侯爵家の冷たい金庫番と呼ばれた令嬢は婚約破棄された後、家を守るために王弟殿下と手を組もうとしたら溺愛される。
りんどー
第1話 侯爵家の冷たい金庫番、婚約破棄される。
「あー、パーティーなんて欠席したいですね……」
「そうはいきませんよ、キャロラインお嬢様。今日のパーティーの主催者は、元老院の参議。我々フェアチャイルド商会のお得意先です」
私の愚痴めいた呟きに、半歩後ろを歩く秘書兼使用人のリナが反応しました。
私は現在、パーティーの支度をするために仕事を午前中で切り上げて、王都にある侯爵家の屋敷に到着したところです。
「……そんなことは重々承知しています。だから商会での仕事を午前で切り上げて帰ってきたんでしょ」
「せっかくのパーティーなのに商売だけを目的にするのは惜しいです。お嬢様はお美しいんですから、着飾って楽しみましょうよ」
「美しいって、大げさな……それに、商会長代理と侯爵家の管理が忙しくて、楽しむ余裕なんてありません。今日だって得意先が相手じゃなかったら、出席を断っていたのに……」
私の家、フェアチャイルド侯爵家は王国で一番財力を持った貴族です。
代々、フェアチャイルド商会を経営して幅広い分野の事業を展開し、この国の経済の中心的存在となっています。
私はその後継者候補です。
現在は父である侯爵が病がちなこともあり、商会長の代理として王国一の大商会を取り仕切っています。
加えて、侯爵家の財産や領地の管理といった本来当主が行うべき業務も行っています。
私が商会に出入りするようになったのは、12歳の頃。
当時は年端もいかない少女だと侮られたりもしました。
しかし19歳となり、成果を出し続けて商会長の代理となった私に対して疑念の声を上げる者は、誰もいません。
「お帰りなさいませ、キャロラインお嬢様。応接室にてお客様がお待ちです」
侯爵邸に入ると、メイドが出迎えてそう言いました。
「お客様? 誰でしょう?」
「婚約者のヴィクター様です」
「彼が……? そうですか、分かりました。すぐに行くと伝えてください」
私がそう告げると、メイドは足早に応接室の方へ向かいます。
「急な話ですね……? どうしたんでしょう」
話を聞いていたリナが不思議そうにします。
ヴィクターとは今日のパーティーにも同行する予定でしたが、こちらにも着替えなどの準備が必要です。
急に婚約者と会いたくなったから来た……なんて気まぐれを起こすほど、私たちは親密な関係でもなかったはずですし。
「なんにせよ、お客様を待たせるのも失礼です。私は応接室に向かいますので、リナは商会から持ち帰った書類を私の執務室に持っていってください」
私はリナにそう告げて、一人で応接室に向かうのでした。
「キャロライン・フェアチャイルド! 俺はお前との婚約を破棄させてもらう!」
応接室に入ってすぐ、ソファに座って待ち構えていたヴィクター・アドニスが私に言い放ちました。
「はい……?」
突然の出来事に、私の口からは思わず気の抜けた声が漏れてしまいます。
「両家の間で取り決めた婚約を、貴方の一存で破棄できるとは思えないのですが……それに、そんなことをして貴方にどんな利点があるのでしょう」
ヴィクターとの婚約は、女の身でありながら侯爵家の次期当主となる私に婿が必要となった際に、彼の家である公爵家が是非にと強く働きかけて纏った話です。
公爵家の三男であるヴィクター本人にとっても、実家に留まるよりは侯爵家に婿入りした方が得るものは大きいでしょう。
「すぐに利益の話を説くとは生意気で薄情な女だな。姉妹なのに、心優しくて愛らしいクラリスとは大違いだ」
ヴィクターは私を睨みつけながら、隣に座っていた少女の肩を抱き寄せます。
彼女の名前はクラリス・フェアチャイルド。
2歳年下の私の妹ですが、私が黒髪なのに対しクラリスは金髪を持っており、外見はあまり似ていません。
理由は私とクラリスが腹違いの姉妹だからです。
「俺はお前ではなく、クラリスと結婚する! だから俺とフェアチャイルド家の令嬢が結婚するという約束には何の問題も生じないというわけだ」
「ヴィクターさま……」
高らかに宣言するヴィクターに、クラリスが寄り添います。
私が商会の仕事で屋敷にいない間に、よく二人で会っているという話を耳にはしていましたが、まさかここまで関係が発展していたとは驚きです。
しかし寄り添う二人を前にしても、私の胸の内にはこれといった感情は湧いてきません。
元々、ヴィクターのことは政略結婚の相手以上に思ったことがなかったからでしょうか。
「そういうことなら、分かりました。相手を変えるという形で、話を進めましょう」
侯爵家の管理を任されている者として、私はヴィクターの話を承諾します。
「ふん、偉そうにしていられるのも今の内だぞ。お前は所詮、侯爵家の冷たい金庫番のくせに、この家の実権を握って後を継ごうとしているようだが……女の上に独り身じゃ他の貴族から反感を買うに違いない」
「そうです! 社交の場に出ることを怠って貴族の友人が少ないお姉さまでは、お父さまの後を継ぐのにふさわしくありません!」
確かに私は、商会の仕事や侯爵家の管理で常に忙しく、社交の場に出るのは最低限でした。
もちろん、得意先との関係を良好に保つのも仕事の一貫なので仕事上のやりとりは欠かさないようにしていましたが、友人と呼べるような関係の貴族がいないのは事実です。
一方、クラリスやヴィクターは私とは対照的に、同年代の令嬢や令息との交流を積極的に行っていました。
「私が父の後を継ぐのにふさわしくないとして……誰が継ぐというのです? クラリス、貴女ですか?」
「そうです! 私だって、お姉さまには負けません!」
「でも貴女は商いを学ぶことを避けてきたでしょう。領地の経営だって……」
「そうやってクラリスを言葉で追い詰めるとは最低な姉だな!」
私がクラリスに指摘している途中で、ヴィクターが声を張り上げました。
「彼女には俺と公爵家が後ろ盾になる! 貴族の友人を持たないお前と違ってな!」
なるほど、ヴィクターだけではなく、彼の実家であるアドニス公爵家が介入したがっているわけですか。
こうなると、どうやらこの婚約破棄はただの恋愛感情によるものだけではなさそうです。
「そういうことだから、今すぐ商会と侯爵家を管理する権限を手放せ」
今までにも彼は、私の婚約者だったのを良いことに、侯爵家や商会に出入りしては財政状況を探ろうとしていた節があります。
ヴィクター個人の意志と言うよりは、公爵家の指示があった可能性が高いと考えていますが、それはさておき。
私が管理を徹底していたおかげで、ヴィクターに情報を与えることはありませんでした。
私なりに気をつけているつもりでしたが、どうやら攻め方を変えたようです。
それにしたって、杜撰なやり方だとは思います。
「仮にこの家の令嬢と婚約を結んでいたとしても、貴方は他所の家の人間です。侯爵家の内部のことに、干渉する権利はありません」
そう、私にヴィクターの言うことを聞く筋合いはありません。
「だったら、お父さまとお母さまに相談します!」
今度はフェアチャイルド家の人間であるクラリスがそう言いました。
「貴女の母上はともかく……お父様は病で伏せっているのですから、押しかけたりするべきではないでしょう」
「はっ! そうやって誤魔化して、クラリスを侯爵に近づけないつもりだな!?」
まあ、私のことを目の敵にしている彼らからすれば、そう見えるかもしれません。
しかし、実際お父様は現在、病で療養中です。
病は重く、後継者を定める必要がありましたが、フェアチャイルド家には男子がいなかったため、女である私を指名しました。
女性が爵位を継ぐのは、この王国では例外的なことです。
貴族界での反発が予想されたため、由緒ある家柄から婿養子を迎えることにしたわけです。
今となっては、その話は破談となりましたが。
「とにかく、今は誰ともお父様を会わせるつもりはありません。話は済んだと思いますので、お帰りください」
「言われなくても! お前なんかと同じ部屋にいるのは、こっちから願い下げだ!」
ヴィクターは声を荒げると、クラリスと一緒に応接室を出て行きました。
「これは、厄介なことになったかもしれません……」
応接室に一人残された私は、ため息まじりに呟きます。
貴族界で女性が爵位を継ぐことに反発しそうな筆頭がヴィクターの父であるアドニス公爵でした。
慣例に反するからと主張する公爵の声を抑える意味での両家の婚約でしたが……結局、慣例などよりも重要なのはヴィクターを送り込んで侯爵家を乗っ取ることだったのでしょう。
ヴィクターがクラリスに接近したのは、公爵家が我が家の財産を狙う上で、より御しやすいと考えたから……という理由もありそうです。
クラリスの方が貴族界での顔が広い上に、公爵家の後押しがあります。
私を後継に定めた父である侯爵は病床に伏せっています。
加えて父は、クラリスの生みの親である継母には甘いので、弱っている状況では正しい判断が下せない可能性もあります。
盤石だったはずの後継者の地位は今や、不透明になっています。
「だとしても……」
私は他の誰かに侯爵家を譲り渡すつもりはありません。
侯爵家を支えてくれる領民や、商会で共に働く従業員たちを守る責任が、私にはあります。
◇◇◇◇◇
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