第2話 対峙
「それにしたって驚いたぜ、行き成り爆裂音が響き渡ったんだからな、今頃あのビルは警察官で埋め尽くされてるだろうな」
と葬儀屋はメロンジュースを片手に語った。
「あの廃ビルにはその奈佐とかいう女の案内で向かったのか? なら残念だったな、その女はお前を裏切ったみたいだ」
「そんなこと……ないと思います。奈佐はそういう事はしない」
「……なぜそう言い切れる? まさか勘とか言わないよな?」
「……」
「ありゃりゃ図星かよぉ、まぁいい、それよりとっととそれ食っちまえよ」
葬儀屋は紅詩と赤ん坊を連れあの廃ビルから離れたファミリーレストランで食事をとっている、しかし紅詩には食欲はなく目の前に運ばれた鉄板焼きハンバーグに一切手を付けていない
「街中の殺し屋に狙われたらそら食欲もなくなるってもんだわな、だが今の内に食っておかないと持たないぜ? 助けるんだろ? そのガキ」
紅詩は目の前のハンバーグよりもなによりも気になることがあった。
「なぜ私を助けるのですか?」
葬儀屋がどうして自分を助けるのか? それをどうしても聞いておきたかった。
葬儀屋はその質問を聞いてにやりとしてこう言った。
「気紛れ」
「え?」
「ただの気まぐれと言ったのさ、それに虐められてる亀を助けたらいいことがあるかもしれないからな」
「カ、カメ……?」
「日本にはそんな話の童話がなかったか? 鈍重な亀を助けてお礼を貰う話……いやあれは最後に爺さんになっちまうのか……んー助けたのは間違いだったかもな」
ただの気まぐれ
とても信じられないような話、しかし彼が危険を冒して自分を助けたのは事実
それ以上葬儀屋に何か質問をして機嫌を悪くすることを恐れ紅詩は質問を打ち切る
紅詩は目の前のハンバーグを一口大に切り無理矢理自分の口に押し込む
黙ってその様子を見つめている葬儀屋、そんな所に一人の来客が現る
「お食事の所申し訳ない」
その男は茶色いスーツ姿の男で首元には入れ墨の断片が見える、片手には大きなアタッシュケース
紅詩は右手にハンバーグ用のナイフをその男の首元に突き刺しやすい形に握り、何時でも攻撃できるように備える、が葬儀屋は優雅にメロンジュースを飲んでいる
「普段はこんな飲まないんだが、ドリンクバーってやつはついつい欲をかいて飲みすぎちまう、嫌だねぇ貧乏性ってヤツは」
「隣に座ってもいいかな?」
紅詩にスーツ姿の男はそう聞くがもちろん答えはノーだと目で訴えた。
「クククッ……まぁいいじゃないか、その男は丸腰みたいだしな許してやれよ」
と葬儀屋に言われしぶしぶ席を開ける紅詩
スーツ姿の男は紅詩に礼を言うと着席する
「自己紹介が遅れました。私の名は大良儀(おおらぎ)悟(さとる)、関東牢(かんとうろう)会で務めております」
関東牢会と聞いて紅詩は顔を青くした。
日本の裏社会では知らぬ者はいないであろう、と断言できるほどの知名度、それに残虐性を兼ね備えた日本有数の犯罪組織、それが関東牢会
よく見てみれば男のスーツには関東牢の紋章が刻まれているバッチもついている
紅詩のナイフを握る力が増す。
「オレに何の用か? それとも紅詩に用か?」
「葬儀屋、貴方に」
大良儀はそう言うとアタッシュケースを机の上に置きその中身を葬儀屋に見せた。
横目で紅詩も中身を見てギョッとする
中には大量の札束恐らく億は入っているであろう
「この金はどういう意味なのかなぁ? 依頼か?」
「依頼というよりも”お願い”と言った方が正しいかもしれません、貴方にこの紅詩と赤ん坊から手を引いてほしい、そういうお願い、その願いを聞いてもらえるのであればこれは貴方に差し上げます」
自分とこの赤ん坊を引き渡せば億の金が入る
紅詩は死を覚悟した。
しかし葬儀屋は間も置かず
「御免被る、幾ら積まれようが引き渡す気はない、なぜなら可哀そうだからそこのカメちゃんがさ」
と葬儀屋は紅詩を指さした。
「亀……?」
「クククッ真面目だなそこに引っ掛からなくていい、アンタが知っとけば良いことはオレがアンタの言う事を聞く事は一切ないということ、分かるかい? オレは優しい人間でねお金でか弱い少女とかわいいかわいい赤ちゃんを見捨てることはできなぁい、のさお分かりかな?」
「……そうですか、申し訳ございませんお手間をおかけしました。失礼します……あとこれは迷惑料です」
と札束を三つ葬儀屋に差し出し大瀬良は張り付いたような笑顔のままその場を去った。
大瀬良がファミレスから出て行くのを見送ったと同時に緊張が解けたからか紅詩の皮膚から大量の汗が噴き出した。
(そ、そんな今回の件に関東牢まで関わってるなんて……なるほど、銃が出てきた理由も理解出来た。今回の件私が思っていたよりも大きな組織が動いてる……)
紅詩はすやすやと眠っている赤ん坊を見下ろす。
(この子は一体なんなの? どうしてそこまでして関東牢やガーデンはこの子を手に入れたいの……?)
答えが出る訳のない事をぐるぐると考えていると葬儀屋に笑われる
「クククッ深く考えたって仕方ねぇ、馬鹿が幾ら考えた所でそれは脳を無駄に使って体力を無駄に消費してるだけ」
「ば、ばか……」
「おや、違ったのか?」
「いえ……」
葬儀屋の言った通りだと紅詩は思いしゅんとする、その様子を視ていた葬儀屋は退屈そうに欠伸をする
「なんだつまらない、もっとおもしろおかしく怒ってくれても良いだろ? それじゃ張り合いがない」
この人は何を言っているんだろうと思いながら紅詩はスープを飲み干す。
葬儀屋はそんな紅詩に札束を三つ投げつける
「やるよ」
「え?」
「興味ねぇんだよ、そんなの邪魔になるだけ」
葬儀屋に無造作に投げつけられた札束三つを見る紅詩
(関東牢があんな下手(したて)に出た姿初めて見た。しかもあんな大金を支払ってまで説得しようと試みるなんてそれもたった一人の人間に対して……”あの”関東牢がやる事とは思えない……それほどまでに恐れているということ? この人を)
紅詩は葬儀屋をジッと見つめる
「ブッサイクだな」
「え?」
「不細工な顔だって言ったんだ。こっち向けんなよ、精神衛生上よろしくない」
「……」
(ひ、ひどい人だ……!)
一方その頃、葬儀屋の説得に失敗した大瀬良は関東牢・秋葉支部の事務所に戻り上司の鹿沼(かぬま)大呂(おおろ)に謝罪をしている最中だった。
「申し訳ございません、私の力不足で……」
「いやいや、良いんだよ~謝る必要はないさ、正直あの葬儀屋の説得なんて出来る訳ないと思ってたしね、ダメ元で試してみたけどやっぱダメだったというだけの話で別に驚いたり怒ったりするような事じゃないんだよ」
「鹿沼さんは彼のことをよく知っているのですか?」
大瀬良のその質問に鹿沼は困ったような表情を浮かべる
「”よく”は知らないけど昔、仕事を依頼した事はあってね、なんとなくの性格は把握してるよ」
鹿沼は大瀬良が持ち帰ってきた大金が入ったアタッシュケースを見つめる
「金には興味を示さなかったでしょ?」
「え、えぇ……この大金を目の前にしても一切動揺する素振りは見せませんでした」
「でしょ? それが厄介なんだよね、利害が読めない……彼はなんで紅詩ちゃんと”光ちゃん”を助けたって言ってた?」
「可哀想……だからと」
それを聞いて鹿沼は大きなため息を吐く
「それさぁ、普通なら冗談だと思うけど彼の場合は本気で言っててもおかしくないんだよね」
「……」
「はぁ……葬儀屋が今回の件に関わってると聞いて依頼してた所は全部手を引くって言うし、これぐらいが潮時か……」
と言って鹿沼は目の前にあった携帯電話を取りだして何処かへと電波を飛ばす。
その電波の先は黒澤探偵事務所
「あぁ、黒澤ちゃん? 鹿沼でーす。何の要件で電話したのか分かってると思うけどさ」
《紅詩の事ですよね》
「うんうん、そうそう、その紅詩ちゃんがさぁ……厄介な人に捕まっちゃってね」
《葬儀屋……ですか?》
「なぁんだ。もう黒澤ちゃんもその情報ゲットしてたのね、そうそう葬儀屋がさ関わってるて聞いたら他の人達も全員手を引いちゃってさ……だからキミももう追わなくていいよ、葬儀屋が紅詩ちゃんの傍にいる間はね」
――――
「分かりました。」
と言って黒澤はファミレスから出てくる紅詩と葬儀屋を尾行しながら電話を切る
そして黒澤は紅詩に声を掛ける
「黒澤……さん」
紅詩は黒澤を見た瞬間、震えた。
恩人の彼とは戦いたくない、しかし黒澤の目は確かに殺意を帯びていた。
「お知り合いか?」
「えぇ、彼女は相棒……でした。少し前までね」
へぇ……と言って葬儀屋は腕を組んで黒澤を見つめる
「で? どうするつもりなんだ?」
「葬儀屋、紅詩と少し話しをしても?」
葬儀屋は紅詩の顔を見る
「だってよ、どうする?」
「……この子をお願いします」
と言って紅詩は赤ん坊を葬儀屋に託す。
「二人で話しましょう」
「あぁ、そうだね」
二人が会話するのに選んだ場は深夜の廃ビルの屋上
「ここでよくキミと訓練したよね」
「はい」
まだ廃ビルではなかった頃、このビルのオーナーに頼み、屋上を訓練場として使っていた。
黒澤と紅詩は暫く懐かしい気持ちの余韻に浸っていたが黒澤がため息を大きく吐いた後、語り始める
「……ハッキリ言わせて貰う、キミはもう死んだも同然だよ関東牢にマトに懸けられたのだからね、今は葬儀屋がキミの傍にいるから誰も手を出して来ないが彼が居なくなれば再びキミは狙われる、葬儀屋がずっとキミの傍にいるとも思えない」
それは紅詩も分かっている今自分が生きているのは葬儀屋のおかげ、彼がいなくなれば……
「惨い死に方をするだろうね、特に今回は赤ん坊の件それに葬儀屋の件で関東牢を手こずらせた。そんな人間を関東牢は一番嫌う」
「はい」
「……だから僕の手で一瞬で始末してやりたいという師匠の最後のお願いを聞いてくれないか?」
「……黒澤さん」
黒澤のそのイカれた願いは心の底からの切実な願いだと紅詩は分かっていた。
「確かに黒澤の言った通り私は命が残り僅かで無残に死んでしまうでしょうそれでも、私は……生きたい、あの子を護る為に」
「そうか、そうかい」
黒澤は構える
「なら、僕の屍を越えて見せろよ」
紅詩も左腕を負傷しているので右腕だけで構える
経験、筋力、技術、どれをとっても黒澤には敵わない、それに加えて左腕の負傷
勝てる見込みはほぼゼロ
しかし紅詩の心はまだ折れてはいなかった。
自分の人生で初にして最後の願いを叶える、そのために彼女は黒澤に挑む
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