『ヤギさんどちら?』第-1話
黒山羊にも形容されるものの、似ても似つかぬツノと触手にまみれたバケモノ『黒き母なる山羊』としての正体を現したビグル神父。
対するは、かつての大戦で作られた次元断裂兵器を振りかざし、傲慢なる超高度な文明の使者と化した灰ヤギ。
灰ヤギの網膜ディスプレイには、不可解な数値を感知してアラートが示され続けている。
超高度文明の物理法則をもってしても解析できぬ、謎の力場がビグル神父の周囲に展開されているのだ。
「(ダークエネルギー系の文明か? 私すらも知らぬ、閲覧権限がない文明領域から来たとでも言うのか?)」
灰ヤギは、内心焦っていた。
ダークエネルギーとは、宇宙を膨張させ続ける斥力の総称である。
ダークエネルギーとダークマターは、その存在が示唆されてから解明が進み、灰ヤギの文明区画ではすでに半分以上が既知となり利用されている。
しかしダークマターもダークエネルギーも、いまだ我々の文明でも、そして灰ヤギの文明区画でも完全には解明されていない。
灰ヤギが知らぬダークエネルギーやダークマターを解析し、それを利用できる、灰ヤギよりも高度な、または別の方向に進歩した文明区画があるのだろうか。
触手の渦が灰ヤギを襲う。
考えても仕方がない。
「(あとで、リクルーターに文句の一つでも言ってやるか)」
リクルーターとは、ヤギをこの『文明区画』に派遣した部署のことだ。
母なる黒山羊を自称するビグル神父がツノを振りかざすと、黒い渦が巻き起こる。
やはり!
灰ヤギが知らぬ技術体系だ!
圧縮された重力の力場がぶつけられる。
いったい、何がぶつかったら対衝撃多層構造のリアクティブ官製コートにここまでダメージを与えられるのか!?
灰ヤギは、訝しみながら吹き飛ばされる。
飛ばされながらも、
空間そのものへの衝撃によって、防御力やガード技術などに関係なく、とにかく何にでも大ダメージを与える、とんでもない兵器だ!
ビグル神父も、これにはうめき声を上げる。
触手が、ツノが、はじけ飛ぶ。
だが、すぐさま回復する。
所詮は大ダメージを与えるだけ。
無限の“魔力”をもち、永遠に回復可能な『母なる黒山羊』に致命傷を与えることはできない。
「(技術体系が不明だ! これでは効果的な打撃が与えられない。)」
しかし、かまわず銃撃を続ける!
近づいて、さらに強化された衝撃波拳も叩き込む!
だが、すぐさま触手と
「(再生の肝は、あの
灰ヤギは分析する!
だが、冷静に思考回路を巡らせるだけの暇などない!
触手と“重力魔法”による波状攻撃だ!!!
そう!
魔法!!!
そうなのだ!
魔法なのだ!!!
『母なる黒山羊』は、文明停滞法や文明区画とはまったく何の関係もない、灰ヤギが一切知らぬ別世界から召喚された魔法的存在なのだ!
「
灰ヤギが叫ぶ!
だが!!!
『母なる黒山羊』は、別次元から無限の“魔力”を供給されている!
無限に近いエネルギーと無限のエネルギーには、天と地ほども圧倒的な差があるのだ!
3つしか持ってきていない
空間ごと消滅させる超破壊兵器だが、無限に再生する黒山羊を消滅しきることはできなかった。
所詮は極大のダメージを与えただけ。
ほとんど数本の触手と黒い粒子を残して黒山羊は消滅したが、その触手と粒子から、あっという間に完全再生してしまった。
「まだだ! まだ!
エネルギーを供給しつづけなければ、襲い来る触手とツノ、重力魔法の波状攻撃によって、簡単に対衝撃多層構造リアクティブ官製コートが破壊されてしまうだろう!
同様に、常に大ダメージを与えつづけなければ触手による攻撃も、魔法による攻撃も、さらに苛烈なものとなってしまうだろう。
大ダメージを与え、再生のために魔力を消費させねばならないのだ。
しかしすでに、
120%を最大として、毎秒ごとに出力が低下する!
すでに50%を割ろうとしている!
同様に、リアクティブコートの構造性防御の効率も低下してきた。
60%、55%、51%、48%……もう防御構造を維持できない!
構造性防御力が0%になる前に黒山羊の攻撃に耐えきれず、中身のほうが潰されてしまうだろう。
30%台で、ギリギリ耐えられるかどうかだ。
灰ヤギの敗北は文字通り秒読みだった。
だが。
「「
「……ッ!! ようやく動いたか!」
灰ヤギは、別の“秒読み”を待っていたのだ!
空が、割れる。
正確には、この『文明区画』を隔離しているドームのカモフラージュが解け、天井パネルが開かれる。
何も知らぬ者が空を見上げたならば、空が割れたと錯覚しかねないだろう。
なぜドームの天井を開くのか?
答えはその先、宇宙にある。
宇宙から、物を落とすからだ。
ウラン・タングステン・プラチナ重結合金属によって超比重&超質量をもった、言わば“巨大な金属の棒”を、地上に落とすのだ。
パルス・キャリブレーション誘導によって断熱圧縮と空気抵抗および音速の壁による重力加速の減衰を防ぐとともに、命中精度を極めて精密に高めることに成功している。
とてつもなく重い物質を、音速の10倍にもおよぶ速度で対象にぶつける。
これこそが、
杖が発射された瞬間、ロケット噴射によりコンマ数秒の初速で最大速度の9.9割に至る。
しかしそれでも、地上に激突するまで1分かかってしまう!
そしてこれが、灰ヤギの手持ち最後の
正真正銘、最後の1個。これで最後の時間稼ぎになってくれ!
爆裂し、周囲の物質ごと消滅するものの、触手と
しかしそれで良かった。
パルス・キャリブレーション誘導の圧力によって、ビグル神父はまるで重力の渦に囚われ、分厚い壁を押し付けられたかのように身動きが取れなくなる。
明らかに再生速度も落ちている。
高圧のパルスが、分子結合そのものを阻害しているのだ!
あとはもう、一心不乱に振り返らず逃げ切るのみ。
ビグル神父であった黒山羊は、うめき声を上げながら再生し続ける。が、間に合わぬ!
杖は落下しながら先端が尖り、わずかな断熱圧縮によりその先端は赤熱化する。
ごーーーん。
間抜けな、だが心胆寒からしめるような恐るべき轟音が響く。
杖が、落ちた。
続いて、恐ろしい威力の爆発と衝撃波が村を襲う!
質量エネルギーと位置エネルギーが、衝突によってほとんどそのまま熱エネルギーに変換されたのだ。
その威力は、なんと核爆弾の数倍とも(、あるいは数分の一とも)言われる。
杖の直撃を受けた黒山羊は、おそらくは焼き尽くされて完全に消滅。
あるいは生きていたとしても、体中が完全に千切れ飛び、少なくともその再生には膨大な時間がかかるであろう!
「はぁっ、はぁっ……」
「……対象文明脅威……巨竜……焚書、完了……。」
爆炎に包まれる教会を遠くから眺めつつ、息も絶え絶えに、灰ヤギは宣言した。
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