付き添いという名の8
飛び込んだ先の細い身体をギュッと抱えたら、同時に左腕を襲った衝撃。飛んだ勢いも合わさって、私はユリウスごと地面をゴロンゴロン転がりました。瞼を閉じる直前、青い空が残像を残して視界を左から右に流れていく。
「ユリ、ユリウス大丈……おぇっ……」
「…………」
グルグル回る視界と気持ち悪さを堪えて身体を起こすと、私の下敷きになってしまった少年は無言で寝転がっていました。
──あ、助けたつもりが下敷きにしちゃった!? うわあ、ごめんなさい!
とか思っていたら今度はぐいっと引っ張られる襟首。一瞬にして首が締まる。
「危ねぇっ!」
「ぐえっ!」
「──うっ」
私はユリウス共々公平に襟首を掴まれ引きずられてしまいました。抗議をしようと思ったその瞬間、今の今まで私とユリウスがいた場所に太い腕が振り下ろされて地面にめり込んだ。身体が浮き上がるほどの衝撃と振動に、冷や汗がぶわっと噴き出す。
「何してんだよ綾乃!」
「……ご、ごめんありがとう。本当に助かった。うん、ありがとう私潰れてた」
私を追って飛び込んできただろう公平に引っ張られていなければ、本当に潰れてた。まさか公平が私の命の恩人になろうとは。クラクラする頭でそんなことを考えていたら、目の前の公平の眉がぐいっと険しく吊り上がった。
「違ぇよ馬鹿!」
「へっ!?」
一喝と共にパコンと頭を引っ叩かれてしまいました。
「なにが!?」
「なにがじゃないだろ! 見ろよ!」
いつものふざけたノリをすっかり潜めて、怒ったように公平が私の左腕を掴む。そこまでされて、ようやく腕の惨状に気が付いた。
ゴーレムの拳がかすった私の左腕は、コンクリートで擦ったように二の腕の外側全面に血が滲んでいました。まるで皮膚をおろし金で擦ってしまったかのような己の痛々しさに、頭がくらんでしまう。
思わず叫びそうになったところで、私以上に呆然とした様子で腕を見つめてくるユリウスが視界に入った。そこでやっと自分の行動の起因を思い出す。
そうだよ、私ってばユリウスを助けるつもりが思いっきり下敷きにしたんだった!
腕を伸ばして両手でガシッと少年の頭を掴んだら、華奢な身体がビクリと跳ねた。
「ユリウスは怪我してない!? 大丈夫!?」
「…………は?」
「は?」
「……なぜだ」
「なぜだ?」
──なぜだって、なにが?
思わぬ返答に間抜けにもオウム返し。いや、だって今、ユリウスってば会話のキャッチボールで暴投連発したよね? 私には受け止めきれないボールが飛んできたよね?
とかしていたら、急に影が落ちる。慌てて顔を上げると、またも迫りくる土の腕。大きな拳が視界に映った。
「また来たあぁっ!」
相変わらずトロそうな外見を裏切って、これはもう見事に腰に捻りを加えたゴーレムさんの拳が迫る。左右は突き出した剣山岩に挟まれているし、このまま下がって行っても壁際に突き当たる。詰んだ。
すると、背後で公平が立ち上がった。
「お前ら動くなよ!」
ブォンッと空気を振り切る音。同時に、放課後のグラウンドでよく鳴り響いていたお馴染みのカーン! という快音が至近距離で弾けた。
ノックの要領でバットを振り、公平がぶちかました硬式ボールは土の拳を直撃する。
さすがに小さなボールでは粉砕させるほどの威力はなかったけれど、ズボッと拳にめり込み、巨大なゴーレムがわずかによろめいた。やるじゃない野球部!
「くっそダメか。なら……」
けれど、よろめいただけでは不満だったらしい。
公平は次に備えてバットを構えた。まるでバッターボックスに立つように。
……え、この人ゴーレムさんの拳と直接対決するつもりなの?
「何してるの!? この間に逃げようよ!」
「次こそ俺は打ち砕く!」
「なんで変なスイッチ入っちゃってるの!?」
ついでにゴーレムさんもやる気満々ですね! 拳握り直しちゃってる!?
公平はバット構えてるし、ユリウスはいまだ私の横で呆然としてるし、もう何が何だかわかりません。どうしよう誰か助けて!
強く願ったそのとき、私の願いが通じたのでしょうか。
駆けて来た人物が、私たちとゴーレムの間に立ちふさがった。
金色の髪がふわっと風になびく。
振り向いた顔は涙が出そうなほど格好良くて、安堵するほど頼もしく笑っていて。
「大丈夫だ」
そして、笑んだその彼は──迫った拳に見事ぶっ飛ばされた。
「ギルベルトおおおぉぉっ!?」
拳が直撃したギルベルトは華麗に横へぶっ飛び、私たちの視界から消えました。
「は? あいつ死んだ?」
「やめて縁起でもない!」
私の脳裏にもその不安はよぎったけれど、口にするのは堪えたというのに!
容赦なく口にした公平を叱咤して、突き出した岩の隙間から飛んでったギルベルトを伺い見る。でも、死んだ──いや間違えた。派手に吹き飛んだはずのギルベルトが平然と立っていたもんだから、これはさすがに驚いた。
「ギルベルトが生き返った!」
「お前こそ言ってんじゃん!」
「……あー、驚いた」
慌てふためく私たちの声をよそに、呑気な台詞が聞こえました。それをのたまった顔はケロリとしていて、どうやら手にしていた木刀で上手く衝撃を防いだようです。……あの一瞬でなんたる芸当。憎らしくも実力はやはり本物なんですね。
それでも、登場した際の感動はだいぶ冷めてしまいましたけども。救世主かと輝いて見えたあれは一体なんだったのか。
「だ、大丈夫なの?」
おそるおそる声をかけると、彼はふっと余裕を感じさせるような笑みとともに口の端を上げて──気のせいでなければ、美しい緑の瞳がギラリと光を宿した。
……ん? 今なにかおかしな効果音がよぎったような。ギラリ?
なんて、ほんのわずか意識を逸らした次の瞬間、その場にギルベルトの姿はありませんでした。陰った視界に見上げれば、軽やかに地面を蹴って飛び上がった青年が映る。
けれど、見えた横顔はいつもの彼とは一変していました。
「たかだか土人形が──」
ニイッと歯を覗かせる口元に、ゾワリとした悪寒が走る。
「この俺に勝てるか馬鹿があぁっ!」
そこにいたのは騎士ではなくただのガラの悪いチンピラでした。
「──誰ぇっ!?」
「……ぶふぅっ!」
悲鳴のような叫びを上げる私と、派手に噴き出す公平。
その間なおも聞こえてくる「雑魚が調子乗んじゃねぇ!」という狂気に満ちた声。どうしようあの人怖いんですけど。
すると、またもゴーレムさんが腕を振った。その先にはすっかり極悪面のチンピラへ転身を遂げたギルベルト。踏み切って跳んだ彼には逃げ場なんてない。
「あ、危な──っ!」
無残に潰れてしまう姿が浮かんだけれど、そんな心配は杞憂に終わりました。
空中でぐっと身体を大きく捻ったギルベルトは、そのまま迫り来る拳に向かって木刀を振り切ったのです。まるで空中での居合斬り。目視出来ないほどの速さで木刀が振られる。
彼を襲った拳は綺麗に真っ二つに割れ、ギルベルトは着地するなり更に踏み込んだ。一方のゴーレムは己が振った腕の遠心力に引き摺られたのか、大きくバランスを崩す。
その隙に大きな体躯の足元を駆け抜けたギルベルトは、右足までも斬り払っていました。
崩したバランスを立て直すことなく巨体を沈ませるゴーレムと、凶悪な笑みを深めて立ち上がったギルベルト。彼はすっと木刀を振り上げて、その腕を非常にも叩き下ろした。それはもう、全身全霊の力を込めましたとばかりに。
ボガァンッと痛烈な音をさせてゴーレムの頭部は砕け、破片はスイカ割りのごとく四方八方へ飛び散ってしまいました。
「ぎゃああああっ!」
なんて無残な!
ほんの一瞬だったけれど可愛らしいつぶらな瞳に見えなくもなかったゴーレムさんの顔が、ぐっちゃぐちゃです。今更ながらあの瞳に愛着が湧いてきてしまったかもしれません。時すでに遅しってこのことでしょうけども。
いまだチンピラに木刀でボッコボコと叩き殴られている姿が、B級ホラー映画の冒頭で定番のごとく殺されてしまうやられ役と被る。
そして、そのホラー映画では確実に舌なめずりして迫るサイコキラー役だろう彼が、ドヤ顔で吐き捨てた。
「はっ。相手にもならん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます