それは瞬きをするような間の出来事だったけれど、ギルベルトが手を伸ばすには十分な時間。
気付けば、煌めくような一閃と共に、布切れを引き千切り銀色の刀身が姿を現していました。
「チッ──!」
飛び退いた青年から聞こえる荒い舌打ち。けれど対する騎士様だって負けていない。どうやら
「逃がすか!」
先ほどまでの好青年とは一変、ギンッと明らかに目つきを剣呑としたものへ変えて、ギルベルトはモカをなおも追う。
「ユリウスを頼む!」
私に向かって一言、そんな台詞を残して。
──え? ユリウス?
予想外の名前が出てきて、思わず言葉を失います。だって、頼んだってなに。
オロオロと周囲を見回したところで、ある一点に目が留まりました。私がギルベルトの首を絞めつつもがいていたあのとき、木々の葉の間から落ちてきた黒い塊。
少し先で転がっているのは、ただの黒い物体でもなんでもなかった。
そこにはぐったりしたユリウスが横たわっていたのです。黒い塊は探していた魔王様に他ならなかった。
「──っ、ユリウス!」
慌てて駆け寄り肩を揺すると、呻くような声が微かに聞こえたました。
「大丈夫!? 痛いの?」
ボンッと落ちてきたあの勢いを思えば痛いに決まっているだろうけれど、問わずにはいられなかった。横たわる身体をそっと揺すったら、もう一度呻き声を漏らしてユリウスが身じろぐ。
見れば、黒いタンクトップから覗く腕は泥だらけ……どころかたくさんの擦り傷に、もっと、殴られたような、そんな痕がうかがえて息を呑んだ。黒味でわからないだけで、おそらく服も全身泥にまみれている。
知らずにきつく握っていた拳を解いて、もさもさとしたくせ毛を撫でた。からみつく泥やらザラつく砂の感触が嫌に気になってしまう。すっかりボロボロになってしまった姿を目の当たりにして、胸が痛む。
──ちょっと遊びすぎたか。
その言葉の持つ残酷さを理解してしまった。
すると、ようやく意識が覚醒したのでしょう。弾かれたように身体を起こしたユリウスに、あわや頭突きをされるのかとのけ反った。
「ルー……──いっ!」
「動かないほうがいいよ!」
何事か叫びかけた口元が、瞬く間に苦痛で歪む。慌ててその背中に手を添えたけれど、私など目に入らない様子で、なおも立ち上がろうとする。
彼が顔を向けた先には、ギルベルトと交戦するモカ。
ええ、私がユリウスに気が付いて駆け寄ったこの間も、彼らの戦闘は継続中です。
殴りつけるわ蹴りつけるわ、風を切る剣圧音はもちろんですが、あの魔族の彼も、あまり口が良ろしくないのでしょうね。
そしてそんな中に飛び込んで行こうとするユリウス。
とてもじゃないけれど、行かせるわけにはいかない。痛ましい細腕を掴む。
「ユリウス!」
「──っ!?」
呼べば、びくっと肩を跳ねさせてから、ようやくこちらを振り向いた。私の顔を見るなり驚きのせいか硬直している。『なぜここにいるんだ』という内心の動揺が言葉はなくともありありと伝わってきました。
目の前の少年はしばし口元をパクパクとさせていたけれど、我に返ったように私の腕を掴み返してくる。
「なんでっ、早くここから──」
ひどく慌てた様子で私を叱咤する声が飛び出しかけたところで、それは違う声に遮られる。
「なにが目的だ!?」
吐き捨てるようなギルベルトの叫びと、苛立った舌打ちが聞こえた。そちらに目を向けてみれば、振り下ろされた聖剣を真剣白刃取りのごとく受け止めているモカ。そんな彼を、ギルベルトは忌々しげな顔で眉根を寄せ、睨みつけている。
「全ての元凶はお前らだろう!?」
しかし対峙するモカも負けていない。ニイッと歪ませた口元から八重歯を覗かせて、受け止めた聖剣をへし折らんばかりに力を込めた腕に青筋が浮く。
「目的なんて決まってる」
聖剣からミシッなんて音が鳴った。するとギルベルトはあっさりと聖剣から手を離して、なんと素手で殴りかかる。拳は容赦なく相手の顔面を狙って。が、さらに驚くことに、ほぼゼロ距離からの拳をモカは首を傾げるだけで避けてみせました。
もはや二人とも凄すぎて言葉にならない。私なんて動くことすらできずに、こうして見ていることしかできないのに。この間に入っていくとか、無理。私には無理。
拳を避けられたと同時に聖剣を拾い上げて、ギルベルトが振り下ろす。けれど、その刃は黒い革布を巻いた相手の腕に阻まれた。ギィン! なんて甲高い音が鳴ったので、腕には何か仕込んであるのでしょう。
再び交わされる激しい攻防。ギルベルトは苛立たしそうに眉間に深い皺を刻んでいるけれど、口元はこの応酬を楽しむかのようにうっすら笑みが浮かんでいる。なぜだ。
そうやって気を取られていたときでした。
少年の細腕を掴んでいたはずの手から、するりと抜ける感触がしたのは。思わず視線を手元に落としたら、その手はもう何も掴んでいなくて。
先を追うように視線を滑らせれば、駆け出した背中がありました。
「ええ!? うそでしょ!?」
思わず頭を抱えてしまいましたよね。つい今しがた『無理』と慄いた争う二人へ、ユリウスが割り入ろうとしている!
狼狽えている間にも、激闘を繰り広げる男二人の元に駆けた魔王様が、騎士様に飛びかかった。正確には、ユリウスがギルベルトの腰にしがみつくように突撃して相手もろとも倒れ込んだ。
「ユリウス何をする!」
「よせ、手を出すな!」
いきなりタックルされたギルベルトが顔を上げて叫んだのと、起き上がったユリウスが叫んだのは同時でした。
立ち上がったユリウスは両手を目一杯広げていた。まるで守るように。魔族の青年を守るように、彼は私たちに向かって「手を出すな」と叫んだのです。
どうしよう。なんだか色々と関係性がわからなくなってきたんだけど!?
しかしその直後、そんな魔王様の肩越しに見えた光景に、私は悲鳴をあげずにはいられなかった。真っ先に気付いたのはやはりギルベルトでした。
「馬鹿がっ、どけ!」
「──っ!?」
手を伸ばしたギルベルトの言葉で後ろを振り返ろうとしたユリウスの身体は、守ろうとしたはずの青年に蹴り飛ばされた。一瞬、なにが起きたのかわからなかった。細い身体がまるで人形のように真横に吹っ飛ぶ。
地面を滑っていく身体は、大きな杉の木の根元にぶつかって止まりました。
「ユリウス……っ! ユリウス!」
無我夢中で名前を叫びながら駆け寄れば、肩を抑えて呻く姿が目に入った。それでも彼はまた立ち上がろうとして、傷だらけの腕を地面に着く。
どうしよう、もう何がなんだかわからない! でも、なんだか胸がひどく苦しい。歯を食いしばるユリウスの姿に、私の方が泣きたくなる。
「……──ていろ」
「え? なに?」
苦しそうに呟かれた言葉が聞き取れなくて耳を寄せた。よろめく身体を支えようと伸ばした私の手は、強く振り払われました。
「お前は下がっていろ」
それだけ言って、ユリウスは覚束ない足元ながら立ち上がると前に出ようとする。身体はこんなにボロボロのくせに、声は有無を言わせない力強さを宿していた。
まるでこちらを拒絶するような物言いに私は──沸々と怒りが再燃するのを感じました。
ええ、怒涛の展開ですっかり忘れていたけれど、思い出したとたんに私の心は燃え上がりましたよ。
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