第4話 王弟殿下と踊るひと時
ブランドン殿下は若い女性に人気です。
王族という国内で最も優れた血筋に加え、端正な顔立ちをしている点。
24歳というそろそろ結婚相手を探すべき頃合いでありながら、独身である点。
王族の一員として国のために尽くす姿勢。
それでいて、国王陛下の末弟であるため、深く国政に関わる機会は少ないです。
つまり、彼と結婚したとしても、国の重要な行事に表立って出席することもあまりないでしょう。
おかげで、殿下自身の魅力もさることながら、王族というブランドと、その地位の美味しい部分だけを得られる優良物件だ、と貴族の令嬢たちからは思われているようです。
一方のブランドン殿下は、その状況をあまり快くは思っていない様子でした。
浮いた話を聞いたことがありませんし、今も多くの令嬢に囲まれていますが誰ともダンスはしていません。
婚約破棄されたばかりの私がそんな殿方に自分から声をかけにいくというのは、いささか外聞が悪いかもしれません。
ですが、先ほど助けていただいた一件があります。
お礼という名目なら、私の方からブランドン殿下に接触しても何も問題ないでしょう。
私はパーティーホールの片隅で令嬢たちに囲まれたブランドン殿下の方へ近づいていきます。
令嬢たちは新たなライバルが増えたと思い最初は不服そうな態度を露わにしていましたが、私が一つ笑みを浮かべると、横に退いてくれました。
もっと手強い強面の商人たちと数多くやりとりしてきた私の笑顔は、もしかすると同年代の令嬢には少し威圧的に見えたかもしれません。
とは言え、武器になるならなんでも使う。
それが、私がフェアチャイルド商会の利益を最大化するための理念みたいなものです。
「先ほどは助けていただきありがとうございます。きちんとしたお礼をすることができなかったので、改めて参りました」
私はブランドン殿下の前に立って、一礼します。
「いや。私はキャロライン嬢が今までに積み上げてきた功績について語っただけだ。君を助けたのは君自身の功績だから、頭を下げるのではなく胸を張るべきだと思うよ」
「そんなことを言われたのは初めてです……」
なぜでしょう。
私はどんな相手を前にした交渉の場でも動じない経験を積んできたはずなのに、ブランドン殿下と少し話しただけで自分の表情が崩れるのを感じました。
「せっかく声をかけてもらったんだ。キャロライン嬢、よければ私とダンスをしてくれないか?」
「ダンス……ですか」
「もちろん、気が進まないなら断ってくれて構わない」
「あ、いえ。そうではないのですが」
むしろ私の方から接触を試みたのですから、この誘いはありがたい話ではあります。
「ただ……」
「ただ、何かな?」
「あまりダンスを申し込まれた経験がなかったので、少し戸惑ってしまいました」
「へえ、それは意外だな」
「意外、でしょうか……?」
私には以前からヴィクターという婚約者がいましたし、こういう場では挨拶だけ済ませて帰ることも多かったので不思議な話ではないと自認していたのですが。
「ああ。キャロライン嬢ほどの女性を放っておくなんて、驚きもするだろう」
「私ほどの……?」
私はブランドン殿下の言葉を不思議に思い、首を傾げます。
すると殿下はなぜか少し目を逸らして、一つ咳払いをしました。
「あー、それより。私としては、そろそろキャロライン嬢の返事を聞かせてもらいたいのだが、いいかな」
「それでは。ぜひ、お願いいたします」
ブランドン殿下が差し伸べてきた手を、私はそっと取りました。
私は他の令嬢たちからの刺々しい視線が突き刺さる中、ブランドン殿下に手を引かれてホールの中央に向かいました。
ゆったりとした曲調の音楽が奏でられる中、殿下と向き合って踊ります。
しかし私の本当の目的はダンスではありません。
ブランドン殿下と交渉することにありました。
二人で向き合って踊るこの状況なら、誰にも邪魔をされず話すことができます。
「ところで、殿下はなぜ私をダンスに誘ってくださったのでしょう?」
私は会話のきっかけとして、先ほどから気になっていた疑問を口にします。
「以前からキャロライン嬢のことは、王国に多大な貢献をしてくれる令嬢としてよく知っていたからね」
「では、誘ってくださったのはその貢献に対するお礼ということでしょうか」
「まさか、私はそこまで驕っているつもりはないよ」
なるほど。
ブランドン殿下は王族であり、女性から多大な人気を誇りながらも、気取ってはいないようです。
いや、だからこそ人気なのでしょうか。
私がそんなことを考えていると。
「ただ、キャロライン嬢に個人的な興味があっただけさ」
「私に、興味ですか」
「ああ。農業改革の時、フェアチャイルド商会の一員として初めて王宮に出入りしていた君を見た時は『まだ子供なのに大したものだ』なんて思っていたけど……近頃はとても美しい女性になっていたから」
「私が美しいなんて……そんなことを言うのはブランドン殿下くらいです」
「だとしたら、他の男たちの見る目がないだけだ。もっとも、私もこれまでは君に婚約者がいたから遠慮をしていたが」
ブランドン殿下とは、王宮との取引の際に何度かやりとりをしたことがあります。
その時から、私のことを気にかけてくれていたのでしょうか。
「実は私も、殿下とはお近づきになりたいと思っていたんです」
「へえ? それは嬉しい話だ」
「ですが、あくまでも侯爵家の後を継ぐために強力な共同事業者が必要だからです。別に個人的な感情が理由ではないのでご安心ください」
私はブランドン殿下を安心させるためにそう告げます。
殿下はあまり女性に言い寄られるのが好きではないようですからね。
「……それだとアピールとしては微妙だと思うよ? まるで私の地位が目当てみたいだ」
「そう言っているようなものです。私は殿下が思うような心の綺麗な人間ではありませんから」
我ながら交渉の上で不利になるようなことばかり言っている気がしますが、なぜでしょう。
「そう自分を卑下するものではないと思うけどね。侯爵になりたいのも、領民のためなんだろう?」
「それは……」
確かに言う通りなのですが、私はそのためにブランドン殿下を利用しようとしている立場です。
「いつもの君みたいに、理知的に利を説いて取引をしたらいいのに。わざわざ自分を低く見せるなんて不思議だな」
「それは……私もなぜかよく分かりません。こんなことになるのは、ブランドン殿下の前だけです」
好意的に解釈しているのならそれに乗じればいいのに、殿下が相手だと不思議とそうすることができません。
「……まったく、嬉しいことを言ってくれる割に自覚がなさそうだから困るな」
「はい……?」
「とにかく、話はわかった。君が侯爵になれるよう、共同事業者とやらになろうじゃないか」
「それは、ありがとうございます……?」
ブランドン殿下の承諾が得られたのですから、本来なら喜ぶべき状況です。
ですが、なぜこの流れで受け入れてもらえたのか、我ながらよく分かりません。
いずれにせよ、王族であるブランドン殿下の協力が得られれば、公爵家が相手でも後継者争いを優位に運ぶことができるでしょう。
当初の目的を達成して私が安堵していると、流れていた音楽が終わりました。
同時にダンスの時間が終わりを告げます。
「では、詳しい事業の話はまた近日に」
「はい。また……!?」
挨拶を交わそうとしたその時、ブランドン殿下はおもむろに私の手を取ると、手の甲に口付けをしてきました。
この程度、それこそ挨拶のようなものなのに、私はつい驚いてしまいます。
同時に私は、体温が上がるのを感じていました。
なぜでしょう……この方といると、不思議なことばかりです。
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