こんな驚きいりません3

 金髪の彼が向かった先の白猫は、逃げるでもなくふと目を細めた。カフェモカの名に恥じぬ白と茶色の色味よろしく、白い毛並みの中でダークブラウンに輝く光が三日月形に欠ける。

 見た目は猫なのに、にやりと表情を歪めた様が手に取るようにわかった。ぞくりと背筋が震える。

 確かに、これはただの白猫じゃない。


「この猫がカフェモカ……」


 すると、ギルベルトが蹴りかかろうとしたその瞬間、猫がもう一度白い尾をふいっと振る。

 再び参道の石畳に浮き出た紫色の魔法陣。同時に石畳がボコボコと割れて、猫を囲むように地面が盛り上がりました。術者を守るように土壁が現れ、ギルベルトの蹴り技はその壁に阻まれる。チンピラと化した彼から大きな舌打ちが鳴ります。

 ひい、相変わらず荒々しい人格に様変わりですね。


 なんて呆けていた私の前に、木刀を振りかぶった妹の背中が写った。


「沙代!?」

「マルゴ、後ろは任す!」

「だから『お願いします』でしょうと毎回──っ」


 直後、沙代の腕が振り下ろされ、いつの間にか私たちの間近にも現れていた土壁を砕く。

 叩きつける音とともに、木刀はめり込み破片が周囲に飛び散った。けれどなおも止まらず、沙代は振り下ろした腕を斬り返して突き進む。

 その先ではもはや拳で暴れまわる騎士様……あれは騎士なのか?


 けどそれよりも、次々と現れる土壁はよく目を凝らして見れば動いていた。


「あれ、ウソ。これ壁じゃない……」

「マジかよ全部ゴーレムじゃねぇか!」


 叫んだ公平の言葉の通り、土壁かと思ったものには腕があり足があり……まさにそれは、昼間に学校で見たものより小柄なミニチュア版ゴーレムでした。

 それが次から次にボコボコと地中から出てくる。その数はゆうに十体を超えていた。


 しかも再び襲ってくる耳鳴り。針で耳の中を突き刺されるような感覚にクラクラしてしまいます。この痛みの激しさが、まだまだ出てくるだろうゴーレムの数を予感させてゾッとする。


「サヨの姉! 私の後ろから離れるんじゃありませんわよ!」

「綾乃です!」


 名前覚えられてなかった! これは地味にショック!


「あなたが一番戦力外なんですからね!」

「おうふっ!」


 からのまさかの追い打ち。これは突き刺さる!

 密かに心を抉られていると、こちらに顔を向けているマルゴさんの足元からも、ミニゴーレムが現れました。


「マルゴさん、前……っ!」

「──っ!」


 私の声でマルゴさんは振り返ったけれど、ゴーレムは目の前。これは近すぎる。

 すると、グンッと強引に腕を引かれました。


「わっ、公平!?」

「なんですの!?」


 突然後ろへ引かれて、私とマルゴさんは二歩三歩と一気に下がる。

 すると、


「隆之いぃっ!」


 公平が叫んだ。普段のふざけたレジェンド呼びではなく、昔から呼び慣れている兄の名を。

 応えるように、目の前のゴーレムの首元には人の足が絡みつく。


 それは手を地面について身体を浮かせた兄の足でした。同時に公平は私たちの腕を離すと前に出てバットを構える。左手には白球まで装備済。

 どうやら、あのどでかい野球バックから取り出していたようです。


 ──と、その瞬間。兄が身体全体を勢いよく捻った。そうすれば、足が絡みついたゴーレムの首元はボキンと音を立てて捩じ切れる。


「うげ、痛い……っ」


 これはなんて恐ろしい技。人にはやっちゃダメなやつ。

 そこへ、ダメ押しともいえる公平の超近距離ノックがカーン! と快音を響かせて胴体部分に直撃しました。見事なまでの連携コンボ。

 首と胴体へ連打を受けたゴーレムは、そのまま後ろへ倒れてただの土に戻っていました。

 けれどそれを見届ける前に、私たちの右側から新たに現れたゴーレムへ兄が回し蹴りをくらわせて胴体を粉砕。

 結果、あっという間に二体が同時に形を崩していた。


「……お兄ちゃああぁぁん!」

「……タカユキ様ああぁぁ!」


 私とマルゴさんの歓喜の声は見事に重なりましたよね。もう手と手を取り合いましたよね。


「カッコ良いよお兄ちゃん!」

「さすがですわタカユキ様!」

「おい、俺もカッコ良かっただろ!?」


 兄を褒め称える私たちに、公平が抗議の声をあげる。大丈夫ですよ。わかってますよ。


「野球やってて良かったね公平!」

「俺だけなんか違くね!?」


 そんな会話をしている間に、兄はさらにもう一体を背負い投げて腹に踵落としを決めていた。私のお兄ちゃんがレジェンドすぎて今だけは本当にカッコ良い。


「腹だ。公平、腹に向かって打て」


 崩れて土に戻ってしまったゴーレムの残骸から足を抜き、兄がバットを指す。


「そこが弱点?」


 応える公平に頷きだけで返して、兄はいまだ湧き出てくる次の標的に向かいました。

 再び地面に手をつくと、浮き上がった足先は弧を描くように空気を裂いて次から次にゴーレムの胴体を抉っていく。腕を支点にして下半身の捻りが強いもんだから、まるで足が二本の鞭のようにしなって見えます。


 囲まれれば足を首元に絡ませて上半身を持ち上げ、ゴーレム同士で相打ちさせるし、そこに彼らの上で逆立ちした兄が振り子のような動きで勢いを付け、背後から胴体に向かって容赦なく膝蹴りをお見舞い。うん、やっぱり人にやっちゃダメなやつ! 背骨がボッキリ折れるやつ!

 お兄ちゃんの足はもはや地面に着いていません。流れるように繰り出されるアクロバティックな動きにはどこか安定感すらある。


 おっといけない。兄の超人さに見惚れている場合ではなかった。


「ところでコーヘイとやら。あなたはそのボールを狙ったところへ打てますの?」

「あ? まあ、ある程度はな。野球部のノック練習なめんなよ」


 公平が横に投げてた野球バッグを開ければ、その中にはまだ何個か野球ボールが詰まっています。「使えるかと思って」と言っている通り、今日の部活で使った道具をそのまま担いできたようですね。


「よろしい。お借しなさい」


 言ってから、マルゴさんは公平のバッグに右手をかざしてまたも聞きなれない言葉を呟く。手元に再び魔法陣が浮かんだけれど、今回の光はボールへ吸い込まれてしまいました。


「これである程度は使えると思いますわ」

「え、マルゴさん、何をしたんですか?」

「打てばわかることよ。いい? タカユキ様が言うように胴体の中心を狙いなさい。きっとそこに核となる魔力が練られているはず」


 マルゴさんが公平に向き直り念を押します。

 なるほど。つまり人間でいう心臓みたいなものがあるということですね。それを壊してしまえば動きも止まると。


傀儡くぐつ術というものは必ず要となる核があるものですの。そして、これだけの数を一度に動かすとなれば、その核の位置を個別に変えるなんて手間のかかることをしている暇はないでしょう。だから全て同じ場所にあると思ってよろしいわ。こちらの世界に魔術はないと聞いていましたけれど、知識がないにも関わらず弱点を即座に見抜いたタカユキ様は優れた武力だけでなく明晰な頭脳もお持ちですのね。本当にあの方はこれ以上マルゴを魅了してどうするというのかしら! まさに今もあんなに──」

「マルゴさん止まって、止まってーっ!」


 キリッと真面目に解説をしてくれていたのに、気付けば顔をユルユルに弛めて自分で自分を抱きしめてクネクネしていますよ。なんなのこの破廉恥魔術師。恋愛絡むと一気にポンコツになってない!?


 公平に至ってはマルゴさんの説明なんて途中から聞きもしないで、さっそくボールをバットでぶちかまそうとしています。こっちはあれか、説明書を読まないで速攻ゲームを始めちゃうタイプですか。


 すると、放られたボールがバットとぶつかった瞬間、いつものカーン! ではなく、風が一気に集約するようなゴウッ! という爆音がした。

 飛び出したボールはなおも周囲の風を巻き込み、炎のように熱をまとってゴーレムの胴体に直撃する。そして、めり込んだボールは爆発するように熱を大放出した。


 つまりゴーレムさんはお腹からカッと光って破裂しました。


 暴れつくしたボールは、まるで「あぁ満足した」と言わんばかりにヒューンと飛んで公平の手元に戻ってくる。


「わたくしが込めた魔力が尽きるまで使えますわよ。簡易的なものですけれど、まあ、無いよりましでしょう」

「……え、えええええっ!?」

「すっげえぇ! 魔球じゃん! 俺今超つええぇぇっ!」


 無いよりましとかいうレベルじゃないと思うんですけど! 公平なんて魔球に興奮しながら「ヒャッハー」雄叫びあげてガンガンボール打ちまくってますけど! マルゴさんが本当に凄い魔術師だった!

 お兄ちゃん&公平のおかげで、私たちの周りはみるみる一掃されていきます。すでにゴーレムの生成スピードを上回っている。

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