第3話 師弟
「ほら、おいで」
黒澤に向かって打ち込む紅詩
それを簡単に躱されてしまう
「ダメダメ、足の使い方がなってないよ」
「は、はい!」
更に打ち込む紅詩
彼女が黒澤に引き取られて一年が経った頃、紅詩は黒澤に黒澤の手伝いをしたいと頼み込み格闘術を教わる事となった。
最初は嫌々教えていた黒澤だった。しかし訓練を続けていく内にメキメキを腕を上げていく紅詩を見て黒澤も夢中になって紅詩に自分の技術を叩き込む様になった。
「ほら、1、2、1、2」
「精が出るね、黒澤さん」
と屋上にやって来たのはこのビルのオーナーである石坂 歩
ビルのオーナーをやっているがまだ三十代前半と若い
彼の片手にはサンドイッチが置かれた皿が持たれている
「やぁ石坂さん、屋上つかわせて貰ってます」
「つかわせてもらってます!」
元気よくそう言う紅詩
「ふんふん、そんな頑張り屋さん二人にプレゼントだ。石坂スペシャルだ!」
と言ってサンドイッチが乗った皿を二人の前に差し出した。
「ありがとうございます!」
「うわ~僕、ツナ苦手なんだよね」
石坂スペシャルはツナマヨネーズとピクルス、それにセロリを堅いフランスパンで挟み絞ったレモン汁をかけたサンドイッチだ。
「いい歳してそんな我が儘を言う、黒澤くんにはサンドイッチはなしだ。紅詩ちゃんに全部あげちゃおう」
「なぁんだ。ざんねん、じゃあ紅詩、休憩にしようか」
紅詩はサンドイッチを頬張る
その横で黒澤と石坂は語らっている
「殺し屋ってのも大変そうだ」
「……そう見えるかい?」
「……あぁ、俺も昔は裏社会で情報屋なんてやってたりしたが……情報を取り扱うだけの仕事でも気をおかしくしちまいそうになったのに殺しを扱う仕事なんてしてたらと思うと……ブルッちまうよ」
「まぁでもこういうのは”慣れ”さ慣れれば大した事はないよ」
「俺は慣れるとは思えないな、尊敬するよ、黒澤さんのことをある意味ね」
「なーんか、引っかかる言い方だね」
「あ、そうか? 気のせいさ」
そんな軽口を言い合う二人を見て微笑みながらサンドイッチを口に運ぶ紅詩
次に紅詩が岩坂に出会ったのは彼が殺される直前であった。
彼を殺害するのに関東牢から派遣されたのは黒澤
石坂は黒澤を逃げることなく自分のデスクで待っていた。
「あ~あ、どうしてこうなっちゃったんだろうね」
「仕方ない、キミはヘマをしたんだ。この世界じゃ一度でもヘマをしてしまえばそれを取り返す術は与えられない」
情報屋から足を洗った筈の石坂は関東牢の情報を横流ししていた。それがバレ今がある
「全く……俺としたことが、欲張りすぎたみたいだ」
そうだね、と言って黒崎は両手に革手袋をはめる
それを見た石崎は戯けた様な表情をどんどんと崩し顔が青くなっていく
「黒澤さん、あんた俺に借りがあるだろ? どうか見逃してくれないか」
石坂という人間はこんな恩着せがましい事は絶対に言わない男であった。
命の危機が迫り、今まで大事にしていたプライド、信条など諸々を全てを捨てた。
しかし全て捨てた結果得られたモノはなにもなかった。
黒澤はそんな岩坂を見て悲しそうな目で彼を見つめ首を横に振った。
石坂の遺体を見て紅詩は心に大きなダメージをウケる、つい最近まで自分達に良くしてくれた人の死は紅詩の心に大きな影を落とす事となった。
彼の居たいに手を触れようとした瞬間、黒澤に止められた。
「同情をするのは止めておいた方がいい、この仕事を長く続けたいのならね」
「……」
「こういう事はこの世界に生きていれば往々にしてある、一々感情移入していたら心が保たないよ」
「……はい」
ターゲットには感情移入しない、それが黒澤の裏社会という茨の道を生き残るための彼なりの処世術だった。
それで彼の心は平穏を保てた。しかし紅詩がターゲットになった今黒澤はそのルールを貫くことが出来なかった。
紅詩を殺そうとする、その両手は震えている
「……キミは、本当に罰当たりな弟子だよ」
黒澤は紅詩を地面に叩き付け馬乗りになった状態で拳を振り上げている
黒澤の拳は頭蓋骨など簡単に粉砕する事が出来る、しかしそれを振り下ろすことは出来ずにいた。
そして彼の頭の中にある光景が思い浮かぶ
「師匠! 私やりました!」
と言って二つに割れた小さめの岩を黒澤に見せて来た幼い事の紅詩
「これで師匠のお役に立てるようになりましたか?」
紅詩が黒澤から出されていた課題はその岩を素手の正面突きで砕くというものだったそれを見事にクリアした紅詩は喜び黒澤に報告に戻ったのだ。
最初は紅詩の成長を素直に喜んでいた黒澤だったがどんどんとその気持ちにも陰りが見え始めていた。
「本当に私の仕事を手伝うつもりかい? 私はただの探偵じゃない分かっているよね?」
「はい」
「……石坂さんみたいに親しい人も時には殺す事になるかもしれない、それも分かっているかい?」
「はい、恩人である師匠のお役に立ちたいです」
「そうかい、分かったよ、よろしく紅詩」
「はい!」
紅詩の小さな手と握手したあの日あの時、まさかこの様な事になるなんて思っても居なかった。
(簡単だ。いつも通り……殺して寝てしまえば全部忘れる……そうだ今までもそうだっただろ……その筈なのに)
腕が動かない
震える黒澤を見て紅詩にもその気持ちが分かった。なので抵抗することもなく自分の師の判断を待った。屋上の冷たい風が二人を包む
黒澤は力なく手を振り下ろし、紅詩から降りた。
「……葬儀屋……最強と謳われたあの男ならキミを救えるかもしれない、そんな淡い夢を語る事になるなんてね」
「黒澤さん……」
「紅詩、葬儀屋から絶対に離れてはいけないよ、日本最大の闇組織と個人で相対する事が出来る人間なんて彼しかいないんだからね」
と言って右手を差し出す黒澤の手に紅詩は応えた。そんな様子を別の屋上からスナイパーライフルのレンズ越しに捉えている者が居た。
「本気でやる気かよ兄貴?」
「あの女を殺せば関東牢から相当な金が出る、そしてあの女はさっきの戦いで疲弊しきってこちらに気が付く様子はない、こんな絶好のチャンスを逃す様ではこの世界ではやっていけないぜ!」
「確かにな」
「あぁそうだろ? ……て……おい、弟よ、お前いつの間にかに声変わりしたんだ……?」
「あ、兄貴……」
兄貴はライフルのレンズから目を離し自分の背後を覗く、するとそこには不気味に微笑む葬儀屋の姿があった。
「よぉ、お元気か? 兄弟」
背筋が凍る二人、葬儀屋に完全に背後を取られてしまっている
「クククッそう怖がるなよ別にオタクらを殺そうなんて微塵も思ってもないからよ、ただあまり水を差してやるなよ、と言いに来ただけでね」
「……」
「それで? オレの言った事をキミ達は守れるのかな?」
そんな葬儀屋の問いに二人は黙って頷くしかなかった。
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