付き添いという名の10

「あのゴーレム、かなりガラスも巻き込んでたからな。かすっただけとはいえ、これはひでぇ」

「私がもっと早く来てれば……」

「それならば私だってそうだ。アヤノ、すまない。女性の腕をこんなに傷つけてしまうなんて、私は騎士として情けない……っ」


 今にも泣き出しそうなほど切なく表情を歪めて、跪いたギルベルトが私の手を労わるように握ってくれる。キラキラとしたエフェクトすら見えそうなこれが、さっきまでのチンピラと同一人物だとはなんてシュールなんでしょう。コントか。

 すると、キラキラギルベルトでまたも大爆笑をした公平から、涙を浮かべながらのデコピンをくらいました。


「いった……っ!」

「お前も家族のこと言えねぇぞ。一人で突っ走りやがって」

「……ぐうの音も出ません」


 いやはや面目無い。

 一括りにされるのは不服とか言ってた直後のこの有様ですものね。


「とりあえずこれしかねぇけど、腕に巻いとくか?」


 そう言って屈んだ公平はあろうことか靴下に手をかける。 


「結構です!」

「でもそのままより──」

「結構です!!」


 むしろなぜ了承すると思った!?

 アホな押し問答を繰り広げていたら、横から何かをグイッと押し付けられた。視線を下ろすと、いつの間にかTシャツを脱いだ黒いタンクトップのユリウスが、私にそのシャツを差し出している。


「これを巻け」

「え、でもこれ……」


 すごく気に入っていたシャツじゃない。

 申し訳ないな。と思ったら、ユリウスの口元が不機嫌に歪んだのがわかった。受け取るまで引かないつもりなのでしょう。


「……わかった。使わせてもらうね」


 ありがたく受け取ったら、黒いもっさり頭は俯いてしまった。なんだか様子がおかしい気がするけれど──沙代が険しい顔のまま腕を組んで口を開く。


「……今のは、ユリウス狙い?」

「おそらくそうだろうな」


 それは私も感じていたことだった。

 あのゴーレムは、明らかにユリウスだけを壁際に追い詰めようとしていたから。


「つーかさ、あれは一体なんだよ」


 ユリウスのTシャツを私の腕にグルグルと巻きながら、公平がもっともな疑問を口にした。


 私はギルベルトやユリウスについて多少なりとも聞いているから、きっと異世界に関するなにかなんだろうな。って予想はつくけれど、なにも知らない状態でさっきのアレを見たら『これは夢か?』と頬っぺたを抓りたくもなるでしょうよ。


 当然ともいえる公平の疑問に、さすがの沙代もどう言ったもんかと悩んだらしい。眉間のしわがより一層険しさを増した。そうだよね、どこからどう言ったらいいのかも難しいよね。

 けれど──


「公平に今、最初から全部話すのは面倒くさい」


 潔いほどあっさりと説明することを放棄した。

 なんか、これでこそ沙代だわ。


「え、なにそんなに長いの? なら部活のあとでもいいか?」


 そして、こちらこそ潔いほどあっさりと引き下がった。

 今しがた起きた大騒動よりも部活が優先ですか。うん、こっちもこれでこそ公平だわ。


「むしろその方がいいかも。部活終わったらうち寄ってくんない?」

「うい」


 拍子抜けしちゃうくらいサクッと話がまとまった! けど、さすがにちょっと心配になる。

 公平って昔から大雑把だとは思っていたけど、本当に今の状況わかっているのでしょうか。今更ながら不安になるよ? 本当に夢だと思ってるんじゃないよね?

 

「ならば、ここは早々に離れたほうがいいだろう」


 周囲を見渡せば、ゴーレムさんの成れの果てともいえる土の山に、枠だけとなってしまった寂しい窓。すっかり荒れてしまった花壇。気付けばどえらい惨状です。


「……誰か来る前に、早く行った方がよさそう」


 こんなところにいるのが見付かったら、説明のしようもない。ゴーレムと戦ってましたなんて言えるわけがない。


「じゃあまた後でなー!」


 手を振って公平がグラウンドへ駆けていく。沙代もギルベルトが手にしていた木刀を受け取って、また体育館へ向かうようです。


「私は急いで着替えて来るから。ギルは綾姉とユリウスと一緒に校門で待ってて。木刀は返しておく」

「ああ、わかった」


 ──あれ?

 てっきり沙代も、このまま部活に戻るのだと思っていたのに。


「沙代も帰るの? 部活は?」


 思わず尋ねると、沙代はわずかに目を見張ってから、怒ったように眉を吊り上げた。


「綾姉さ、そんな状態で本気で言ってる?」


 それだけを言うと、ムスッとしたまま踵を返して行ってしまった。あの子が『そんな』と指したのは、ユリウスのTシャツがグルグル巻かれた私の腕。

 あれ、もしかして心配してくれたのかな。なんて。


 別に嫌われてるとか仲が悪いわけではないけれど、どうしても劣等感のある私は、気遣ってもらえる対象だと思っていなかったから。

 嫌味でもなく、そんなもんだと思っていた。


 私は沙代にしてみればなんの役にも立たない姉だろうし、現に、今までこんなあからさまに態度で示してくれることはなかったんだもの。驚いてしまうのも無理はないってなもんでしょう。

 呆気にとられる私に声をかけたのは、そんな彼女の恋人でした。


「……アヤノ。サヨは恥ずかしがり屋で、照れ屋なんだ」


 不意に告げられた言葉に顔を上げれば、そこには綺麗な顔で微笑むギルベルト。


「それ、道場でも聞いたよ」


 けれどそのときとは違う響きで、今の言葉は私の心に入り込んだ気がした。それを裏付けるように、彼は小さく頷き、先を続ける。その表情から溢れるのは、紛れもない温かさ。


「そして、こちらが心配してしまうほど優しい女性だ」


 ──ああ、悔しいな、ギルベルトのくせに。

 今このとき、唐突に、彼らは間違いなく心を通わせた間柄なのだと確信してしまいました。


「……うん。知ってる」


 幼い頃から沙代を見守ってきた私たち家族と同じように、彼は遠く異世界とやらで沙代と過ごし、見守ってきたのだと改めて強く感じた。同時に、そんな彼との出会いが沙代に多少なりとも変化を与えただろうことも。

 それはもちろんきっと、良い意味で。

 

 熱血で暑苦しくてドМで『戦場の狂戦士バーサーカー』で、引いちゃうくらい沙代に忠実なチンピラが義弟でもまあいいかな、なんてちょっと……いや、ほんの少し、思いました。


 と、こんな時にスカートのポケットが突然ブルブルと振動した。

 慌てて手を突っ込みスマホを取り出すと、そこには着信を告げるディスプレイ。


 いくら田舎暮らしといえど、高校生ともなればスマホぐらい持っているんですよ。友達・家族とちょっと連絡を取る以外、滅多に使いはしないんですけども。


 そんな私のスマホには『千鳥』の名前。ちなみに千鳥もケータイを持ってはいますが、まだ小学生なのであれです、なんか簡単ケータイ的なシンプルなやつです。

 購入時には千鳥と父との間でスマホにするか否か大喧嘩していたようですが、末っ子に甘い父といえどもさすがにそこは折れなかったらしい。


 とか、そんなどうでもいいことよりも。あれ、あの子今日は「ゆまちゃんと遊ぶ」って言ってなかったっけ?

 首を傾げながら電話をとると、小さなスマホの向こうから泣き出しそうな千鳥の声が響きました。


『あや姉えぇっ! カフェモカがいなくなっちゃったあぁっ!』


 ──えーと。コーヒーがどうしたって?

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