付き添いという名の9
……どうしよう、どう頑張って見てもこっちが悪者なんだけど。どう目を凝らしても弱い者いじめにしか見えないんだけど。ゴーレムさんに同情すらしてしまうんだけど。
うごうごと手足をばたつかせている姿が、余計に哀愁を誘う。手と足のバランスが悪くなってしまたために起き上がれないんですね。ご愁傷さまです。
ダラダラと冷や汗が止まらない。
「綾姉っ!」
このカオスの中、唐突に呼ばれた声で我に返る。
見やれば、部活を抜け出してきたらしい袴姿の沙代が見えました。私と、付属する公平とユリウスの姿を確認するなり、その視線はぐいんと勢いよくギルベルトに向きます。
「ギル! やった!?」
その「やった」が「殺った」に聞こえてならないのですが。
すると、つい今まで一体どこのチンピラかと思われた悪人面の青年が、一変してぱぁっと眩いばかりの輝きを放つ笑顔を浮かべました。
「ああ! 動きは止めたぞ」
ご主人様褒めて! と言わんばかりの眩さで。ブンブン揺れる尻尾まで見えてしまいそう。
「なにこの落差ぁっ!」
「ははははははははっ!」
思わず腹の底から声を張ってしまいました。
だってこれは言わずにはいられなかった。そんな私の叫びを皮切りにより一層笑いを増した公平。ユリウスに至っては、ギルベルトと沙代を前にしてすでに無の境地なのか微動だにしません。どうした。でも今は構っていられないやごめん。
さっきまでの恐怖も忘れて、私は思わず沙代に詰め寄る。
「さっきのチンピラは何!?」
「は? ギルでしょ?」
「それはわかってるよぉっ!」
どうしようもない憤りの持って行き場がなくて、地団駄を踏む私とは対照的に沙代はさらりと言う。
「あいつの二つ名知ってる? 『戦場の
「なんだそれダセえぇーっ! キャラぶれ過ぎだろ!? あいつ設定の宝石箱かよ!」
「公平上手いこと言う」
「上手くないよ!?」
それに全く以ってウケないよ!
公平はもはや息も出来ないほど笑ってんですが! 文字通りヒーヒーのたうち回ってんですが!
「戦場とか、敵を前にするとテンション上がっちゃうんだってさ」
「あれはテンション上がったとかいうレベル!?」
むしろ第二の人格出てきたくらいの落差ですよね? それをあっけらかんと言っちゃう沙代にもお姉ちゃんは驚きだよ。
「今までそんな素振りなかったじゃない! ほら、お父さんと対決したときとか、稽古のときとか……っ」
熱苦し──いや、熱血だなぁ。とは思ったけれど、狂戦士要素はどこにもなかったよ!?
「だからこそ『戦場の』なんじゃん。敵認定した瞬間あれよ。だから最近の若者はキレやすいとか言われんだっつの、やんなっちゃう」
「沙代そこぉ!?」
あの豹変ぶりに対して思うところは何もないの!? 頭がおかしくなりそう。
「もうあの騎士意味がわからないよ……」
思わずこめかみを抑えて呻いたら、沙代の視線が私の左腕で留まった。そして切れ長の目がより一層鋭さを増す。
「綾姉この腕どうしたの!?」
「痛ああぁぁーーっ!」
突然腕を捩じり上げられて、思わず大きな悲鳴が出た。誇張でもなんでもなく、本当に捩じられるもんだから余計に痛い!
そういえば忘れてました左腕の惨状。ユリウスも沙代の声でハッとしたように見上げてくる。
「やめてー! 沙代痛い。痛いからいたたたたっ!」
「そうだ沙代からも言ってくれよ。こいつ、一人であのゴーレムに突っ込んでくから本っ当にさあ……っ!」
「はあっ!?」
私の暴走を思い出したらしい公平までもが詰め寄ってくる。ごめんなさい無謀だったとは思うけど、揃ってそんなに怒らなくてもいいじゃない!
とかガクブルしていたら、妹からチッなんて舌打ちが聞こえました。
──ひいっ、沙代に舌打ちされた!
とかビクビクしていたら、今度は目を据わらせた妹が公平からバットを奪い取りました。
いまだもがくゴーレムさんにゆらりと向かう。
「ギルベルトぉっ!」
「はいっ!」
聞いた者が震え上がるほど低く響く声で叫んだ沙代に、頬を紅潮させたギルベルトがビシッと姿勢を正して応えました。ねぇ、ギルベルトはなぜここで歓喜しているの。
「あの土人形ぜってぇ潰す」
その辺の不良よりも、余程しっくりくるメンチ切った顔と佇まいでバットを肩に担ぐ沙代が言うなり、まるでご主人様から命令を下された猛獣のように、ギルベルトの瞳が再びギラリとした光を灯した。
「任せろ」
──女勇者と美形騎士という、乙女心をくすぐるはずの設定が、さっきから音を立てて崩れっぱなしなんですがこれいかに。悪の女帝と殺人鬼って言われた方が納得してしまいそうです。というか、それピッタリですね。
そして彼らは同時に飛び出した。
けれどその瞬間、予想外のことが起きたのです。
二人が飛びかかったとたんにゴーレムは動きを止め、一瞬にしてザァッと形を崩してしまいました。
まるで、沙代までもが参戦したことで勝負を諦めたかのように、蠢いていた土人形はあっという間に人の形ではなくなった。ついさっきまで動いていたものが、ただの瓦礫と土の山になる。
「……消えたな」
訳もわからず立ち竦む私の背後から聞こえた呟きに振り返れば、ユリウスがどこか宙を見上げたままゆるく首を振っていました。
「ああ、逃げられた」
少年の声に応えるようにギルベルトも小さく頷いた。ついさっきまでの獰猛さはすっかり鳴りを潜めて、アメリカンコメディを思わせる爽やかな仕草で肩を竦めてみせる。今までとの温度差で鳥肌が立ちそうなんですけど。
「チッ!」
かと思えば、再び沙代の大きな大きな舌打ちが鳴りました。ほぼぶん投げるようにしてバットを公平に向かって投げ渡す。ゴンッという鈍い音と「あだっ!」という哀れな声が上がりました。公平、どんまい。
「綾姉ごめん」
一体なにがなんだか。と、もはやただの棒立ちで目の前の出来事を眺めていた私ですが、突然沙代に謝られて、ちょっとびっくり。なにがだろうと首を傾げる。
けれど沙代の視線を追って、血がダラダラと垂れている左腕を直視してしまった。血が滲むどころじゃない、垂れてる垂れてる! 思った以上に私の腕大惨事だった!
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