夏休みの定番です1
夏場の寝起きというものは、とにかく気分が悪い。
せっかくの夏休み、のんびりと睡眠を貪りたいというのに、昇る太陽とともに上がる気温。比例して噴き出してくる汗。湿る寝間着が肌に張り付く。
そんな、ただでさえ不快な夏の朝だというのに。
「アヤノーっ! アヤノおおおーっ!」
大きな声と大きな足音。ドタドタと近付いて来るそれは、聞き間違いでなければ私の名前を叫んでいます。……聞き間違いであってほしいなあー。
覚醒していく意識と共に、その声がやたらハッキリと頭にガンガンと響いてくる。
ああ、本当に──
「アヤノぉ!」
「うるっさい!」
「ふごぉっ!」
勢い良くスパーンっと開かれた襖。現れた金髪に向かって、私は力の限り枕を投げつけた。
「……サヨがいないんだ……」
見事顔面にヒットしたはずだというのに、それを全く気にすることなく、しょんぼりと肩を落としてこの台詞。この人あれだ、色々と図太い。
「……沙代なら、今日は部活の朝練って言ってたじゃない」
「昨日も一昨日もそう言っていなかった。そのブカツとやらは一体なんだ」
「あー……っと、学校の生徒活動の一環? お昼までには帰ってくると思うよ」
異世界から戻ってきてから、沙代は部活動に余念がありません。
正直、魔王を倒せるくらいの実力なら学生の剣道なんて余裕じゃない? と思ったけれど、異世界での剣と剣道ではあまりに違いすぎて勘を取り戻すのに苦労しているらしい。
なんというか、どうしても狙ってしまうらしいです──急所を。
これを聞いたときはゾッとしましたよね。命取りにいってるものね。
夏場のどんなホラーよりも怖かった。
「そうか。わかった! では今日は、私がユリウスをビシバシに鍛えてやろう!」
言うが早いか、ギルベルトはまたもドタドタと風のごとく走り去ってしまいました。
「ひどい目覚めだわぁ……」
ぼふっと再び身体を布団に沈めるものの、暑さと張り付く寝間着の気持ち悪さに阻まれては、いくら睡眠をこよなく愛する私でも二度寝とはいかなかった。
父対ギルベルトの対決から早くも一週間が経とうとしています。
金髪と黒髪。もといギルベルトとユリウスは、あの日から我が家の居候となりました。元々無駄に広い我が家なので、部屋には困らないことも幸いしたのでしょうね。空いている客間に各々寝泊まりしているようです。
すっかり家族の心を掴んだギルベルトは、宣言通り沙代の次回インターハイ優勝まで結婚云々は待つ模様。まあ、ここは高校卒業を待つか否かでいまだ協議中ではあるようですが、正直それはどうでもいい。
そして更に宣言通り、沙代とギルベルトは連日「ユリウスを叩き直すんじゃー!」とばかりに道場へ連行しています。さすがにここは、あの少年に同情を隠し得ません。
だってあのカップルと言っていいのかもいまだわかりませんが……とにかく熱すぎるんだもの……。
遠くで鳴り響く足音の余韻を床から感じて、私はもう一度身体を起こした。時計を見ればまだ七時半。夏休みの朝としては少し早いけれど、もう諦めよう。
布団の上で天井に向かって腕を伸ばす。すると背後の勉強机の下からゴソッと、不審な物音がしました。
「……え?」
音の正体に全く心当たりがないものだから、おっかなびっくり振り返ると──机の下になにやら真っ黒い物体。
「ひっ──」
大きく息を吸い込んだところで、シュッと動いたそれに口元を押さえつけられました。しかし、残念ながらちょっと遅かった。吐き出した息は止まらない。
「んうおおおぉぉっっ!」
おかげで私のか弱く悲痛な悲鳴となるはずだった声が、くぐもった汚い音となって霧散していく。
そんな私の目の前に現れたのは、もっさり頭。
ここ最近ですっかり見慣れてしまったクルクルでモサモサな黒髪でした。
「うりうすあにしてんの?」
口元を少年の手に塞がれたままジト目で問いかけるものの、彼は部屋の外の気配を探ることに必死の様子。というか、正確にはギルベルトが本当に遠ざかったのかが気になるのでしょう。
だって、見つかったら道場に連行だものね。
「……行ったか」
「あらあら、ついに逃げたのね?」
やっと自由になった口元で息を吸い込み尋ねれば、不愉快そうに口をへの字に曲げられました。
「逃げただと? はっ、笑わせるな。この俺が本気を出せば、あいつらを消し去ることなど容易いというのに。見逃してやったと気付かないとは悲しい者たちだ」
「はあ」
ユリウスの言うことは毎度回りくどいうえに、どうにも聞いてる方がいたたまれなくなりますね。これ、狙ってないなら凄いわあ。とりあえず、彼の膝がガックガクに震えていることは見なかったことにしてあげましょう。
父と沙代が稽古に厳しいのは昔からですが、ギルベルトもキラキラ紳士な顔をしてかなりスパルタのようですからね。あの父が褒め千切っていたので、それは地獄のような光景が繰り広げられているのでしょう。その証拠に、彼の手足にはたくさんの湿布。独特の匂いが鼻をツンと刺激する。
剥げかけていた腕の湿布を、ぺチッと貼り直してあげたらなんだか可哀相に思えてきました。
「せっかくだから、今日は私と千鳥と一緒に外へ行く?」
「……はあ?」
提案したら、彼にとって予想外だったのかコテンと首を傾げられた。
おお、これはちょっと可愛い。
出てきた声は不愉快丸出しだったけれど。
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