みんなちょっとおかしい1

 ──ここで話は冒頭に戻るわけなのですが。


 私は意を決し、茶柱から視線を上げて、周囲を見渡す。悲しいかな、その先には先ほどと何ひとつ変わらない光景が広がっていました。


 我が家の客間の座卓には、現在八人のもの人が座しています。

 床の間を背にして、照明の光を鏡のように反射する、ツルリとした頭の厳つい父。そして父の横には母、母側の座卓側面には末の妹・千鳥ちどりと私が。私たちの向かいには祖母がそれぞれ並んでいる。その全員の視線は父と向かい合う彼らに注がれていた。


 左に妹、右に見知らぬ金髪青年。ちなみにその後方、客間の隅には黒髪少年。

 どう見方を変えてみても、眉と目の窪みに水が溜まりそうな金髪青年の彫の深さは、日本人じゃない。ついでに言うなら……どう頑張って見てもこの世界の格好じゃないよね、これ。


 金髪緑眼の青年は、騎士らしいです。騎士ておい。

 この上なく整った顔立ちは、まごうことなき美青年でした。ゲームやアニメで見る様な、軍衣と思われる青い上着は確かに騎士っぽい。……パッと見ただけだったら「コスプレ好きな外国の方?」で終わるかもしれないけど、明らかに着慣れた様子から、これが常日頃着ている衣装なのだろうと感じられます。違和感がない。


 加えて横に置かれている、ずっしりとしたいかにもな剣ね。

 これがまたとてつもなく存在感を放っています。

 白い鞘に施された細かく繊細な金色の装飾。それでいて使い込まれただろう柄の握り部分と、青年が置いた時の重量感に、家族全員の喉がゴクリと鳴ったのはいうまでもない。

 ──これは本物だぞ。と


 しかし──もっと訳わからんのが後ろにいます。黒髪少年もクセがすごい。

 客間の隅でピッタリと背中を壁につけて座っている彼は、毛を逆立てた野良猫のようでした。警戒心露わに私たちを睨みつけ──ているのだろう、きっと。わからないけど。


 なぜなら、くるんくるんのもっさりしたくせ毛で、顔の半分が隠れているんだもの。この時点で不審過ぎます。

 それでもスッと通った鼻筋から、顔の造りの良さが伺えるから羨ましいですよね。そしてただただ、黒い。全てが黒い。髪の毛から爪先まで身に着けているもの全てが、黒い!

 ヨーロッパ貴族かとツッコミたくなるような衣装は黒一色で統一されていて、何とも言えない暗澹たる雰囲気を醸し出しています。

 一言で言ったら、暗ぇな、こいつ。そんな中に映える白い肌。

 どこのヴィジュアル系かな!? 


 どうしよう、こいつらツッコミに疲れる……! などと、私が一人慄いていると……沈黙の中、口火を切ったのは金髪の美青年だった。


「お初にお目にかかります、お父上! 私はギルベルト・レンツ・ローゼンハインと申します!」


 名前が長い! 全く聞き取れずに家族全員が「え?」と耳を傾けると、直後、さらに衝撃的な言葉がぶっ込まれた。


「サヨと結婚させてください!」

「はあああああぁぁ!?」


 私含め、父と母だけでなく祖母までもがあんぐりと口を大きく開けています。

 千鳥だけが「ひゃあっ」と頬を染め、瞳を輝かせて頬に両手を添える。まあね、結婚というワードにときめくお年頃だものね。


「この外人っ、ギル──ギルベ……ギル、ギルええいなんでもいいわ! なにを言い出すか貴様ぁっ!」


 特にカタカナに弱い父が、興奮のあまり唾を飛ばした。


「お父さん、ギルベルトね。あと外人っていうか、異世界人らしいよ」


 異世界人ってなんだよ。と、内心自分でも首を傾げつつ父を宥めるが──聞いてないわ、これ。

 娘が一晩行方をくらませようが呑気に構えていた父ですが、この展開は予想外にもほどがあるようです。でしょうね、私もだよ。

 それにしても降り注ぐ父の唾液を顔面に受けて、なお真摯な表情を崩さないギルベルト、凄いな。


「私は来年のインハイで優勝するまでは待て。って言ってるんだけどね」


 同じくキリッと表情を崩さない沙代が当然のように言う。おおい! お前もそれでいいのか妹!

 でもその表情はどこか大人びたように見えて、にわかには信じられない『異世界』というのも本当なのだろうか。と、なんとなく口が挟めなかった。

 もともとベリーショートだった沙代の髪。いつも真っ直ぐ揃っていた毛先が、よく見れば自分でカットしたかのように乱雑だった。そこに私の知らない時間を感じてしまう。


 なんて、ちょっぴり哀愁に浸っている間にも、家族会議は進んでいきます。


「沙代、せめて高校は卒業しといたほうがいいんじゃない?」

「母さん! このギルなんちゃらっつう外人に沙代をやると言うんか!」

「私はサヨのためならいつまででも待ちます!」

「貴様は黙っとれええい!」


 身を乗り出したギルベルトの胸ぐらを、父が掴みかけたところで──


「黙らっしゃい!」


 キーン! と耳を突き抜けるような、鶴の一声、もとい祖母の一声が投下された。


「沙代。お前はこの……ギルさんと添い遂げる覚悟があるのかい」


 父同様カタカナに弱い祖母は『ギルベルト』を諦め『ギルさん』としたらしい。

 すると、ドン! という音とともに湯呑の中で茶が揺れた。


「こいつ以上に強い男を私は知らない!」

「サヨ……──っ!」


 右の拳で力強く座卓を叩いて頷く沙代と、感極まったように口元を手で抑えるギルベルト。対照的に、父のこめかみには青筋が浮かんだ。おっとこれはまずいです。


「わ、私だってサヨ以上に強い女性は知らない!」

「ふざけるなああああっ!」


 叫ぶと同時に、父が座卓を両手で掴んだ。そして同時に、父以外の家族全員が、さっと自分の湯呑を手に取りわずかに下がる。

 繰り出されたのは、噂のあれだ。


「儂より強いというんか貴様あっ!」


 必殺・ちゃぶ台返し。

 沙代に釘付けだったギルベルトだけが逃げ遅れた。気付いて顔を向けたときには、迫りくる座卓の木目が視界いっぱいに映ったことでしょう。そんな彼が愛する沙代は、上手いことギルベルトを盾にした。妹ながら容赦ねえなあの子。

 顔面に激突する鈍い音と共に、金髪の青年は座卓の下敷きとなる。うわぁ痛そう。


「勝負せえ若いの! 儂より弱い男に娘はやれん!」


 沙代の「こいつ以上に~」が逆鱗に触れたのでしょう。父はごつごつとした指でギルベルトを指し、決闘を申し込んだ。

 対する青年こそ、座卓の下から這い出して「もちろんです! 喜んで!」などと声高々に受けて立つ。表情を引き締めた顔が、その造りの良さをさらに際立たせていた。

 ……たとえ鼻血がたれていようとも。たれ流れてますよギルベルトさん。気付いた沙代が彼の鼻にティッシュを押し込めた。

 こうして、父対ギルベルトの勝負の幕は切って落とされたのです。


 ちなみに、妹が「こいつは魔王ね」と紹介したヴィジュアル系少年は、結局一言も言葉を発することがありませんでした。なんだこの子。

 みんなが立ち上がって客間をあとにする中でも、警戒するように様子を伺っている様がありありと伝わる。

 ひとまず一緒に行くよね? と思って手を差し伸べたら、見事なまでにその手をはたき落とされた。


「……お前らのような卑劣な者どもが、高貴なこの俺に易々と触れられると思うな。その身を滅ぼしたくなければな」

「……こういう感じかあー」


 やばい、これは面倒くさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る