第2話 ピンチをチャンスに変える

「やけに疲れましたね……」


 応接室のソファに一人で座って、私は「はー」とため息をつきます。

 朝から忙しくて読む暇のなかった新聞に今更目を通していましたが、集中できずすぐに止めました。

 机の上に新聞を置いたその時、部屋の扉をノックする音が聞こえてきます。


「どうぞ」


 私が合図すると、秘書のリナが入ってきました。


「失礼いたします。お嬢様に言われた通り、侯爵閣下の寝室周辺に信頼出来る護衛を手配しました」

「ご苦労様です。これで一安心ですね」

「ですが……ここまでする必要が? お嬢様はあの方々が侯爵閣下に接触して何かするとお考えですか?」


 あの方々とは元婚約者と義妹のことでしょう。


「あの二人はともかく、クラリスの母上は寝込んでいるお父様の元に押しかけて変な書類にサインをさせる可能性はありますから」


 お父様はクラリスの母……私にとっては継母に当たる方には元から甘いです。

 加えて病で冷静な判断ができない可能性もあります。

 ヴィクターに婚約破棄された今、公爵家が継母と手を結んで私を追い落とそうとすることも考慮に入れなければなりません。


「確かに、あの方はお嬢様が侯爵家を管理するようになってから、以前のように散財できなくなって不満を露わにしていましたからね」


 リナは私の言葉にうなずきます。

 継母は散財するだけでなく、侯爵家の金を使って使用人を買収して自分やクラリスの味方に引き入れていました。

 私が家の財政を管理するようになって以降は、使用人たちに金をばら撒けなくなった分、「キャロラインは使用人たちを冷遇している」と言い回っているようです。

 おかげで私に対して敵対的な立場の人間が増えていましたが、我が家で使用人の解雇権を持つのは当主のみ。

 今は我慢の時だと思っていましたが、そうしている間に話がややこしくなってしまいました。


「こんなことなら、代行なんて中途半端な立場ではなく、さっさと爵位を譲り受けておくべきでしたね……」

「さすがお嬢様、向上心に溢れていますね!」

「別にそんなつもりはありません。彼らが侯爵家と商会の代表として責任を果たせるのであれば、地位を譲っても構わないと思っています」

「そうなんですか?」


 リナは私の言葉に意外そうな反応をします。


「ええ。まあ、実情がそうでないから、こうして頭を悩ませているのですけどね」


 私の母が病で亡くなってすぐ侯爵家にやってきて、父が甘いのをいいことになりふり構わず金を使う継母。

 侯爵家の子であれば本来必須である商業についての教育から逃げ回っていた結果、世間知らずに育ってしまった義妹のクラリス。

 侯爵家の財産を乗っ取りたい意図が見え透いているヴィクター。

 あんな人たちに、私が生まれ育ったフェアチャイルド家を任せることはできません。


「さしあたっての問題は、今夜のパーティーですね」


 私は改めてそのことに言及します。

 本来なら先ほどまで婚約者だったヴィクターと行く予定でしたが、相手がいなくなりました。

 王国一の金持ちであるフェアチャイルド家の後継者候補である令嬢がパーティーに一人で顔を出したら、格好の噂の的になるでしょう。


「ふむ、面倒なことになりました」

「例え面倒だとしても、パーティーを欠席すると今後の取引にも影響が出るかもしれません」

「そうですね……」


 得意先の貴族からの招待を直前で断れば、心証が悪いのは間違いありません。

 何より、婚約破棄された上に欠席したら、それはそれで後継者としての私の立場が怪しくなったと噂されかねません。

 ここは私の立場が依然として盤石であることを示すためにも、出席をする必要はあります。

 しかし、ただ顔を出すだけでは面白がられるだけ。

 問題が私の脳内を堂々巡りする中、私は先ほどまで読んでいた新聞に目を落とします。 

 一面には、今夜出席する予定のパーティーのことが大々的に報じられていました。

 出席者として、王国内の名だたる人物たちが書かれています。

 私は書き連ねられた名前の一つに注目しました。


「婿がいないせいで立場が危うくなるなら、もっと強力な後ろ盾を探せばいい……そう思いませんか?」

「ま、まあそうかもしれません」


 不意に問いかけた私に対し、リナは戸惑いながらも答えます。


「今夜のパーティーに、理想的な相手がいると気づきました」

「それは……つまりお嬢様には、気になる殿方がいらっしゃると言うことですか?」

「気になると言えばそうですね。会場でその方と接触して手を結べば、私の地位が健在であると示せます。これは、ピンチをチャンスに変えることができるかもしれません」


 途端に活力が湧いてきた私は、勢いよく立ち上がります。


「ではさっそく、お嬢様が理想の殿方を射止めるための支度を始めましょうか!」


 リナはやけに楽しそうにしていました。


「何か勘違いしていませんか? 私は別に、新しい婚約者を探しに行くわけではありませんよ。あくまで、公爵家にも勝る強力な仕事上のパートナーを得ようとしているだけです」

「だとしても、美しいお嬢様を着飾ることができるのは私にとって嬉しいことですから! それに、ドレスを選び直す必要がありますからね」

「確かに、元々用意していたドレスは微妙ですね……」


 あれは元婚約者であるヴィクターに合わせて仕立てたドレスです。

 彼の髪と同じ色をしたドレスを着ていくのは得策ではないでしょう。


「今から新調するのは到底間に合いませんし、家にあるドレスから選びましょうか。色は……黒にしましょう」


 私は少し考えてから、リナに指示を出します。

 あの方が女性と一緒にいるのは見たことがないので、どういったドレスが好みなのかは分かりません。

 でも、以前話した時には「君には黒が似合うと思う」と言われた記憶があります。


「お嬢様、なんだか楽しそうですね?」

「そう見えますか……?」

「やはり、パーティーで会いたいお相手というのはお嬢様にとって特別な方なんですね!」


 リナはなぜか目を輝かせていました。




◇◇◇◇◇


初日に2話更新すると言っていましたが日を跨いでしまいました……!

4/19からも複数話更新していく予定ですので、よろしくお願いいたします!

次回は王弟殿下が登場する予定です。

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