知りたくないその嗜好2

「違うよユリウス、コーヒーじゃなくて……千鳥、カフェモカがどうしたって?」

「……あ!」


 横で「ゆまちゃん良かったねー」とニコニコしいた末妹に問えば、こちらこそようやく思い出した! とばかりに声を上げました。いやいや、あんなにべそをかいていたというのに!? この子もある意味マイペースの困ったちゃんだな!


「ていうか、そもそもカフェモカってなに?」

「猫なんだって」

「……へ?」


 答えてくれたのは沙代。その言葉に、なんとも間抜けな声が口から抜けていきました。でもこれは聞き返さずにはいられない。


「ね、猫……?」

「そ。この子ら、こっそり神社で猫に餌付けしてたっぽいよ」

「餌付け? ──あ、もしかして!」


 隅っこに置かれていた千鳥のリュックに駆け寄り、慌てて中を覗くと……そこにはやはり宿題などではなく、予想通りのものが詰まっていました。


「かつおぶしに、鯖の水煮缶、煮干し……あ、お父さんのスルメまで! なかなか思い切ったわね!」


 猫のためにと家からかっぱらってきただろう戦利品がギッシリですよ。

 あーあ、これだけ持ち出したら、ああ見えてきっちり食材管理している母にバレるのも時間の問題だよ。

 さらにリュックの奥底をのぞき込むと、ペン先に紐をくっつけたようなお手製のおもちゃまで出てきました。これは猫が喜びそう。あとは古い布きれやらタオルやら。


「なんていうか……割としっかり面倒は見ていたのね、千鳥」

「うん! 夏休みはゆまちゃんと一緒に来たり、交代でお世話してたの」

「なるほどね。でもそうだな……猫にスルメは控えた方が無難かもね」

「え!? そうなの? ならこれはやめる……」


 そうね。さすがにおつまみのスルメ大袋を丸々ひと袋差し出されたら、人間でもきついと思うよ。千鳥、思い切りすぎかもしれない。


「でもカフェモカったらたくさん食べるんだもの。ついあげちゃうんだよね」

「ねー」


 ユリウスの手を引いた由真ちゃんがため息交じりに呟き、千鳥が同意する。

 彼女はすっかり魔王様がお気に入りのようです。ユリウスは先ほど私に小突かれたこともあってか、不機嫌そうながらもされるがまま。


「その、カフェモカっていう名前のセンスはなんなの?」


 そんな中、もっともな疑問を沙代がぶつけてくれました。とたんに──少女二人は驚きのテンションぶちアゲっぷりを見せる。


「さよ姉知らないの!? 今ね、みんな持ってるんだよ! すごく可愛いの!」

「白とこげ茶色の組み合わせが、カフェモカにそっくりだったの!」


 瞳を輝かせて、ぴょんぴょんと飛び跳ねんばかりに千鳥と由真ちゃんが怒涛の勢いで言い募る。あまりの勢いにお姉ちゃんは押し負けそうです。


「えーと……つまりはキャラクターの名前ってこと?」

「ダメだ、そういうの興味ないから全くわからん……」


 二人の昂ぶる情熱に比例して、ただただ深くなる姉二人の困惑。どうやら、千鳥たちの学年ではそのカフェモカっていうキャラクターが大人気らしいですね。

 うんうん、誰かがちょっと可愛いものを持ってくるとそれが学年中に広がって、限られたコミュニティで人気爆発するってあるよね。

 私が小学生の頃は、芋虫のシュールなキャラグッズが大流行したなぁ……今思い返すと、あれの一体何が可愛かったのか甚だ疑問だけど、そういうもんですよね。


「……白と、こげ茶の猫──」


 そんな中、聞こえた呟き。

 小さな声を辿ると、強張ったように口元を引きつらせたユリウスがいました。同時に、視界の隅ではそんなユリウスの様子を観察するかのように見ているギルベルト。

 ──なに、どうしたの。カフェモカとかいう人気キャラが、一体どんな鍵を握っているというの。


「でも、そのカフェモカがいなくなったと」

「………うん」


 ズバリ言ったとたんに、今まできらきらしていた千鳥と由依ちゃんの瞳から輝きが消え失せてしまいました。しょんぼり具合がすごい。なんかごめん。


「やっと元気が出てきて、昨日は一緒に神社の周りをお散歩したのに……」

「だから今日はたくさんおやつをあげて、また遊びましょうねってちーちゃんと話したのよ」


 あ、『ちーちゃん』は千鳥のあだ名らしいです。

 それよりも、ふと思い付いて聞いてみる。


「昨日、虫取りのあとに『ゆまちゃんのおうちに寄ってから帰る』って言っていたのはウソだったのね」


 私とユリウスを見送ってから、神社に戻ったというわけね。という意を込めてちょっとだけジトリとした目を向けたら、千鳥はギクリと大きく肩を跳ねさせました。


「ご、ごめんなさい……」


 やはり図星ですか。思い返せば、なんとなく私とユリウスを神社から遠ざけていたものね。それはこういう事情だったわけか。


「しかし、猫といっても動物だからな。元気になったのなら、もうここを出て行ったのではないか?」


 ギルベルトがもっともな指摘をしたら、少女二人がより一層しょんぼりと肩を下げてしまいました。その様を目の当たりにして、騎士たる彼も心苦しそうな顔をしたけれど……それだけ。

 ──あれ?

 さっきは私に怪我をさせたことを、膝をついて優しく手を握ってまで謝罪した彼が、フォローのひとつもないことにちょっとだけ疑問を感じます。


「元々野良なら、そんなもんじゃない? 元気になったなら、良かったじゃん」

「……うん」


 沙代にまで言われて、千鳥も渋々ながら頷きました。けれどやっぱり寂しそう。

 この間、無言を貫くユリウス。いや、この魔王様がムスッとして口を開かないのはいつものことなんですが……気のせいでなければ顔色が真っ青だ。


「それでも、千鳥も由真ちゃんも可愛がってたんでしょ? 少しだけ周りを探してみようよ。それでもいないなら、沙代の言った通り、元気になったからおうちに帰ったんだと思うな」

「おい……っ」

「う、うん! あや姉、ありがとうっ」


 見かねた私の提案に、ユリウスが何か声を上げようとしたけれど、喜ぶ千鳥に遮られてしまい、なんとも不服そうに口元を歪めてしまいました。

 なんでしょう、この、微妙な空気は。


 ──でも結果として、カフェモカを見つけることは出来なかったけれど。


 肩を落として見るからに落胆した様子の千鳥と由真ちゃんを前に、期待を持たせるような余計なことを言ってしまったかな。と、申し訳なく思ったら、その二人から「一緒に探してくれてありがとう」と感謝されてしまいました。なんて良い子たち。


「残念だけど、帰ろうか。きっとまた会えるよ」


 ありきたりな慰めにはなってしまったけど、それでも二人はこっくりと頷いてくれました。うん、きっと会えるよ。

 そうして私たちは、静まる神社をあとにしたのでした。


 追々これが、まさかの現実となるとは思わずに。ね。

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