犬ころがゆく -7話

 「あら、ナイトウさん。お早い……ってほどでもないわねぇ。」


 ナイトウと呼ばれた男は、長期滞在施設ロウニン・ドミトリーの自室から、共用食堂に降りてきた。

 施設の女将さんが朝食を配膳している。


 「いやぁ、最近はずいぶんと寝つきが良くってねぇ。」


 ナイトウは、少し小綺麗になった見た目で、朝食の席に着く。


 「ホントですよ。もう悪い夢は見なくなったんでしょ?」


 女将さんが朝食を出してくれる。

 麦飯に味噌汁、たくあんまで付いている!

 しかも!

 今日のナイトウは、挽肉芋合揚コロッケを追加している!

 まるでお大尽だいじんだ!


 「でも心配だわぁ。」

 「“剣士狩り”の噂。」

 「あれからずっとですもんネ。イヤんなっちゃうワ。」

 「最初が二丁目でしょ。そのあと四丁目で続けて2回、そのあとは一丁目で1回、五丁目でも2回。」


 ナイトウは、卓上の醤油を麦飯にかけない! 味噌汁もかけない!

 塩気は挽肉芋合揚コロッケにかける果実煮込油ソースで十分だ!

 脂っこい挽肉芋合揚コロッケ果実煮込油ソースでヒタヒタにしながら、じっくりと頬張る。

 多少は粗野だが、ずいぶんと落ち着いた朝食だ!


 「違いやすぜ、女将さん。」

 「最初は二丁目ですが、そのあとは四丁目の前に一丁目で2回でやんす。」

 「だから、四丁目の2回連続のあとの一丁目の件は、飛んで3回目なんですよ。」


 まだ二口くらいしか食べていない。ゆっくり、しっかりと食べている。


 「あらやだ、ナイトウさん。“剣士狩り”にやたらめったら詳しいのねぇ。」


 7時前。


 保主人倶楽部ホスト・クラブに勤める保主人ホストは、すでに日課の粉衣付鶏肉揚チキン・コートレット千切寒蘭酢漬ザワークラウトで1杯やっつけ終わっている。


 「あ、ナイトウさん、最近は遅いッスね。」

 「そういや客のが言ってたんスけどぉ。三丁目あたり、公安がめちゃくちゃ張り込んでるらしいッスよ。」

 「あいつらに会いたくねぇし、最近はホントに捜査がしつこくって。ウザいったらないッスよ。」

 「だから三丁目のあたり、行かないほうがいいッスよ。」


 そこまで聞いていた女将さんも、口をはさむ。


 「あらヤダ。あたしも聞いたわよ。」

 「三丁目には近づかないほうがいい、って。」


 するとどうだろう。

 朝食のために降りていた長期滞在施設ロウニン・ドミトリー連中がこぞって我も我もと口を出す。


 皆一様に「三丁目には近づくな」と聞いたらしい。


 保主人ホストが、少し面白そうに茶化した。


 「こんだけ噂んなってたら、誰も三丁目に近づかねーっつーの。」

 「それとも、幕府なりの人払いなんスかね?」


 ナイトウの眼が、ドス黒くギラつく。

 久しく、こんな眼になっていなかった。

 いや、それとも、ここ最近はずっとこんな眼だったような気がする。


 「……ほう三丁目に……露骨なまでに公安が集まっている、と。」

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