付き添いという名の2
昔から度胸も据わっていた沙代は、見知らぬ場所でも相手でも怖気づくことなくゴリゴリ突き進んでいたような気がします。あ、でもさすがに異世界となると、いくら沙代といえども心細かったのかな。
今更ながら、よくぞ無事に帰ってきたと思う。当の本人が全く普段通りだし突然の結婚騒動で忘れていたけど、知らない土地で勇者だなんて言われたら、戸惑いは大きかったに違いない。
「そうだったんだ……。ギルベルトと沙代が出会った頃って、どうだったの?」
「ああ。早々に『視界から消え失せろこの野郎が』と言われた。サヨは恥ずかしがり屋だ」
前言撤回。
沙代はどこでも沙代でした。
「……ギルベルトってMなの? ドMなの?」
「サヨにも言われたが、そのエムというのは一体なんのことを言っているんだ?」
わかりましたドMなんですね。
きっと沙代は恥ずかしかったわけでもなく、本心からの発言だったと思われますが……これは言わないでおこう。
「しかしながら、妹がとんだ失礼を」
とにもかくにも、さすがに他人様に向かって沙代の発言はいただけませんよね。姉としてここは頭を下げておこう。
するとギルベルトは驚いたように眉を上げてから、透き通るような緑の瞳を細めて破顔した。
「…………」
はい。私、綾乃は自供させていただきます。
正直今のはとんでもない破壊力でした。今のギルベルトの微笑みで一体何人の女子がハートを撃ち抜かれるやら。まさに一騎当千とはこのこと!
ごめんよ沙代、お姉ちゃんは妹の彼氏にうっかりトキめくところだったよ。本当にねぇ、顔だけはねぇ。
「いきなり知らない世界に飛ばされたうえに、タイミングが悪かっただけだ。サヨは悪くない」
だからと言って恥ずかしがり屋だと認識したギルベルトと沙代の間では、とてつもなく大きな思い違いが生じている気がしますが……いや、これも言わないでおこう。
いいんだ。沙代がそれでいいなら口は挟むまい。外野がとやかく言うのは野暮というもの。はい、この話は終わり!
深く関わらないでおこうと私が密かに決意を新たにした早々、思い付いたようにギルベルトが瞳を輝かせた。
「そういえば、アヤノもサヨと同じ学び舎に通っているのだろう?」
「え……そ、そうですね」
あれ、なんか。嫌な予感が一瞬にして全身を駆け巡ったのですが。この先の展開がなんとなく予想ついてしまうのですが。嫌だ、おいマジですか。
「なら頼む! 連れて行ってくれないか!」
「もちろん断る!」
完全に被さる勢いで一刀両断したら、心から驚愕したように「なぜだ!?」と叫ばれました。
なぜだもどうしてもあるか。
「せっかくの夏休みだっていうのに、どうして用もなく学校に行かなきゃいけないのよ」
しかもこんなに目立つ騎士様と一緒に行けと!? っていうかそれが一番嫌だ。そんなもの断固拒否だ。
すると、ギルベルトは一転して悲しそうに眉を下げて目を伏せる。そして漂う哀愁。
「……サヨの学び舎を見たいと思うのは、いけないことなのか……?」
この人泣き落としにかかりましたよぉ!? しかも確実に自分の見目麗しさをわかってない!? なんだこの絶妙な目の伏せ具合は、くやしいが超絶イケメン! やるじゃない顔だけのくせに……って、いけない、いい加減妹の彼氏に対して暴言がすぎてしまう!
と、意識をとっ散らかしてなんとかぎりぎりのところで踏ん張ったのですが、そんな私の努力を無にするかのようにあっさり籠絡されてしまった少女が一人。
「あや姉……ギル、かわいそう」
可愛い妹があっさりと手懐けられてしまいました。
「わたし、今日もゆまちゃんと遊ぶ約束してるから、途中までついてってあげる」
「ありがとう。チドリは優しい女性だな」
八歳の小学生相手に神々しいキラキラオーラを振りまくこの騎士様を誰か止めてください。こら千鳥、瞳を輝かせるんじゃありません!
「綾乃よお、ギルを連れてってやれんのか」
とか思っていたら、ツルリ頭のおじさんまでこんなことを言いだしましたよおいこら父! ツルツル頭を手ぬぐいでキュキュッと磨きながら悲しそうな顔して何を言い出す。
縋るような顔が三人並んで私を見つめてきます。どうしたの、浦都家はもはやこの騎士様に乗っ取られてしまったの? いつの間にか私が悪役みたいになっている!
ぐっと唇を噛み締めて、下すのは苦渋の決断。
「わ……わかったわよ……」
行きますよ。ギルベルトを引き連れて沙代のところまで。私が沙代に怒られそうなんですけど……って、あー、それ考えただけで怖い。
だって所詮はノーと言えない日本人。なんて悲しい性でしょう。
私の首が縦に振れたとたん、目の前の三人組はパァッと顔を輝かせました。この疎外感はなんでしょうね。
とか思っていたら、
「せっかくの機会なんだ、ユリウスもしっかりこの世界の学び舎を見ておくといい」
「は?」
「え?」
ギルベルトだけじゃないの!? ユリウスと私があげた間抜けな声は見事にシンクロしました。
それだけでなく、床から顔だけを上げたユリウスと、振り返った私の瞳までバッチリ合った──ような気がします。少年の前髪は相変わらずもっさりしてたけど、今のは絶対にバチッって音を立てて視線がぶつかった。
──げっ、嘘だろ!? ってね。
さすがお菓子パーティー仲間。気が合うね、私たち! なんてね。
という訳で、異世界人二人を連れて部活に励む沙代のところまで行く羽目になりましたよ。
要はあれですか、付き添いという名のお守りってやつですか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます