犬ころがゆく -5話

 ここは、江戸のなかでもかなり活気がある地域。

 その三丁目。


 公共安全保障改方こうきょうあんぜんほしょうあらためがた、通称『公安』は、例の“剣士狩り”を捜査していた。


 もはや、なりふり構っていない。


 最近幕府の中枢に出入りを始めた、異国より来たというまじない師も連れている。

 なんとも怪しい風体。

 まるで外国人だ!



 「これはこれは。」

 「『草陰流』のクズどもがお揃いで。」


 袴に着流し。

 腰に大小の刀を下げた、侍が一人。

 “野武士”というか、少し粗野な印象があるが、その所作はしっかりと教育を受けた貴族のような気配をまとっている。

 そして、やはりその男は、名乗った。


 「拙者は、いぬい 一退いったいと申す。」

 「……もはや、隠し立てする必要もありますまい。」


 公安の……いや、その影に隠れ、幕府の中枢を牛耳る『草陰流』の面々が、いぬいを出迎える!


 「よくぞ来たな。いや、来るほかないか、いぬい。」

 「貴様の周囲に、三丁目の噂を流したのはもちろん我々だ。」

 

 「貴様のせいで……我ら『草陰流』は、御留流としての品格が問われている!」

 「斬られ過ぎだと! ふざけるな!」

 「ここで一気に片を付けてやる!」

 「いぬい、いや、今はナイトウと呼べばよいのか?」


 “最初は二丁目ですが、そのあとは四丁目の前に一丁目で2回でやんす”

 女将に話していた、“剣士狩り”の犯行履歴。

 一丁目で起こった2回のうち1回は、師範がやられている!

 箝口令が敷かれ、市民は知らぬはずなのだ!

 それを知っている男こそが犯人である。

 町中に張り巡らされた諜報網に引っ掛かり、ついにバレてしまった。


 すでに住処は割れている、ということだ。

 もはや帰る場所などない!


 いぬいは、市井に潜り、いつしかナイトウと呼ばれるようになった。

 だが偽名を使っていたわけではない。

 妻も子も喪い、一人生き残り、いぬいの一族名を名乗ることに価値を見出せなかっただけだ。

 お実代以外に妻をとる気はなく、松五郎の代わりになる子などいようはずもない。


 「あんたがた『草陰流』が、幕府御留流になるために『裏草陰流』を使って働いた悪事の数々。」

 「天下が分かれてから今まで400年の間、一度でも“御留流”を務めた流派や、候補に挙がった末端流派まで……。」

 「その関係者を、女子供に至るまでことごとく抹殺し、自分たち以外のあらゆる候補を抹消するというおぞましい手口。」

 「そのせいで、拙者の妻お実代と、息子の松五郎が……。」

 「……許せん! 断じて許せん!!」

 「絶対に斬る!」


 ナイトウと呼ばれた男は……いぬい一退いったいは、ここを死地と決めて来た。

 帰るつもりなどない。


『草陰流』の者たちも、ここですべてを終わらせるつもりだ!


 これまでに各個撃破されてきた師範や師範級だけではない!

 さらに上の真師範や真師範代、真師範級、それから師範相当の末端構成員まで、ほとんどすべての実力者を勢ぞろいさせている!


 いぬいは、ひと際不敵で不気味に笑って見せた。


 「ザコが何人集まろうと、所詮はザコ。」

 「どうです、まとめてかかってきては。」

 「怖いってんなら、まぁ、また一人ずつ斬っていきやすがね。」


『草陰流』ほどの自尊心が強い集団が、これを聞いて黙っているはずがない!

 全員が、恐ろしい速度で殺到する!


 集団対一人においては本来、「一人にかけられる戦力」は概ね決まっている。

 つまり、四方八方から攻撃したとして、所詮は「四方八方」という程度なのだ。

 しかしそんな常識が、武力を極めた戦闘集団たる『草陰流』に通じようはずもなし。

 恐ろしい連携と連続攻撃によって、100人で襲い掛かれば100人分の攻撃力を発揮できる!


 だがもちろん、いぬいとてそのような事実は計算済みだ!

 「拙者を誰だと思ってるんです?」

 「誰が呼んだか知りやせんがね……。」

 「人呼んで……

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