知りたくないその嗜好11
「この美人にここまで惚れられるって、マジでキジ撃退しただけ?」
「お兄ちゃんに対して熱の上げようが凄いよ」
羨ましそうな公平に対して私はもうぐったりです。そして公平はいまだに胸をチラッチラ見るのをやめい。この人なんていうか、予想以上に巨乳好きだったのね。
そんな公平の下心を含んだ疑問でしたが、当のマルゴさんはよくぞ聞いてくれましたとばかりに紫紺の瞳を輝かせました。
「わたくしだって今まで経験した数多の大恋愛からきちんと学んだのです」
「マルゴのは大恋愛なんて良いもんじゃないでしょ」
「総じてボロ雑巾のように捨てられただけだな」
「ちょっと外野! おだまりなさい!」
ジト目で野次を飛ばす妹カップルを一喝して、マルゴさんは「ふんっ」と胸を張りました。豊満なスイカップはより一層主張を増し、私のゆるTシャツはいい加減はち切れそうです。Tシャツの柄なんて下から押し上げてくるお胸様のせいで、すでに原型がわかりませんからね。犬のシルエットを模したモノクロなオシャレイラストだったはずなんですけど、犬ってかあれはもう豚かな。
「思えばわたくしは地位も名誉も手にした上に、なによりも素晴らしきプロポーションの持ち主。この身体が殿方を狂わせてしまうのですわ」
「だから言ったじゃん。あれはただの身体目当てだ。って」
「私も幾度となく忠告したぞ」
「ですから外野ぁっ!」
自分で素晴らしきとか言っちゃうあたり、あの胸が最強の武器だと自覚しているんですね。
辛辣な合いの手をなおも一喝してから、マルゴさんは次の瞬間怒りの形相をとろんと蕩けさせました。瞳がより一層輝きというか、ハートの数を増す。
「しかしようやく、この身体に惑わされることなく、真摯にわたくし自身と向き合ってくださるお方を見付けたのですわ!」
ズバーン! と効果音が付きそうなほどの勢いで彼女が視線を向けた先には、予想通りボヘッとした私の兄。
「……え?」
やっぱり全然関心なさそうですけど!? 女性にここまで熱弁されてこの薄ーい反応しか出てこないって、お兄ちゃん本当にダメンズなんじゃない!?
「タカユキ様は颯爽と現れ、わたくしの豊満な身体には目もくれず、真っ直ぐと瞳を見据えながら手を差し伸べてくれたのですわ! そのお姿はまるで後光が差したかのように輝いておりました……」
いやいやマルゴさん。うっとりとした表情で両指を絡ませるあなたの横では、そのお相手が物っ凄くどうでもよさそうな間抜け面でお茶をすすっていますよ。
妹から見ればごくごく普通の日本人的な外見の兄だけどなぁ……。一体マルゴさんにはどんだけ輝いて見えているのでしょうか。
「目と目が合った瞬間私は感じたのです。運命を! このお方は私の本質を見てくださる運命のお相手だと!」
「マルゴの運命はこれで何人目だと思っている! いい加減己を見つめ直したらどうなんだ」
どんどんと熱を増す演説にギルベルトが切り込むものの、マルゴさんは虫ケラでも払うように相手を一瞥してから「ねーっ」とお兄ちゃんの腕にしな垂れかかる。
「といいますか。それ、あなたにだけは言われたくありませんわ。あなたこそ己を見つめ直すべきでしょうに」
「そうだよギルベルト、完全にブーメランだよ」
「アヤノ!?」
熱血で暑苦しくてドМで『戦場の
「……でも、そのギルベルトよりもお兄ちゃんはダメンズってことに……?」
沙代だけでなく、常に女性を敬う騎士然としたギルベルトがここまでこき下ろすんだもの。マルゴさんのダメンズほいほいぶりは相当強力なんでしょうね。
彼女が兄を褒め称えれば称えるほど、妹としてはとてつもなく複雑です。そしてもう一人の妹は既に怒り心頭のようです。
「あんたがどんなに惚れやすかろうがダメンズに引っかかってボロ雑巾のように捨てられようが知ったこっちゃないけど、兄ちゃんをそっち側に引っ張り込まないでくれる!?」
ドンと拳で座卓を叩いてマルゴさんに言い放つ。
うーん、沙代もねぇ、昔からいつもお兄ちゃんと組んで練習してたからなんていうか……若干ブラコンの気がありますよね。尊敬する人はお兄ちゃんです。みたいな感じだからなぁ。それがまさかのダメンズ認定されかけてるもんだから、普段より輪をかけて殺気立っています。
「ていうか兄ちゃんはどうなの! 呑気に茶ぁすすってないでこういうのはハッキリ断って!」
「たとえサヨが妹といえども、人の恋路を邪魔する権利はなくってよ! ……タカユキ様は、マルゴがお嫌い?」
うおお、すんごい上目遣いきたー! そしてマルゴさんってばついさっき「このお方は私の本質を見てくれる」なんて宣言したというのに、胸を押し付けるという色仕掛けに出おった! キュルンな萌え声と相反する胸元の豊満さがとんでもない破壊力!
「お、いいなぁ」
「ちょっ、言わない!」
公平に至ってはついに声に出しちゃったね! なんなのこの狂った空間。
思わず頭をペンッとツッこんじゃったけど、公平の視線はスイカップから外れない。すると、沈黙していた兄がその重い口を開きました。
「あー……マルゴさんが嫌いなわけじゃないけど、俺、ダメなんだよな。デカ乳」
「お兄ちゃあぁん!?」
「どっちかっていうと貧──」
「待ってえぇっ!?」
それ以上は言わせませんよ!? この人いきなり何言い出した!? しかもデカ乳とか! 失礼にもほどがある!
「そもそも見慣れてないんだよな。ほら、うちの家系って──」
「だからお兄ちゃん!? 家系ってなに! これ!? これのことなの!? ていうか、たとえ家族でもそれ以上言ったらあれだからね!?」
「殺す」
「ありがとう沙代!」
ヤケに任せて胸を張ってしまった私の怒りを、妹が一言で代弁してくれました。
こんな兄の好みなんて聞きたくなかったにもほどがあります。
「俺はレジェンドとは逆で、でかい方が──」
「お黙り公平」
言われなくても、そんなこととっくに気付いてますよ。あんたはわかりやすすぎ。
「マルゴのせいで兄ちゃんが本当にクズみたいなこと言い出した……」
「わ、私はそのままのサヨが好きだ!」
「あそう」
ああ、ギルベルト、なんでそんな変なタイミングで沙代を褒めたの。案の定あっさり流されてる。しょんぼりしちゃったけど今のはあなたにも非はあると思うのです。
いやそもそも、
「こんな嗜好なんてどうでもいいよ! むしろ知りたくなかったんだけど!? いい加減脱線した話を戻していいかな!?」
果てしなくどうでもいいことに時間を費やした挙句どうでもいい知識を得てしまいましたね。
「ええと、なんだったっけ? どこまで話してたんだっけ?」
「マルゴさんが野球の守備を一人でこなせるすげぇ人ってことだろ?」
「そう、なんかそんな感じ」
「だから、マルゴ曰く他にもこっちに転移してきた奴がいるって話でしょ?」
ようやく外れに外れた話を戻したところで、沙代がじとりとした目をマルゴさんに向けました。すると、彼女も思い出してくれたようです。
「そうですのよ! それで慌ててこちらへ──」
「うん。でももう知ってたし」
「それどころか、すでにゴーレムまで現れたぞ」
「……なんですって!?」
畳みかけるような沙代とギルベルトの言葉で、マルゴさんが紫紺色の瞳をカッと見開きました。ギリッと下唇を噛んで、険しく表情を変える。
「でしたら私は……私は何のためにあんな鳥類に襲われたというのよぉっ!」
そうですね。こうなってしまうと見事な襲われ損だと思います。
「居場所の検討もだいだい付いてるし」
「なんですってえぇっ!?」
せっかく駆け付けてくれたというのに、見ているこちらがなんだか申し訳ない気分になってきますね。兄とマルゴさんがやって来る直前、ちょうどその話し合いをしていたところだったもんだからまた余計に。
その事実と今後のことを伝えたら、ついには般若のような顔になってしまいました。なんだか本当にすみません。でも明日のうるストには一緒に行きたいらしいです。なぜなら兄が久しぶりに行くって言ったから。わかりやすい。
と、ここで廊下からパタパタとした軽い足音がしたかと思うと、客間の襖がガラッと引き開けられました。
「あれー、みんなまだお話してたの?」
道場での練習を終えたらしい千鳥でした。
……て。え、今何時!?
慌てて時計に目をやると、既に時刻は六時半過ぎ。余計な話で時間を取られている間に早くも夕食になっちゃうじゃないですか。
「結局ろくな話してないけど!?」
「マルゴのせいだからね」
「失礼な! 全てはあの鳥類のせいよ!」
またもヒートアップし始めたところで、千鳥がきょとんとした顔で客間を見回す。
「……ねえ、ユリちゃんは?」
気付けば、ユリウスの姿がありませんでした。
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