付き添いという名の1
ユリウスとの虫取りから数日。
あれから私の部屋を逃げ場としたのか、ギルベルトや沙代から逃げたユリウスが部屋の隅っこで小さくなっている。なんてことが多々発生しました。
あの二人に突き出すのも忍びないので、一緒にお菓子を摘まんだりお茶したりなんて匿っていたら、まあ世間話くらいはできる仲にはなった……と、思います。ユリウスがどう思っているかはわからないけれど、話し相手ができて私はは単純に楽しんでいる。
なんとも上から目線というか、ちょっといたたまれなくなる独特の言い回しさえ気にしなければ、ギルベルトよりずっと話が通じる気がします。
ギルベルトは、とりあえず沙代のことしか考えてないのはよくわかる。
ただ、ぼんやりとなにか考え込んでいるユリウスの姿を、たまに見るようになった。
さて、そんな日々の某日。
姉妹揃って昼食を済ませ、千鳥と一緒に部活へ行く沙代を見送ったところで、いまだに道場から戻ってこない父とギルベルト、そしてユリウスに気付く。
「……いつまで朝稽古してるのかな?」
「昨日のぶんも頑張るぞ! ってギルがユリちゃん連れて張り切ってた」
「それはまた……申し訳ない」
昨日もユリウスと長々お菓子パーティーしちゃいましたからね。意外と甘党だったユリウスですが、カッコつけてそれを悟られまいとしている様子が面白くて、つい毎回引き留めてしまいます。
日本のチョコレート菓子のバリエーションに、明らかにテンションが上がっていて可愛い。
とまあ、それはさておき。ギルベルトは張り切る度合いが振り切れていることに、なぜ気付かないのか。
そう思ったけれど、父も一緒にいるんだと思えば納得せざるを得ない。一度火が付くと止まらないんですよ、あの父。ギルベルトとの相乗効果は想像しただけで凄そう。
心の中でユリウスに合掌。
というわけで「お昼が片付かない」と嘆く母にけしかけられて、千鳥と一緒に道場へ向かいますよ。
父とギルベルトはともかく、ユリウスがそろそろぶっ倒れていそうですしね。
たどり着いた道場では、予想した通りの光景が広がっていました。
「ユリ坊おぉーっ! 貴様の気合はそんなものかああぁーっ!」
「お父上! 次はぜひ私と手合わせを!」
「よし、ギル! そこに立てぇい!」
「はい! ギルベルト、参ります!」
そして「きえぇい!」という甲高い気合の掛け声が鼓膜を突き破らんばかりに響く。
……むしろ予想以上かもしれません。燃え上がる二人の熱気で、道場がまるで地獄と成り果てていたとは。周囲に目をやると、片隅では袴姿のユリウスが無残に転がっていました。
瀕死の少年に駆け寄りひっくり返せば「みず……」と、絞り出すような声がする。なんたる無体な。父や兄や沙代の熱気に当てられ、干からびかけた幼少時代がフラッシュバックしてしまいます。ユリウス……わかるよ、辛かったねぇ。不覚にも熱くなった目頭を押さえる。
戦慄の記憶に心抉られている私の横では、千鳥が「ユリちゃーん」と呼びかけながら容赦なく頬をペチンペチンと叩いています。千鳥そのくらいにしてあげて、彼のライフは0なのよ。
それなのに、あの二人はいつまでドッタンバッタンしているつもりなのでしょうか。なんでしょうね、彼らだけで勝手に熱くなるのはまあ好きにしたらってなものですが、もっと周りをよく見てほしいですね。
というわけで。
「お父さん! ギルベルト! いつまでしてるの!」
大きく息を吸い込んでの、一喝。
祖母までとはいかなくても、怒りをのせた今の叫びはなかなかの声量だったと思う。その証拠に、ピタッと二人の動きがようやく止まりました。
「綾乃か。どうした千鳥まで」
「どうしたじゃないでしょ! 何時だと思ってるの」
私の指摘で時計に目をやった父が、とっくに正午を回っていたことにようやく気が付いたらしい。呑気にも「そういえば腹減ったなぁ」などと呟いている。
「……サヨは?」
いち早く片づけを済ませたギルベルトが、キョロキョロと辺りを見回した。
金髪緑眼の袴姿もいい加減違和感がなくなってきました。どうやら彼は袴がお気に召したようで、もはや普段着になりつつあります。曰く「袖を通すだけで気が引きしまる」とのこと。
道場としてもイケメンの袴姿は大変好評で、生徒さんの乙女心も我が家の懐もウッハウハ──いえ、とにかくありがたいことです。今や我が家の女性陣にとどまらず、ギルベルトは田舎のマダムのアイドルと化しているらしい。
……見た目が良いって本当に得なんだなぁ。なんて感心すらしてしまいます。そしてこのまま順調に生徒さん増えるといいなぁ。って、いけない。いつの間にか脳内思考がすっかり脱線してしまいました。うっかりこのまま『イケメンと手とり足とりトキメキ剣道教室☆』のプランを練り始めるところだった。
「沙代ならとっくにお昼食べて部活行ったよ」
「なに──っ!?」
気付けば道場の入口から全ての窓にいたるまで、片っ端から顔を突き出してはウロウロと彷徨っていたギルベルトに声をかければ、絶望に打ちのめされたような顔で膝を着いた。
まるでこの世の終わりかのようです。本当にわかりやすい。異世界の騎士に威厳は必要ないのでしょうか。いや、これが異端なのだと信じたい。
「今日こそは私もブカツにと思っていたのに……っ」
「え、この間あんなにボロクソに言われたじゃない」
どうやら沙代に付いて行く気だったようですよ。「ウザいしうるさい」とまで貶されてなかったっけ? ギルベルトの顔とこの図太い神経だけは心底羨ましいです。
すると、悲しみに暮れていた顔をみるみるだらしなく弛めて、彼は惚気た。
「何を言う。あれでサヨは照れているんだ。最初の頃は人見知りが激しいのか、取り付く島もなかったくらいだからな」
言われて、むしろ私は首を傾げてしまう。
あれ……? あの子、人見知りなんてしたっけ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます