こんな驚きいりません2
あのあと沙代には私と公平が一緒に行くことも渋られたけれど、ここで引くという選択肢はどうしても出てこなかった。
とにかく、一人でいなくなってしまったユリウスを迎えにいかなきゃ。って思いの方が強かったのだと思います。
とはいえ実際ここまで駆けてきて……早々に、しんどいぞ!? という思いも湧き上がっちゃったりしていたり。ですが。
どたばたとした勢いで辿り着いた神社の境内は、ちょっと怖いくらいにしんと静まり返っていました。
覚束ない足取りながら、ようやく見えてきたゴールに向かって力を振り絞ります。先を走っていたみんなは、すでに色褪せながらもドンと存在を主張する鳥居の前に立っていました。
……しかし、私の身体は早くもヘロヘロです。正直喉から血の味がする。なのに他は全員余裕顔。本当にね、この運動能力の格差が憎すぎる!
ほら言わんこっちゃないという、沙代のジトリとした視線が身体に突き刺さります。私だって案の定な現状に悲しくなっているので勘弁して。なにも言うでない。
すると、鳥居の前に仁王立ちしていた兄が、ゼーハー言ってる私の到着を見届けて口を開きました。
「……で。一体なにがどうなってんだ?」
「え?」
兄の言う「なにが」がなにを指しているのかがわからず、呆気に取られる。なにがってなにが? え、なにが?
「だから、沙代召喚やら転移やら、魔術師とはなんのことなんだ? ゲームか?」
「お兄ちゃんいまさら!?」
とんでもないところまで話が戻ってビックリですよ。今日散々その話しなかったっけ!? と思ったけれど、夕方公平の部活終わりにみんなで顔を突き合わせたのは、兄がマルゴさんと帰ってくる前だったと思い出す。
そういえば、兄にはまだ何一つ詳細を伝えぬまま会話を進めて来てしまいましたね。
……いや、思い返せば先ほどの家族会議序盤で「……よくわかんないんだけど。なにがあったんだ?」と兄が言っていたにも関わらず、全員がそれをスルーしてマルゴさんとの結婚疑惑について言及してなかったっけ?
あ、やばいこれは申し訳ない。諸事情の説明をすっとばしてギルベルトが結婚の許しを乞うというわけのわからない流れになったんでした。
うわあ、お兄ちゃんの疑問なんて完全に置いてきぼりだったわ!
え、でも、それなのにここまで何を言うでもなく付いて来たってすごいな兄! 普通どこかしらでつっこみ入れない!? 気にならない!? ……あ、気にならないかぁこの人は!
「兄ちゃんには話してなかったっけ?」
「知らないでよくここまで付き合ったな。さすがレジェンド」
公平、それはレジェンド関係ない。そしてあんたもあまり人のこと言えない。
「ギル、もう一回」
「はい」
ここに来ての驚き発言を受けて、沙代から顎で促されたギルベルトがまたもや女子高生が異世界に召喚されて、勇者として魔王を倒しにいくことになったという経緯を、ほんの三行程度で収まる驚きのダイジェスト版で語ってくれました。後半はやっぱり勇者サヨ伝説を熱く語り始めそうだったので、ほどよいところで割って入る。
「──ということなんだって」
「そうか。わかった」
「……嘘でしょお兄ちゃんまでこれで信じたの!?」
あっさりと頷いた兄に、私は本日二度目の悲鳴をあげる。どうして誰もかれも頭スポンジなの! スッカスカだから吸収力は抜群ですね! はい、私うまいこと言った!
むぎゅーっと両手で頬を挟む私とは対照的に、兄はメガネの向こうからきょとんとつぶらな瞳を向けてくる。
「え、嘘なのか?」
「嘘じゃないけども!」
「だよな」
妹はもう絶句です。
お兄ちゃんと話すのが久しぶりで感覚鈍ってたけど、そうでしたうちの兄はこういう人でした。家族会議のやり取りからもわかるように、この人は昔から家族の話を全面的にあっさり信じすぎるんですよね。とにかく身内に甘い。
「つまりは、千鳥を誑かした異世界の猫がここにいるということだな」
「たー……ぶらかしたというか……」
と、さっきまでのつぶらな瞳こそ嘘かと思えるような低い声と眼差しで、兄が鳥居の向こうを見据えました。ぶれなく身内に甘い。
つい先ほど、この視線を真正面から受けたギルベルトが、思い出してかブルリと身体を震わせました。マルゴさんは言わずもがな『痺れるぅー』みたいな表情でクネクネしてます。
なんて緊張感の無い会話を交わした、そのとき。覚えのあるキーンという甲高い耳鳴りが鼓膜を鋭く突き刺しました。
「なに──っ」
思わず両手で耳を塞いで、神社を見やる。
すると神社と鳥居を結ぶ参道の石畳に、白い猫がいた。さっきまでは何もいなかったはずの、参道にだ。
落ち着いた様子で腰を下ろした猫がゆるりと白い尾を揺らめかせると、黄昏時の薄気味悪い視界の中で猫のダークブラウンの瞳が浮き上がるようにぼうっと輝いた。
あ、白とこげ茶の猫。なんて思ったその瞬間、襲い来たより強い耳鳴りに思わず膝を着いてしまう。
「痛……っ!」
「下がりなさい! ────っ!」
マルゴさんが厳しい声色で私たちの前に飛び出した直後、右手を前にかざして何か聞き慣れない言葉を叫びました。膝を着いた姿勢のまま見上げると、マルゴさんと白猫の足元には魔法陣のような模様が浮かび上がり、そこからマルゴさんは白、猫からは濃い紫の光が一気に溢れる。
あまりの眩さに目を瞑ると、パァンッとはじけるような音がした。
何がなんだかわからないまま瞼を開くと、私たちの周囲でガラスのようにキラキラと輝く光の欠片が舞い、地面へ落ちる前にその輝きを失って消えていくのが見える。気付けば耳鳴りも心なしか治まったような気がします。
「な、なに今の」
「また耳が潰れるかと思った」
学校のときより数段激しかった耳鳴りに私と公平が頭を振る。
「魔力が急激に渦巻いたせいですわ。慣れてないとキツイわよ」
「え!? 今のが魔法!?」
「マジかよ! すっげー!」
「あなたたちは、もおぉ……っ! 守る気失せますわね!」
え、今守られたの?
突然の魔術発動で興奮した私と公平は、憤慨するマルゴさんに叱られてしまいました。でも見慣れぬ魔術に興奮してしまうのは大目に見てほしい。一体何が起きたのか全くわからなかったけれど。
「わたくしが結界を張らなければ潰されてましたわよ!」
「なんと!? それはどうもありがとうございました」
命の恩人らしいマルゴさんに頭を下げたというのに「わたくしの凄さがわかっていない!」と怒られてしまいました。
その間にも、沙代が背負っていた竹刀袋から木刀を抜く。
「ギル、跳べっ!」
そして叫ぶ。すると──
「もちろんだ」
普段の彼からは想像もつかないほど低く、獰猛さを孕んだ声を余韻に残してギルベルトが地面を蹴った。その横顔には見覚えがあります。
爛々と開かれた瞳孔に、裂けたように歯を覗かせる口元。
見覚えのありすぎるチンピラ風情なそのお顔。
「うわぁ、出た……っ!」
騎士とは思えない野性味溢れる身のこなしで、ギルベルトが白猫に向かう。この人はあれだ、車のハンドル握ると人格が豹変しちゃうタイプに違いない。
視界の端ではそんなギルベルトを見て、兄がヒューッなんて口笛を吹いています。やめて、煽らないで! そんなに楽しそうな顔しないでお兄ちゃん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます