こんな驚きいりません1
「どうして誰一人として気が付かなかったかなあぁもおぉっ!」
夜の闇が忍び寄る田んぼ道を駆けながら、叫ばずにはいられない。
「すまない、マルゴが本当に──」
「わたくしのせいだと!?」
「九割り方ね!」
「サヨおぉ! いい加減怒りますわよ!」
「おーい、綾乃、大丈夫かー?」
「いいえ全く! 何もかもに腹を立てていますがっ!」
呑気に声をかけてくる公平に向かって、思いの丈をぶつけます。
現在沙代たち勇者ご一行に、私と公平、そして兄の六人はあぜ道を走り田んぼを突っ切る。……当然ながら、私を最後尾にしてね。ああ、もう何もかもが腹立つ!
「ほら遅れてるぞー」
「わかっ、てる……っ!」
若干ペースを落として後ろに下がってきた公平が、最後尾でヒーヒーしている私に余裕顔で並びました。一応持ってくと言って、あのどでかい野球バッグを背に担いでいるというのに、です。この運動能力の格差が憎い。
スイカップという重さのハンデを抱えるはずのマルゴさんでさえ、沙代と並んで走っています。ええー、魔術師って運動が苦手なインドアタイプがなるもんじゃないの? なんて、とんだ偏見を持っていた私の常識が崩れていく。
私のイメージをぶち壊す勢いで、スニーカーを履いたスリットドレスの妖艶な巨乳美女は、素晴らしいフォームで駆けて行きます。ちなみに先頭を走る兄の背中はすでに見えません。お兄ちゃんは期待を裏切らないわあ。
というわけで。家を飛び出した私たちは、現在全速力で神社に向かっております。
事の次第は、少し前に遡る。
*****
「……ねえ、ユリちゃんは?」
部屋を見回した千鳥から出た言葉に、座卓を囲む全員が示し合わせたかのように顔を見合わせました。いない? 誰が? ユリウスが? え? みたいな。
一拍置いてから、全員で同時に壁際の方へ首を捻ると……そこで関心なさそうに背をもたれていた魔王様の姿が、千鳥の言葉通り影も形もありません。ここでようやく、恥ずかしながらワーワーと乳談義に興じていた私たちは、ユリウスが部屋からいなくなっていることに気が付いたのです。
「え、あれ? いつから?」
「わり、全っ然気付かなかった」
驚きで私と公平が目を白黒させている中、沙代とギルベルトはハッとしたように視線を交わした。
「もしかしなくとも神社じゃない?」
「まさかユリウス、一人で行ったのか?」
「本っ当、あいつはここに来て……どうしていきなりの行動力を見せるかなあもうっ!」
「ちょっと、どういうことですの?」
今日の流れを知らないマルゴさんが二人の会話に割り入るものの、申し訳ないけれど沙代たちのやり取りを聞いた今、それどころではない。
「神社って、どうしてそんな──」
言いかけたところで、今日の午後に訪れた神社で感じた違和感がふいに思い出されて、まさかという思いとともに今の状況と嫌な繋がりをみせる。
──コーヒーとかいうものがどうかしたんじゃないのか!
神社の境内で騒ぐ私たちを前にして、やけに焦っていたユリウス。それだけじゃない。
──元気になったのなら、もうここを出て行ったのではないか?
──でも元気になったなら、良かったじゃん。
ギルベルトと沙代まで、猫を探そうとする私たちを宥めようとしていましたよね。今思えば、あのとき彼らはさっさと神社をあとにしようとしていたように思う。
いえ、神社というよりは──千鳥と由真ちゃんが世話をしているという、猫。なんともいえない名前センスのカフェモカから、でしょうか。
いやいや、まさかとは思うけれど。だって猫だし。猫だよ? でも、
「あの、本当に、本当にまさかとは思いますが、例のカフェモカという猫がまさかの……」
恐る恐るという言葉がしっくりくるだろう狼狽えっぷりで私が口にすると、沙代が深ーく頷きました。
「間違いなく、あの猫が転移してきた奴だと思う」
「やっぱりまさかのおぉっ!?」
ていうかなんで猫!? とか、色々ツッコミたい箇所はたくさんあるけれど、それよりも大事なのは、ユリウスがその相手のところへ向かったかもしれないということ。
だって──
「ユリウスが、あんな、ゴーレム作り出しちゃうような相手のところに?」
そこにたった一人で向かったのいうのでしょうか。
夕暮れの縁側で、一緒にお茶を飲みながら語り合ったばかりだというのに。
──お願いだから一人で全部抱えないで。
こういうときのことを言っていたんだけどなあぁっ!
私の言葉は届いていなかったのだろうか。なんて、自分でも驚くくらい、なんだか寂しい。どうして黙って行っちゃうのあの子は!
「早く追いかけよう!」
「綾乃っ!?」
慌てて立ち上がると、横の公平もつられたように続き客間が一斉に騒がしくなります。
「ですから、どういうことですの!?」
「さっき話してた転移者! そいつ多分神社にいる!」
「ジ、ジンジャ!? なんですのそれは」
「いいからマルゴは黙ってついてきな!」
男らしく一喝する沙代を先頭にドタバタと玄関に向かうと、後ろからオロオロと千鳥も続いてきました。
「みんな神社に行くの? 千鳥も──」
「ダメ」
「すまない。チドリはここで帰りを待っていてくれないか?」
一緒に行きたがる妹を即座に窘めたのは、勇者と騎士のゴリ押しカップルです。
ギルベルトなんてサッと片膝を着き、千鳥の手を取って心配するような困り眉で囁きました。なにこの流れるような早業。引く。
どこぞの王子様かと見紛う仕草に、千鳥は頬をぱっと可愛く染めたものの、即座に「でも」と我に返る。おっと、この子ってばこのキラキラオーラにもそろそろ慣れてきたかな。しかし……齢八歳でギルベルトの顔と仕草に耐性ついちゃったら、理想がぐんと上がってしまわないかお姉ちゃんは心配。
小学生でこのキラキラ騎士が当たり前と思ってしまったら、今後の人生において選択肢がガクンと狭まってしまうと思うのですよ。
というわけで。
「ていっ!」
「痛ぁっ!」
小さな手を取る騎士の手首に手刀を落とす。
「なにをする!?」
「ごめんね千鳥。もしかしたら危ないかもしれないから」
「でも、でも神社にはカフェモカが──あ」
そのカフェモカ自身が危ない異世界人……いや、人ってか危ない猫かもしれないんですよ。なんて言えない。と思ったところで、タイミングよく千鳥の簡単ケータイが鳴りました。どうやら電話のようです。
「ゆまちゃん……っ!?」
「大丈夫。多分すぐに戻ってくるから、だから由真ちゃんの電話に出てあげて」
少し強引ながらも千鳥を茶の間に押しやって、沙代たちに続いて私も急ぎスニーカーを履く。あー、良心がゴリゴリ削られるけど、説明するのも難しいし、あんなゴーレムみたいなものの前に千鳥を連れて行くなんてもってのほかだし。
すると、すでに玄関に立っていた兄が、せっかく履いた靴を脱ぎ捨てて茶の間に向かった。
「千鳥、明日の朝はカブトムシ捕りに行こうな。だからすぐ帰ってくる」
直後あがった歓声。ぐずっていた妹は一瞬で機嫌を直して、電話に出たらしい。すごい、さすが。末妹のツボを心得ていらっしゃる。
ああー……っ、兄としては申し分ないと思うんだけどなぁー。でも恋愛方面ではダメンズかぁー。妹としてはひたすら複雑。
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