犬ころがゆく プロローグ2/2

 オークが! オーガが! ホブゴブリンが!

 筋肉と暴力の塊が殺到する!

 もう目と鼻の先だ!

 悠長に名乗っている暇などあるのだろうか!?


 「拙者は、いぬい 一退いったいと申す。」

 「人呼んで……


  ……無刀斎むとうさい。」


 言うや否や、腰の刀に手をかける。



 侍の刀が、カチリ、と音を立てた。


 抜刀したのではない。

 納刀したのだ。


 刀の柄に手をかけてはいるが、納刀仕草である。

 すなわち、残心だ。


 侍は、しばらく残心の構えを崩さぬ。


 次の瞬間。


 オークの頭が、オーガの胴が、ホブゴブリンの手足が落ちる。

 まるで、最初からくっついてなどいなかったかのように。

 切れているのが当然であるかのように。

 あまりにも美しい切断面に、血は噴き出すのを忘れている。


 一拍置いてから、彼らは自分たちが倒され、命を奪われ、そしておそらくは凄まじい速度で斬られたのだと理解した。

 さらにもう一拍置いてから、切り口から滝のように鮮血があふれ出す。


 前方に殺到していた13名のうち、実に11名がこの一瞬で命を落とした。

 残り2名は、両手と両脚を斬られている。即死ではないが、じきに死ぬだろう。


 気がつくと、侍はもうその場所にはいない。

 少し進んだ先で残心を決めている。


 さらに追加で7名が即死!

 だが、まだ本人たちは自分の死に気づいていない!


 さらに、まるで瞬間移動したかのように侍は残像を後に走り去る!

 これこそが音に聞く武術の真髄の一つ、縮地法であろうか!?

 そして残心!

 追加で5名死亡!


 残心!

 4名死亡!


 あっという間に、最初に号令をかけたゴブリンメイジ1人のみが残った。


 相対する侍が、穏やかに語りかける。

「最期に。」

「何か、残された者に伝えておきたいことはありやすか?」

「これだけの戦士たちを統率していたんですからねぇ。アンタさんも、おさとしての責任がありやしょう。」

「辞世の句でも詠むがよかろうかと。」


 穏やかな口調だが、無慈悲で断定的な結論だ。


 ゴブリンメイジは、哀れに懇願する。

 「お、俺が生きて軍団ホードに帰れば、もうオマエを襲わないように皆に伝えられる!」

 「だが、俺が死ねば、次の仲間がオマエを襲うだろう!」

 「襲い続けるだろう!」


 侍は訝しんだ。

 「ふうむ。この程度、襲われたとも思っちゃおりやせんが。」

 「ですが確かに、これが続くのは面倒ではござんすな。」

 「おちおち飯も食えやせん。」


 次の瞬間。

 実はゴブリンメイジはこっそり呪文を編んでいたのだ!

 魔術師メイジであることを忘れてはならぬ!


 「隙アリィーーーッ!!!!」

 叫びとともに、火炎魔法を放つ!

 直撃すれば致命傷は免れぬ!


 だが!


 残心!


 侍はすでに、ゴブリンメイジよりやや右の奥に移動し、納刀している。

 もはやゴブリンメイジの目に光はなく、同時に火炎魔法も粉微塵に切り裂かれていた。


 「たとえ不意打ちであれ、最後まで勝ちを狙い勝負を諦めない姿勢。その意気や良し。」


 ゴブリンメイジの首が落ちた。


 この侍は、このあともゴブリン・オーク・オーガ連合からなる犯罪的戦闘組織、『軍団ホード』から狙われ続けるだろう。

 そして、無慈悲な屍山血河をうず高く築き続けるであろう。


 「この世界には、気概のある戦士が大勢おりやすね!」

 「どうれ、あの丘の向こうでも目指してみやすか!」


 何もかも失って、血にまみれた自分の手でも。

 もしかしたら、誰かの役に立てるかもしれない。


 そんな予感に、侍はどこかうれしそうだった。

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なかなか始まらない物語 斑世 @patch_world

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