もうバンド結成したら2

 さすがに男の人におんぶされるというのは、正直言って物凄く躊躇するのですが。私はこれでも思春期なんです。女子高校生なんです。これでも恥じらいくらいは持っている!

 あうあうと一人戸惑っていると、しゃがんでいた彼がくるりと振り向いた。


「安心してくれ。私は騎士団の訓練で石を背負ったまま沼地を駆け抜けた実績を持っている!」


 そういう心配をしてるんじゃないんだけどな!

 普段は女性を敬う騎士道精神に溢れているくせに、気を遣う場所が微妙にずれている。いきなり生着替えを始めた件も含めて。

 石と女性を比べるんじゃないよ! でもこれがなんともギルベルトっぽいわぁ!

 しかし、もはや気にしている場合でもないですね。よし! と、気合を入れて──もとい、女子の恥じらいをかなぐり捨てて、私は騎士様の背中にどっこいしょとおぶさる。


「お、おお重くても重いとか言わないでね!」

「大丈夫だ! アヤノなど石より軽いさ!」


 だから石と比べないでよおぉ! イケメンの背中で羞恥に顔を覆う私。なにこれ。

 ていうか石を背負って沼地を走るって騎士団すごいことしてるな! 何気にそっちも気になるんですけど! この人は毎回サラリと驚きのワードを投下してくる。


 小さな気合のかけ声を入れてから、ギルベルトは軽々と立ち上がった。私は振り落とされないように聖剣をギルベルトの胸元に回して両端を持ち、まるで気分は馬の手綱を握った女性騎手。首だけは絞めないように気を付けよう。


「とにかく千鳥! 畑の方から回って裏山に行こう。私が案内するからギルベルトはひたすら走──」

「まかせろおおおおぉぉぉっ!」

「え、待ってひいいいぃぃぃっ!」


 やめて舌噛むうぅっ!

 言葉の途中にも関わらず、跨った馬もとい騎士様はとんでもない加速力で飛び出しました。門扉もんぴを抜けて早々道を間違いそうになったので、慌てて私もナビをする。


「違うそこ左きゃああぁぁっ!」

「こっちだな!」

「うわああぁぁっ!」


 ギュルンッと回転するような方向転換に早くも酔いそう! ナビよりも悲鳴をあげるだけで精いっぱいなんですが!

 確かにこれなら石担いで沼地も駆け抜けられるよ……うっぷ。


 人を一人背負っているとは思えない脚力を見せたギルベルトのおかげで、あっという間に漆間のおじいちゃんが世話をしている畑の横を抜けて──っていうか、山の斜面にそって段々と並んでいる畑をギルベルトがひょいひょいと飛び越えて、私たちは裏山へ続く山道に飛び込みました。


 ただでさえ日の沈んだ暗がりの中、山道に入ってしまうと視界はさらに暗く覆われる。

 なのに駆けるギルベルトは迷うことなく道を進んでいきます。見知らぬ土地の山道でも彼にとっては何の問題もないらしい。


「ちょ、ちょっと大丈夫? 見えてるの?」

「まだ目は慣れていないが、心配はいらない。コツがあるんだ。夜道を進むのも騎士団の訓練で──」

「だから騎士団は一体何してるの!?」


 石背負ったり夜の山道駆け抜けたり、どこの特殊部隊なの!? それはどちらかというと忍者の類じゃない!?

 足となってくれているギルベルトの心配はいらないということで、まあいいか。


「千鳥ーっ!」


 なので、私は意識を切り替えて妹を探すことに集中。名前を呼びながら、わずかな月明かりも頼りに周囲に目を凝らすけれど人影を見つけることはできません。声は吸い込まれるように暗い茂みの奥へ消えていく。


「まさか山道から外れてどっか行ってないよね……」


 このまま行けば、ぐんぐんと駆けるギルベルトはそれほど時間を要せず裏山まで辿り着いてしまいます。

 道を外れて山に入って行くなんて普段ならば考えられないけれど、猫を探していたとなれば話は別かもしれない。私だって小学生の頃は、動物や虫を追いかけて道なき茂みに入ってしまった思い出が一度や二度はある。子供って興味の対象以外視界に入らなくなること、よくありますよね。


 さてどうするかと考えていたら、私の馬もといギルベルトの足がグンっと止まった。突然のブレーキに体勢を崩しかけて、慌ててバランスをキープ。


「うおっと……! なに? どうしたの?」

「よくない気配だ」

「え?」


 ギルベルトは道から視線を外し、木々が生い茂る暗闇の奥を見据えていました。つられて私もそちらに顔を向けたものの、先はただただ暗いだけで何も見えない。


「よ、よくない気配って?」

「多分ユリウスがこの先にいる。そして……ああ、もう一人は確かにユリウスといるようだな」


 私にはよくわからないけれど、彼にはなにかが見えているのでしょうか。これもきっと騎士の厳しい訓練の賜物……いや、どちらかというと野生の勘の方が近いような気もするけれど。


「しかし、これはまずい」

「だからなに、がああぁぁ!?」


 背中にしがみ付いている私を無視して、金髪のお馬さんが急加速です。

 もはや道なき道を掻き分けて縦横無尽にザッカザッカと突き進んで行く。ちょっとどこに向かっているの!? ギルベルトってば、ちゃんと自分がどう進んでいるのかわかってるよね!?

 きっと、私は今とんでもない必死の形相でしがみ付いていることでしょう。振り落とされて置いて行かれようものなら、ただの二次災害になってしまいます。私が!


 そのときだった。

 ヒュッとなにかが風を切ってくる音が、微かに聞こえたのは。


 なんだろう? と私がほんの一瞬気を取られた間に、これはさすがと言うべきなのでしょうね。ギルベルトは即座に判断を下し行動に移した。


 ……が、しかし。しかしです。

 その判断力は本当に素晴らしいと思うのですが、全速力で進んでいた身体にいきなり急ブレーキをかけて後ろに飛び退かれたら、背中にしがみついていた私がどうなるのかもう少し考えてほしかった。


 訓練とやらで背負っていたただの石なら、問題なかったのかもしれませんけどね! 一応あなたの背中にいるのは女の子なんですけど! 女性を敬うならもっとこういうところに気を配ってほしい!


 つまり急ブレーキで前のめりに傾きギルベルトの背中に強く胸元を打ち付けたとかと思ったら、今度は後ろに飛び退き着地した反動で大きく背中がエビ反った。息が止まった。


「おぶ──っ!」

「がっ……! アヤノ、絞まってる……っ!」


 同時に、私が手綱のように前へ回していた聖剣が上にずれてギルベルトの首を絞めたらしい。申し訳ないけれど、そう言われてもこの状況ではどうしようもないです。絶対にどこかしらの筋をやってしまっただろう背中の痛みをこらえて身体を起こそうともがいている間に、私の視界へ何かが落ちてきた。


 文字通り、木々の葉の間から何か黒い塊のようなものがボンッと落ちてきたのです。それは地面で一度バウンドし、転がった。


「え、なっ、なに!?」

「くそっ、来たか。すまない、そっちはアヤノに任せる……!」

「だからなに──がああぁぁぁっ!?」


 突然、私はギルベルトの背中から小脇に抱えられたかと思うと──そのまま今しがたの黒い物体に向かって放り投げられました。

 まさに文字通り。えいやっと放り投げられましたよね。思わず手にしていた聖剣にしがみ付くけれど、当然ながらこんな空中でしがみ付いたところでなんの意味もありません。私の身体は綺麗な放物線を描いている。

 さっきからこんなのばっかりなんですけれど!


 無様にゴロゴロと転がったところで、半身を起こし抗議の声を上げた。


「ちょっとギル──うわっ!」


 けれど、その声は襲い来た風圧ともいえる衝撃で阻まれる。ギュッと瞑ってしまった瞼を開けば、目の前には新たな人物とギルベルトとが両掌をがっちりと合わせ睨み合っている姿がありました。


「……誰?」


 ほんの一度瞬きをする間に現れた人物に、呆気に取られる。

 状況から察するに、木々の間から飛び出してきたその人をギルベルトが受け止めた結果なのでしょう。強い力を持つ同士がぶつかった衝撃に、私は気負されてしまったのです。


「おぉい、なんでお前がこっちにいんだよ」


 聞こえてきたのは絞り出すような不機嫌さを孕んだ声。

 眼前のギルベルトを睨み付け、苛立ちを隠さない人物。そんな彼の顔立ちには見覚えがあった。


「え? あれ、さっきの……? いや、違う……っ」


 つい先ほど神社の境内で猫から人へ変化してみせた、白猫の青年。どこか薄ら寒さを感じてしまう笑みを称えていた彼と、その顔は瓜二つだった。

 なぜここにと思いかけたところで、気付く。色が違うと。


 白髪にダークブラウンの瞳だった彼とは異なり、目の前に現れた青年はこげ茶色の髪にオレンジの瞳。

 脳裏をよぎったのは、千鳥の部屋で見た下敷きに描かれた猫のイラスト。

 白猫であるカフェの横に立っていた、こげ茶色の毛並みにちょっとツリ目気味なオレンジの瞳をした猫。

 間違いなく、彼がモカだ。

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