知りたくないその嗜好1

 袴姿から体操着に着替えて戻ってきた沙代に聞いても、千鳥が叫んだ『カフェモカ』の真相はわかりませんでした。

 それどころか「コーヒーがどうしたって?」って返ってきたものだから、こんなところで血の繋がりってやつの強さを感じましたよね。


 あのあと電話口でおいおいとしゃくり上げる千鳥を宥めすかして、なんとか場所を聞き出すことに成功。どうやら昨日虫取りに行く際、横道を通ったあの神社にいるらしい。

 とりあえず沙代は自転車で。私と異世界組はまたもバスで向かうこととなりました。


 さぁて次は面倒なことにならないといいなあー! と、心の中で密かに手を合わせて神頼み。



 昨日の神社までやって来ると、すでに沙代が到着していました。

 小難しい顔で仁王立ちする沙代の前には、ツインテールにTシャツ短パンという、これぞ健康優良児然とした格好ながらも情けなくべそをかく千鳥。そして、黒と赤のボーダーシャツに、背中にはなんか悪魔の羽っぽい翼がくっついたリュックを背負い、ベルトが何重にも重なった黒レースのスカートを着こなす、いかにもなヴィジュアル系美少女、黒髪ロングの衣笠 由真きぬがさ ゆまちゃん。


 この由真ちゃんが公平にヴィジュアル服を押し付け、その公平が今度はユリウスってか私に押し付けたという構図ですね。


 さて現在、その由真ちゃんの目の前には公平から渡った衣装を着こなすユリウスです。Tシャツは私の左腕に巻かれているので、上はゆるい黒のタンクトップ一枚になってはいるけれど。

 それでも白い肌に黒が良く映えているし、下はなんかベルトがいっぱい装飾された少しだぼっとしたパンツとの対比がむしろ良い。

 

 正直私は失念していました。

 ユリウスを由真ちゃんの前に出すのは、いかがなものかという警戒心を。


 結果どうなったか。なに、想像通りってなもんですよ。

 千鳥同様ぐずっていた由真ちゃんですが、一目ユリウスをその視界に入れたとたん、頬を薔薇色のごとく赤く染めて、感極まったように打ち震えた。そして、少女は遠慮なくその感動を吐き出しましたよね。


「きぃやあああああぁぁぁぁっ!」


 超音波かっ! とツッコミたくなるほどの高音が、耳を貫きました。彼女以外の全員が咄嗟に耳を塞ぐ。あんまり効果はなかったけども。

 普段はヴィジュアル衣装に良く映える、儚げな美少女の顔がもはや台無しです。仄かに漂うミステリアスな面影が木っ端微塵です。


「きゃあああぁぁっ! ひゃあああぁぁぁっ!!」


 しかし止まらないな! このままぶっ倒れないよね!? ほら叫びすぎて首筋に血管浮いてるから!

 尚且つ絶叫したまま、競歩のごとき歩みでユリウスに突進する美少女。なびくサラサラの黒髪が余計に迫力を増しています。その姿はまるで夜叉のよう。

 証拠にほら。ユリウス完全に固まってるもの。魔王様が恐れちゃってるもの。


「う、うわああああぁぁんっ!」


 とか思ったら泣き出した!

 え? なんで!? なぜ泣く!?


「ゆっ、由真ちゃんどうしたの!? あとユリウスを離してあげて!」


 破壊力抜群の超音波でみんながクラクラしてる中、ユリウスの横にいた私は、気力を振り絞って由真ちゃんの肩を揺する。

 突進してきた彼女は、その勢いを緩めることなく両手を広げて少年に抱きついた──というより、もはやこれはユリウス締め上げられた。最初は驚いて固まっていた少年が、抱きつかれるなり必死にもがいています。


 けれど、感極まりまくった由真ちゃんに私なんぞの声は届かない。ごめんよユリウス、私では圧倒的無力。


「あたしは、こういうのが良かったのぉっ! るっ、流飢るき様みたいな御方とぉっ、写真、撮りたくてっえぇっ! でもいないからぁっ、しょーがないから、こーへいでガマンしたけどおぉぉっ」


 やっぱり由真ちゃんは公平じゃ不満だったんだね! だよね、日に焼けた筋肉質な野球部じゃご希望には添えないよね! でもそこまでハッキリ言わないであげて欲しかったわぁ、公平浮かばれないわぁ。


「というより、るきさまって誰よ」


 もはやどうでもよさそうに沙代が呟きました。その呟きを聞き逃さなかった由真ちゃんがクワっと目を見開いて、ぐりんと後ろを振り返る。ごめんね、その勢い正直怖いです。

 でもユリウスがようやく解放されました。ああ良かった。


「流飢様はとっても素敵なんだから!」

「ゆまちゃんいつもるき様って言ってるね」

「そうよ、ほら!」


 すっかり興奮した由真ちゃんが、黒い羽が生えたリュックから雑誌の切り抜きを取り出しました。みんなで輪になりズイッと覗きこむ。

 そこに映っていたのは、物憂げなポーズで顎に手を添える、所々赤メッシュが入った黒髪の男性。けれど、その髪はオシャレながらももさもさとしていて、目は完全に前髪にかかって見えるか見えないか。でも、その絶妙な加減が逆にいいかも。と思えます。

 服装も予想に違わず、どうみてもゴリゴリなヴィジュアル系だけど……けど、いやいやそれよりも──


「なにこれ! そっくり!」

「うわあ、ユリちゃんだぁ!」

「彼はユリウスの兄弟なのか!?」


 まるでユリウスがこのまま成長したかのようです! まあ、共通点は髪型と服装と、どことなく上から目線に見えなくもないこのポーズだけ、と言われればそうなんだけど。でもやっぱり何度見しても、これはユリウスの大人バージョンではないか。


 しかし当の本人は、私や千鳥とともに興奮したギルベルトの問いへ『そんなわけあるか』と言わんばかりのため息を吐いて首を横に振りました。反応が薄いです。


「流飢様はあたしの憧れなの! とっても素敵なモデルさんなのよ!」

「へー、確かにぽいわー」


 沙代までもが同意したところで、由真ちゃんは唐突にダンッと足を踏み鳴らす。


「なのに! せっかく流飢様に会えたのにあたしってば!」

「え? 今度はどうしたの!?」


 どうしよう、そろそろこの子の感情の起伏に追いつけなくなってきました。ダンダンと足を踏み続ける彼女は悔しそうに顔を歪めています。いやぁ、つくづく残念な美少女ですね。


「今日に限ってカメラを持ってきていないなんて!」

「……ああっ、撮影会?」


 そういえば、そもそも公平に服を押し付けたのだって、男女ペアのヴィジュアル系で撮影会をしたかったんだものね。うわー、公平の目論見通りの流れだわ。由真ちゃん完全にユリウスにロックオンじゃないですか。


「流飢様と撮影するのが夢だったの!」


 もうね、こっちが見ていて微笑ましくなるくらい頬っぺたを上気させて、満面の笑みを浮かべた由真ちゃんがユリウスの腕にギュッとしがみつく。

 ですがこれまでグイグイと迫る由真ちゃんの勢いに押されていたユリウスも、我慢の限界がきたらしい。しがみつかれた腕を乱暴に払う。


「この俺に気安く触るな小娘が! お前のその身体に高潔なる血の裁きを下すぞ!」

「まあ……っ!」

「だったらユリウスは小僧じゃない!」


 とはいえ、言いすぎ。コンッ! とモサモサ頭を小突く。

 別に由真ちゃんは裁かれるようなことなんてしていないから。ていうか由真ちゃん、そんな満面の笑顔で裁きを受け入れようとしないで! この子はもうユリウスが何言っても喜ぶわ!

 一方で、少年はそれどころではないようで。


「お前……っ! いい加減にしろ、なんという無礼な!」


 頭を押さえてユリウスがわなわなと震えている。でも千鳥だけにとどまらず、よそ様の娘さんまで小娘呼ばわりはいけないでしょうよ。

 しかし──


「それに、こんなことをしている場合ではないのだろう!?」


 続いた言葉に私だけでなく沙代とギルベルトもハッとする。

 由真ちゃんの狂喜乱舞でここに来た目的をすっかり忘れていました。


「コーヒーとかいうものがどうかしたんじゃないのか!」


 そうだそれだ。すっかり忘れていましたよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る