第3話 王弟殿下はキャロラインの味方をする。

 夜。

 私はパーティーの会場に来ていました。

 主催者の貴族の屋敷です。

 馬車から降りて、パーティーホールに向かって庭を歩きます。

 当然ながら、私をエスコートする相手はいません。

 ホールに入ると、途端に複数の視線を感じました。


「やはり、公爵家のヴィクター殿とは一緒ではないのだな」

「ではキャロライン嬢が婚約破棄されたというのは……」

「公爵家が妹に乗り換えたのが本当なら、フェアチャイルドの後継者争いもわからなくなったのでは?」


 パーティーの来客たちが好き勝手言っていますが、雑音に構うことはありません。

 私は毅然とした態度を心がけながらホールの真ん中を歩いていき、挨拶をするために主催者のもとに向かいます。


「おお、キャロライン嬢。よく来てくれたな」

「お招きいただきありがとうございます。本日はフェアチャイルド侯爵の代理として参りました」


 白髪まじりの恰幅の良い主催者を前に、私が挨拶したその時。


「お前がフェアチャイルド侯爵の代理というのはおかしな話じゃないか!」


 元婚約者であるヴィクターが、声を張り上げながら私の前にやってきました。

 その隣には、クラリスが連れ添っています。

 彼らがパーティーに参加していることは想定していましたが、こうもあからさまに二人で私に対立してくるとは少し驚きです。

 招待客が多く集まるパーティー会場のど真ん中で、主催者と客の会話を遮るというのはいささか無礼に思います。

 しかし周囲の人間は誰もヴィクターの態度を咎めることはなく、むしろ興味深そうにしていました。


「おかしな話、というのはどういう意味でしょうか?」

「良いかキャロライン。お前は侯爵の代理などではない。侯爵が病であるのを良いことに、フェアチャイルド家の権力と財産を独占して横暴に振る舞っているだけの女だ」


 私が疑問を呈すると、ヴィクターは周囲に聞こえるような声で語ります。

 キャロライン・フェアチャイルド……つまり私は権力と金に目が眩んだ人間だ。

 継母やクラリスを冷遇し、使用人をぞんざいに扱い、自分だけが高額な宝石やドレスを買い漁っている。

 自己の利益にばかり執着し、他人のことを蔑ろにする人間だ。

 だから自分はそんな婚約者の行いに心を痛めていた。

 キャロライン・フェアチャイルドは悪人で、自分は被害者である。

 ヴィクターが口にした筋書きは、要約するとそんな内容でした。

 

「そんな時に寄り添ってくれたのが、クラリスだった。クラリスの純粋で綺麗な一面に救われた俺は、今度は彼女を助けるためにも、自分の婚約者だった女性を告発することにしたんだ」


 ヴィクターは最後にそう言って、クラリスと手を取り合いました。

 さながら悲劇のヒーローとヒロインであるかのように振る舞っています。


「では、ヴィクター殿とキャロライン嬢が婚約破棄されたという話は、事実ということですかな?」


 パーティーの主催者が、おそらくこの会場にいた全員が気になっていたであろうことを質問します。


「ああ、事実だ」

「婚約破棄の話はともかくとして、証拠もなく私を悪人であるかのように仕立て上げるのは無理があるのではないですか?」

 

 首肯するヴィクターに、私はそう問いかけます。


「お前の普段の行いが何よりの証拠だ! お前は貴族でありながら他の貴族との交流を疎かにし、金や贅沢品を集めることに目がなかった。侯爵家に宝石商や高給取りの仕立て屋が毎日のように出入りしているのは有名な話だろう」

「そうです! しかも、侯爵家の財産を管理するようになってからは、平民出身だからという理由でお母さまを苦しめているんです……!」


 ヴィクターに追随するように、クラリスが言います。

 侯爵家に宝石商や仕立て屋が出入りしていたのは事実ですが、浪費していたのは継母です。

 だから私が財産を管理するようになってからは、継母が好き勝手に家の金を使えないよう制限していましたが、それは出自が理由ではありません。

 それに無駄な金が使えずとも王国一金持ちな家の夫人として充分に余裕のある暮らしをしていたはずです。

 しかし私は反射的に言い返すことはしませんでした。

 周囲の反応に気づいたからです。

 主に若い貴族の令息や令嬢は、ヴィクターの話をあまり疑っていませんでした。

 私は商会の人間として12歳の頃から仕事ばかりしていたので、年上の取引相手はともかく、同年代の貴族との交流が極端に少ないです。

 逆にヴィクターやクラリスは、毎日のようにお茶会を開き、パーティーにも積極的に出席していたので、同年代の貴族の中では顔が広いと言えます。

 きっとその中で、日頃からあることないこと吹聴していたのでしょう。

 断片的な事実を脚色して、私の悪事として仕立て上げる。

 婚約破棄の話も、案外衝動的なものではなく、入念に準備した上で実行したのかもしれません。

 この状況で下手に言い返しても、あまり状況が良くなるようには見えません。


「ふむ……」


 改めて、私は周囲を見回します。

 私はヴィクターの言うような悪事など働いていません。

 私はこれまで、領民や商会の従業員たちのため、フェアチャイルド商会の繁栄のために尽くしてきました。


「落ち度があったとすれば……そのことに終始していたせいで、年頃の令嬢らしい振る舞いをしてこなかったことでしょうか」


 私は誰にも聞こえない声で、小さく呟きます。

 この場にいるのは、敵か日和見を決めている中立か。

 少なくとも、味方はいない。

 そう思った、その時。


「先ほど会場に来て、何か騒ぎになっているから何事かと思えば、随分な言いようじゃないか」


 一人の男性が会場に現れると、私の隣に立ちました。

 まるで、私の味方であると示すかのように。

 しっかりとした体格に鮮やかな銀髪をした若い……と言っても私よりは年上の男性です。

 私はその方のことを知っていました。


「ブ、ブランドン殿下! お越しでしたか。挨拶もできず失礼いたしました……!」


 パーティーの主催者が慌てた様子で頭を下げます。 

 私の隣に立つ人物こそ、国王の末弟であるブランドン・ウィステリア殿下でした。


「そんなことより、キャロライン嬢のことだ。先ほどからお前たちは彼女を悪人のように責め立てているが、彼女がいかにこの王国に貢献してきたのか忘れたのか?」

「いや、それは……」


 ブランドン殿下の問いに、主催者は歯切れの悪い反応を返します。

 ヴィクターは何か言いたげに私とブランドン殿下を見ていましたが、苦々しそうな顔をするだけでした。


「キャロライン嬢は身分で人を区別しない。日頃から領地の農民の声にまで耳を傾けていたからこそ、彼らから知恵を得て治水の方法を学び、畑に水を引くための農具を開発することができた。これは王国中が不作に苛まれる中でも貴族同士の茶会に興じていた君たちにはできなかったことだろう」


 ブランドン殿下はヴィクターにとって変わるように、周囲の貴族たちに語ります。

 殿下が言っているのは、5年前に私が主導で行った農業改革と言われる事業のことです。

 当時、王国は不作に悩まされ、平民の中では飢えに苦しむ者も現れ始めていました。

 ただ、あの事業はあくまでフェアチャイルド商会の利益のために行ったことのつもりです。

 こうも手放しで褒められると、なんだか申し訳なくなります。


「あんな状況では、当然商売が上手くいきませんでしたから。私なりに不作に対処したいと考えた結果、その術に一番詳しいのは当事者である農民だと思っただけです」


 なぜか私は、ブランドン殿下に対して言い訳するようにそんなことを口にします。


「今まではそうした農民の声を拾う者がいなかったから、ごく一部の地方でしか生かされていなかった知見が眠っていた。キャロライン嬢はそのことを我々に気づかせてくれた上に、その知見と開発した農具を快く王家に提供してくれたことを覚えているよ」

「私はただ、収穫量が上がって王国が豊かになれば、それが商会の利益に繋がると考えただけです」


 私はそう主張しますが、ブランドン殿下は微笑むだけでした。


「ああ。君のおかげで王国は不作の前よりも豊かになった。キャロライン嬢は勤勉に働いて、この国のために貴族として多大な貢献をしてくれている」

「結果的には、そうかもしれませんが……」

 

 私はそこまで忠義に厚い人間ではない、と口にしようとします。

 しかしブランドン殿下の視線は、再び私から周囲の貴族たちへと向けられました。


「ここにいる貴族の皆も、キャロライン嬢が農民と共に開発した農具のおかげで税収が増えたのだろう? 彼女の献身による恩恵を受ける立場だと言うのに、よくも悪人として責めることができたな」


 ブランドン殿下が周囲の貴族たちをそう一蹴し、鋭い視線をヴィクターへ向けます。


「確かに、最近の若い連中とは比べ物にならない程、キャロライン嬢は王国のために尽くしているな」

「ああ、貴族の鏡のような方だ。あの年で中々できることではない」


 日和見していた貴族たち、特に私よりも年齢の高い方々が、同調し始めます。

 ヴィクターの家であるアドニス公爵家はこの国で最も力を持つ貴族ですが、王族には敵いません。

 その王族の一員であるブランドン殿下が私の側に立つような発言をした結果、場の空気が変わりました。


「ぐっ……!」


 ヴィクターは顔を歪めていました。


「ふ、不愉快だ! 俺は帰らせてもらう!」

「あ、待ってください! ヴィクターさま」


 この状況を屈辱に感じたのか、ヴィクターは殿下に挨拶するどころか捨て台詞を口にして、逃げるようにホールを出ていきました。

 クラリスもその後に続きます。

 一瞬、会場が静まりかえります。


「さて、騒がせてすまなかったね。楽しいパーティーの続きを頼むよ」


 そんな中、ブランドン殿下はパーティーの主催者に声をかけます。

 主催者は殿下に対しかしこまる様子を見せた後、ホールの端に控えていた楽団に合図します。

 音楽が奏でられ、立食形式のダンスパーティーが本格的に始まる中、私は思います。

 ……まさかブランドン殿下がここまで私に肩入れしてくれるとは予想外でしたが、とりあえずは助かりました。

 しかも、目当ての人物が向こうから接触してくれたというのは私にとって幸運です。 

 そう。

 私は今夜、ブランドン殿下に会うためにこのパーティーに来たのですから。



◇◇◇◇◇



なかなか執筆をする余裕がないせいでこんな時間の更新になってしまいました。

なんと今日4/20が締め切りなんですが……区切りのいいところまで書き切ることができるか微妙な気がしてきました。

とりあえずコンテストの規定文字数に到達するまでは書いてすぐ更新していきます!

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