みんなちょっとおかしい2
夜の道場というのは、昼間とはまた違った独特の雰囲気を醸し出す。
空気が張り詰めるような無音の空間は、夏だというのに自然と鳥肌が立った。寒いと錯覚を起こしてしまいそうで、幼いころは少し怖かったのを覚えている。
久しぶりに足を踏み入れてしみじみとしていると、道場の真ん中では、父とギルベルトが向かい合って仁王立ちしていました。
「……儂には、今は家を出ているが後を継ぐ
「さすがですお父上!」
「え、そんなの初耳ですけど」
「そうだったの?」
声高々に宣言する父と、なぜか感動しているギルベルトとは対照的に、淡々とした私と沙代の声が続きます。本当に初耳なんですが父。そんなことを考えていたとは思──いや、考えていそうですね、この人なら。
その間にも、祖母と母が道場の奥から防具と竹刀を抱えて出てきました。しかし、父はフンと鼻息を鳴らして首を振る。頭に血が昇り切っています。
「こんなものいらん! 儂がこの外人を叩きのめしてやるわ」
「なに言ってるのお父さん、二人とも怪我したら大変でしょう」
「ていうか、お父さんが怪我するって。ギル本当に強いから」
「沙代お前……っ、父親に向かってなんという……!」
娘の容赦ない言葉にわなわなと喚く父を華麗にスルーして、母が手慣れた様子で防具を装着していきます。一方のギルベルトは、祖母と沙代に説明を受けながら素直に頷き胴を着けて面を被った。
「汗臭くない? 大丈夫?」
「夏はくさいよー」
自分の防具ですら良い気はしないのに、借りた防具って余計にきついんですよね。私だけでなく、横にいた千鳥もあの何とも言えない不快感を思い出したのか、しかめっ面で「くさい」を連呼する。そうね、夏場は特にぬるっとするものね。
「大丈夫ですよ。騎士の鎧だって似たようなものです」
「あっちの鎧はもっと重いしね」
「準備はできたのか! さっさとそこに倣え」
面越しにも分かるキラッとした笑顔のギルベルト(ただし鼻にはティッシュ)と、彼に同意した沙代の親しそうな会話が癪に障ったのか、父が大きな声で促します。
ウダウダとしてしまいましたがようやく二人が竹刀を手に向き合いました。
一礼をしたギルベルトの構えは私たちに馴染みある剣道のものとは全く違っていて、直立している父とは反対に足を前後に大きく開き、竹刀を頭の横に添えて構えた。おお、カッコ良い。見目の良さもあって余計に映えますね。
……しかし、あの沙代が「ギル本当に強いから」なんて言ってしまうのですから、見かけだけではないのでしょう。
さて、何はともあれ沙代の結婚相手が決まるという一大事。なのか甚だ疑問ではありますが。
道場の端に私たち家族が並んで座る中──あの黒い少年は、そんな私たちのさらに後ろで片膝を立てて座っています。この騒動、心の底からどうでもよさそう。
すると祖母が、背筋を伸ばし中央で向かい合う二人の間に立つ。
試合のゴングを鳴らす鋭い声が、道場に凛と響きました。
ええと、娘の私が言うのもなんだかあれですが、昔から私たち兄妹にとって父は強さの象徴でした。
だからギルベルトに向かって勝負だなどと言ったときは、正直なところ「おいおい大丈夫かギルベルト」と、若干心配にもなりましたよ。
でも、沙代が焦る様子も見せず平然としていたので、まさか。という予感はありました。
つまり、なにが言いたいのかと言いますと。
結果的にまあ──負けました。父が。あっという間に。
パンッ、ゴンッ! という叩きつける甲高い音と、大きな鈍い音が二度だけ響いて勝負は決したのです。
項垂れてブルブルと震える父の肩を、沙代がポンポンと叩く。大丈夫なんですかね、父。なんだか震えが尋常じゃないんですが。
──合図と共に、ギルベルトは消えたようにぐんっと身体を沈め、反応した父の竹刀を一度外へ弾いた。それが一度目の『パンッ』。
そしてその勢いを殺さないまま、がら空きとなっていた相手の胴を思いっきり突いたのです。それが、二度目の『ゴンッ』でした。これら全てが流れる様な動作で……陳腐な台詞で表すならば「目にもとまらぬような」といえばしっくりくるでしょうか。
突かれた父は、見事吹っ飛んでいきましたよ。
呆気に取られる家族をよそに、ギルベルトのハッとしたような「お父上ーっ」という情けない声が道場に木霊しました。続いて駆け寄った沙代が、父の肩を叩いているというこの光景に至ります。
「ギルさん、あんた良いもの持っているじゃないか。素晴らしかったよ」
「うちの人があんなに飛んだの初めて見たわぁ」
「カッコ良かった!」
どうやら、私と沙代以外の女性陣はすでにギルベルトに夢中のようです。女の変わり身って早い!
すると、それまでブルブルしてた父が勢い良く顔を上げました。その動きに合わせて、ツルリ頭が蛍光灯の光を反射してキラッと光る。うおっ、眩しい。
現れた父の顔は、満面の笑顔でした。──え? 笑顔?
「いやあ参った! こてんぱんじゃなあ! 貴様になら、沙代をまかせてもええ!」
「え!? ほ、本当ですか!?」
「こんなに見事に吹っ飛ばされたのは何十年ぶりじゃあ!」
がっはっはっと、父が豪快に笑いながら、ギルベルトの横に立ち背中をばんばんと叩く。
あのブルブルは感動による振動だったようです。え、何でしょうこの展開。
「沙代っ、お前いい男見付けたなあ!」
「だから言ったじゃん、ギルは強いって。ならこの二人うちに置いていい?」
「構わん!」
「……えええええっ!? お父さん!?」
唐突に驚きの展開へ突入しましたよ!? 私以外の家族がやんややんやと大盛り上がりです。異世界だとか騎士だとか魔王だとか色々あるけどそれよりも──っ
「待って! ちょっと待って! 二人って、この二人!? うちに!?」
金髪のギルベルトと、黒髪の名も知らぬ少年を指す。返されたのは、当然と言った沙代の声。
「そう。この二人」
「そもそもこっちの子はなんなの!?」
「だから魔王だって」
「その返しもおかしいと思うんですけど! どうして魔王がいるの! ここに!」
すると、沙代はぐっと拳を握って、声高々に宣言した。
「このもやしを叩き直してやろうと思って連れてきた!」
もうお姉ちゃん言葉も出ないよ。
──こうして、この日から片山家に二人の同居人が加わりました。金髪青年のギルベルトと、黒髪少年の……
「あなた、名前は……?」
近づいて今更ながら問えば、少年は深く大きいため息を吐いた。
でも申し訳ないけど私だってため息吐きたい。
「……ユリウス」
壁に背中を預けていた彼は、忌々しそうにそれだけを呟く。
「ユリウス、なに君?」
ギルベルトみたいに、長ったらしい名前があるんじゃないのか? 特に深い意味も無く聞いたのですが──
「お前ごときが俺の名を? おこがましいにもほどがある。それに、俺の真の名を知った者は……ただでは済まんからな」
嘲るように口の端を上げて、少年が吐き捨てた。
なんだこの子は何様か。そうか魔王様か。
「その口調やばいわあー……」
──うん、やっぱりこれは面倒くさいぞ。
これが、私とユリウスの出会いでした。
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