知りたくないその嗜好5

 心から驚いた様子のユリウスが何やら言いあぐねていると、玄関からガラガラーッ! と勢いよく扉が開く音が響き──


「ちゃーっす!」


 野球部の名に恥じぬ、腹の底から出したであろう特大の掛け声が、浦都家の玄関から裏口までを一気に駆け抜けた。

 私とユリウスがその声量でしばし麻痺している間にも、声の主は「どうぞ」の返事を待たずにどたどたと足音を鳴らして一直線に茶の間へ突撃したらしい。呑気に迎え入れる沙代とギルベルトの声がしました。


 この声の主が誰かなんて、考えるまでもありません。


「公平も来たみたい。戻ろうか」

「……ずっと思っていたが、お前たちの無遠慮さは目に余る」


 え、ユリウスがそれ言う? ユリウスもだいぶ無遠慮で尊大だよ?

 一体どの口で言うのかと笑ってしまう。


 そして公平の振る舞いに関しては、彼はこれがデフォルトです。としか言いようがないっていうね。

 お互いに生まれたときから家族ぐるみで付き合っているという気安さと、あとはあれだ、公平はああいう人です。気付くとたまに居る。ウチの祖母と将棋を指してたりもする。大丈夫ユリウスも慣れる。


 魔王様を伴って茶の間に戻れば、沙代とギルベルト、そしてちゃぶ台を挟んだその向かい側で、早くもくつろいでいる公平に迎えられました。どうやら母は夕食の支度で席を立ったらしい。


 公平は私の左腕に目を留めて「綺麗に手当してもらったな」なんて軽い調子で言う。

 けど、その顔はちょっと安堵したように笑んでいたので、心配してくれていたみたいです。


 そんなことを話しながら公平の横に私が座ると、必然的にユリウスは長方形のちゃぶ台の短辺側、いわゆるお誕生日席に腰を下ろすことになる。 普段食事用に使っているちゃぶ台は客間のものより小さいので、三人並ぶには少しきついのです。

 実は異世界組が増えてからは、食事の時だけ臨時に小さいテーブルを引っ張り出してしのいでいました。というわけで、なんだか『ユリウスを囲む会』みたいな配置になっている。

 けれど本人は別段気にした様子もなさそう。それどころか、これが当然とでも言わんばかりに堂々と腰を落ち着けていらっしゃる。すごいよユリウス! 魔王様っぽいよ!


「で? 今日のあれなんだよ」


 なんて、公平がズバッと本題を切り出した。学校での大騒ぎがまるで「今日の朝飯なんだった?」的なノリの軽さです。


「それを説明するには前置きが必要なんだよね。はい、ギル」


 沙代に指で促されたギルベルトが、シャキーンと背筋を正した。まずいですね、この光景に疑問を抱かなくなってきた自分が怖い。


「私とユリウスは、こことは違う世界から来たんだ。気さくに異世界人とでも呼んでくれ。アヤノたちはそう言っている」


 返された答えも期待を裏切らずに軽かったけれど!

 そして、ここからはギルベルトの語る勇者サヨ伝説の幕開けでした。


 女子高生が異世界に召喚されて、勇者として魔王を倒しにいくことになったって話がほんの三行程度で収まる驚きのダイジェスト版で語られ、以降は沙代の素晴らしさを語る演説が暑苦しい情熱とともに続きました。やめて、ただでさえ暑い夏の気温をこれ以上上昇させないで。


 最後は取って付けたように「そして魔王であるユリウスのもとに辿り着き、一緒にこちらの世界へ来ることにした」で締めくくられる。

 なんか色々大事そうな部分がほぼカットですけど!


 こんな話を信じろって方が無理じゃない!? なんて心配になって公平を見たら、出てきた言葉はこちらこそ驚きの一言。


「ユリウスってマジで魔王様だったのかよ! そりゃその服も似合うよなぁ!」


 お前にやって良かったわー。って……そこ!? そこなの!?


「嘘でしょ公平信じたの!? 今の話で!?」

「だって現に動くゴーレム見てるし。魔法だって言われる方が納得できるし」


 確かに……っ。あれはロボットでしたと言われても、絶対に信じられない。常識が邪魔をしてくる。それよりは常識外である異世界のものだ。って言われた方が納得できるかもしれない。


「それに、沙代ならそれくらいやれそうだし」

「うう……っ」


 そこも反論ができません。だって私もそう思うし。現にやり遂げてここにいるわけですし。


「でもさー、その異世界? のゴーレムがこっちで暴れたってのはどういうこと?」


 気付けば、公平はギルベルトの話をあっさりと受け入れていた。

 なんだろう……公平って馬鹿か、もしかしたらとんでもない大物かもしれません。うちの家族なんていまだに異世界というものがよく理解出来ていないというのにね! 多分ギルユリがただの外人さんだと思っている。信じる信じない以前の問題です。


「私とユリウス以外にも、こちらに来ている者がいるということだ」

「うん。それが本題」


 そうそう。彼らが異世界人と言うのは前置きにすぎません。肝心なのはここからです。


「その人が、あのゴーレムを作ったってこと?」


 周囲の物を巻き込んで大きなゴーレムが作れるような魔術を使う、ユリウスたち以外の異世界人。その存在の可能性に、私は恥ずかしくもついさっき思い至ったばかりです。

 聞けば「それ以外ない」と沙代が頷いた。そして、その視線がお誕生日席の彼に向く。


「あれ、完全にユリウスを狙ってたね」


 言われた少年の口がキュッときつく引き結ばれた。──沙代の言葉を肯定するかのように。


 思い返せば、あのゴーレムはギルベルトに続いて沙代まで現れたと見るやいなや、一瞬にして形を崩して消えてしまいました。ユリウスだけならばあのまま襲いかかってきたことでしょう。


 今更ながら、ぞっとする。やっぱりバット一本じゃどう考えても勝てる気がしないよ。どうしてあれでいけると思ったのよ公平。思わず頭を抱えてしまいます。


「もう相手が誰か、わかってんじゃないの?」


 その間も、沙代は追及の手を緩めません。黙りこくる少年に向かってピシャリと言い放つ。対するユリウスはビクリと肩を大きく揺らした。その様子がなによりも沙代の言葉を認めています。


 一方で、私は眉根を寄せる。相手、とは、あのゴーレムさんを作った魔術の使い手。ということよね?

 そういえばあの騒動が起きる直前、ユリウスの様子が少しおかしかったような気もします。よくよく思い返してみれば、びっくりしたようなそんな感じ。


「だが……理由が、わからない……」


 紡がれた声から滲み出るのは、明らかな戸惑いの色。

 彼の言う理由はきっと、自分が襲われた理由ってことだろう。ということは、やっぱり相手については予想が付いているということです。


 すっかり顔色を失った少年は、途方に暮れているようにも見えた。それでも、背筋を伸ばした堂々たる佇まいが崩れることはなくて。彼の誇り高さを垣間見る。


 けれど、ついさっき縁側で語り合った私には、くっと顔を上げて腰を落ち着けているこの魔王様の姿が、ひどく脆いものに見えてならなりませんでした。その小さな背中に手を伸ばそうとしたけれど──伸ばした手はユリウスのプライドを傷つけてしまうように思えて、結局わずかに指先が動いただけで止まる。


「私たちもさ、まだわからないことが多いんだよね」

「まさかこちらにまで現れるとは……」


 沙代とギルベルトが揃って腕を組む。

 ユリウスのことを「このもやしを叩き直してやろうと思って」だなんて言っていたけど、二人が魔王様をこちらに連れてきたのは、実のところこの件が関わってるんだろうな。っていうのはさすがの私も察しました。


 先日、沙代に尋ねた『ユリウスを連れてきた理由』の答えはおそらくこれなんでしょうね。

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