殺し屋と葬儀屋
@Tomboy4649
第1話 出会い
日本
東京
秋葉原
「悲しいよな、殺し屋って職業はよぉ……どんなに功績を挙げても称賛される事はねぇんだからよ」
一人の赤いランニングシャツを着た男が消音器を取り付けた拳銃を片手にそう呟く
ココは廃ビルの一室
「称賛が欲しくてこの世界に来たのか、的が外れてやがるよお前、もう黙れ……殺す気が失せる」
ランニングシャツの男の前にはもう一人、女が立って居た。
「悪い事は言わねぇ、黒澤の所からとっとと逃げな、でもなきゃ……」
ランニングシャツの男の背後にある、窓に黒い人影が写り込む
「俺みたいになるぜ」
これが彼の最期の言葉だった。
彼の首が宙に舞い、そしてゴトッと落ちる
窓から着物を着た女性が部屋に入ってきた。
「あらま、御免なさい……もしかしてお話の最中でしたか? 紅詩(アカシ)さん」
「いいやナイスタイミングだ。話が丁度終わった所さ、奈佐(ナサ)……それにしてもココは三階だぞ? どうやって窓から入って来たんだ?」
奈佐と呼ばれた着物の女性が片手に持っていた日本刀を鞘に収め、今自分が首を跳ねた男の死体に視線を移した。
「可哀想に……彼には同情します。同業者として……」
奈佐は彼の遺体に一つ花を添える
「殺しを生業にしてる奴が自分の組織を裏切ったんだ。当然の末路……同情の余地はない」
紅詩のその非常な言葉に奈佐は苦笑いを浮かべる
泣き声が聞こえた。赤ん坊だ。この廃ビルの一室で確かに泣き声が聞こえたので紅詩と奈佐は驚きその声が聞こえる方へ視線を移す。
声は朽ち果てた冷蔵庫の中から
紅詩が冷蔵庫を開くとそこには大きな口を開いて泣いている赤ん坊がいた。
「だからと言って僕の所に持って来られても困るんだけど」
と紅詩が持って来た赤ん坊を見て文句を言っているのは黒澤(くろさわ) カーネル
ダボッとした薄緑色のスーツを着ているその男は自分が何時も座っている椅子から立ち上がり、紅詩が持って来た赤ん坊を取り上げた。
「この子、持ってくる様に依頼された子供でしょ、大人しく”ガーデン”の連中に引き渡した方がいい」
「……」
「紅詩ちゃんさ、この子をガーデンに引き渡したら死ぬって分かってるから僕の所に持って来た訳でしょ? 僕ならなんとかしてくれるかもなんて淡い期待を抱いてるなら悪いけど期待には添えないよ」
と黒澤が言うと赤ん坊を黒塗りのゴミ袋の中につめる
「さて、キミがやり残りした仕事、最後までちゃんと面倒みてね」
黒澤はそう言うとゴミ袋を紅詩に差し出した。
彼女はそれを受け取る――――――
紅詩という名は黒澤が名付けたそして殺しの技術を叩き込んだのも黒澤だ。
紅詩と名付けられる前はある殺人鬼の奴隷として過ごしていた。
その殺人鬼は彼女の両親を殺害、その後彼女をレイプする訳でもなく”天使”と呼び崇めた。
「天使、今日の分です」
と言ってその殺人鬼は食料を差し出す。
衣服も寝る場所も提供されていた。
しかし決して自由な生活ではなかった、彼女はある部屋に何年間も監禁されていたのだ。
「天使、今日も私は人を殺しました。どうかお許しを」
殺人鬼が人を殺した日には必ず部屋に監禁している彼女に向かって手を合わせ涙を流す。そんなイカれた殺人鬼の元に居ること五年間……イカれた環境に長い時間いた所為で少女の心は完全に閉じ、ベッドの上から動く事は殆どなくなってしまった。
そんな日々が続いたある日のこと黒澤が部屋を堅く閉ざしていた扉を開いた。
「やぁ、お嬢さん」
「……」
紅詩は久々の新顔の来客に驚き部屋の隅で縮こまる
「そんな怯えないでよ、僕はキミの味方さぁ、ホラおいで」
黒澤が差し出したその右手は血に塗れていた。
最初は怖かったが今この手を握れば自分が今置かれている環境を打破する事が出来るかもしれない……そう思った紅詩は暫くしてからその手に応えた。
「あれからもう七年か……時が経つのは早いよね」
黒澤探偵事務所で新聞を読みながら黒澤はそんな事を投げかけてきた。
「はい」
と事務所の掃除をしながら紅詩は答えた。
「その間に色々な事を経験したよね、二人で」
「はい」
黒澤は珈琲をすする
「だから……少しは僕たちの間に”信頼関係”があった。と僕は思っていたけど違った様だね……あの赤ん坊、どうしたの?」
紅詩が箒を止める
黒澤からゴミ袋を引き取ったあと彼女はあの赤ん坊をガーデンに引き渡す事はなかった。
(あの男は殺し屋になる道を選んだんだから死ぬのは仕方ないでも、この子は違う何の罪もなければなにも選んでもいない……ただ運が悪かっただけ……死んでいいわけがない)
彼女の腕で眠る赤ん坊の顔を見て紅詩は一つの決心をした。
この赤ん坊は護る、自分の全てを捧げてでも
「……ガーデンは事態に気が付いてキミを一時間後に指名手配する事に決定した……その前に片をつけなきゃ、僕の立場も不味くなる」
黒澤は新聞を畳み、珈琲を飲み干してそのマグカップを台所に持って行き洗う
「黒澤さん、すいません」
「謝るぐらいなら、最初からしないで欲しいね」
マグカップを洗い終える、カップを何時もの場所に戻す。
黒澤はポケットから黒い皮手袋を二枚取り出し手に嵌めた。
「残念だよ」
次の瞬間
黒澤は目の前から消えた。
全身に激痛が走る、気が付けば紅詩は吹き飛ばされ壁に叩きつけられていた。吐血しその場に崩れるが……意識はある
「ギリギリで防いだか……教えた事は無駄にはなってなかったみたいだね、残念ながら」
黒澤の拳は刃物や拳銃よりも鋭く危険
黒澤の拳を防いだ左腕はボロボロでもう暫くは使いモノにならないだろう
「安心しなよ、苦しみやしない」
トドメの一撃を放とうとした次の瞬間、自分の足に何か当たった事に気が付く、視線を自分の足下に落とすとそこには
(閃光弾!! しまっ――)
時既に遅し、黒澤の視界は一瞬にして凄まじい光に包まれた。
光が視界から消えた後には既に紅詩の姿はなかった。
「本当に、成長しちゃってくれてさ……」
紅詩は走っていた。黒澤から少しでも距離を稼がなければ彼女は死ぬ
黒澤探偵事務所がある雑居ビルから飛び出し、痛む左腕を押さえながら街中をひたすら走る、赤ん坊を隠した彼女しか知らない隠れ家に向かう
近道の為に裏路地を走っていると前方に着物を着た女性が彼女の前に立ち塞がった。
「こんにちわ、紅詩さん」
「奈佐……」
彼女の腰には日本刀が挿してある
「聞きました。あの赤ん坊……ガーデンに引き渡さなかったのですね」
「御託はいい、ヤルならさっさとヤろう……」
紅詩は右手だけで構える
「あらら、何か勘違いをしている様ですね、私は貴方を殺す気なんて更々ありませんよ、お別れを言いに来ただけですの」
「……どういうつもりだ」
「貴方の行為は殺し屋としては悪手、しかし人としては……敬意を払わずにはいられません」
奈佐は懐から二枚の紙きれを地面に置いた。
「これはアメリカ行きのチケットと空港までの地図、安心しなさいパスポートは必要ありません」
「なぜ私の為にここまで……?」
「言ったでしょう? 貴方に敬意を覚えたとさぁ行きなさい」
紅詩が奈佐に近寄り地面に置かれたチケットと地図を拾う
「ありがとう……この恩は必ず返す」
「余計な事は気にしなくていいのよ」
そう言うと奈佐はニコリと微笑む、そんな彼女を尻目に紅詩は走る
隠れ家で赤ん坊を拾い、奈佐から貰った地図を頼りに空港に向かう途中……
「おー! こんな所に居やがったか」
三人の男達が紅詩の前に立ち塞がる
「紅詩よぉ……俺は悲しいぜ、こんな形で再開する事になるなんてな」
このタンクトップの男の名前は大杉 大 嘗て紅詩と一緒に仕事もした事が有る
(コイツら……全員銃を持ってる、私やこの子の為に銃まで持ち出すなんて……どういう事だ? 照影(ショウエイ)会の大杉、キタカタ劇団の七瀬、高尾(たかお)薬局の片丘……三人とも私を始末するだけなら調達や後処理に高い費用が掛かる銃なんて持ち出すとは考えられない……そこまでしてこの子を始末したいのか?)
「紅詩、今子供を私達に引き渡せばお前だけは助ける、こちらもこんな物をここで使いたくない」
紅詩たちが今居るのは工事中のビル
休日なので業者は見当たらない
「私達もプロだ。無駄な事はしたくない」
と言って右手を差し出して来たのは片丘
「……」
その右手に応えることなく紅詩は閃光弾を片瀬たちになげつけながら物陰に隠れた。
「チッ!」
片瀬たちも閃光弾から逃れるため急ぎ物陰に走る
パンッ!!という激しい音とともに激しい光が辺りに広がる
「言っただろ? あんな猿芝居に引っかかるような女じゃないってあまり甘く見ない方がいいぜ」
「……反省するよ」
「それより今の閃光弾の光と音で人がやってくるかもしれない、ココは一旦ずらかろう」
と物陰から紅詩たちが逃れた柱の様子を伺いながら提案する高尾
「それならキタカタ劇団は降りれば良い、報酬は照影と高尾で山分けさせて貰う」
照影会の大杉と高尾薬局の片丘は左手を使えず赤ん坊を護りながら逃げ回っている紅詩という手負いの獲物を逃がす気など更々なかった。
その手負いの獲物もとい紅詩は柱の陰でジッとしていた。
(……さっきの閃光弾の音で人がやってくると思って奴等は逃げると思ってたけど……クッ逃げるつもりは更々ないってことか……どうする? 今の私じゃあの三人相手に戦っても勝負にならない、逃げるにしてもアイツらは銃を持ってる)
紅詩は静かな寝息をたてている赤ん坊の顔を見る
(せめてこの子だけでも……)
次の瞬間、走ってくる足音が向かってきた。
(!! 考えに時間を使いすぎた。三人がこちらに走ってきてる! 不味い!)
紅詩は逃げようとするが時既に遅し、彼等の銃口が紅詩を完全に捉える
それを見た紅詩は赤ん坊の盾になるようにうずくまる
(お願い、お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いします……! 神様……この子だけでも良いんです、お願い、一度でいいから私の願いも聞いてよ……!!)
大杉が引き金を引こうした瞬間、後頭部に凄まじい衝撃をうけ、吹っ飛ばされる
それを見た七瀬と片丘の指が止まる
そして銃口は紅詩ではなく大杉を吹き飛ばしたモノに向けられる
「クククッ……よぉよぉ楽しそうなことしてんじゃねぇか」
真っ黒い喪服を着た男がそこに立って居た。
「なんだ……お前? 一般人じゃないな……! 何処に所属してる殺し屋だ!」
「へぇ日本人にしちゃ頭の回転速いじゃないか、確かにオレは殺し屋……だが何処にも所属はしてない」
「フリーランスか? その女はこちらの獲物、横取りは感心しない」
喪服の男の真っ黒な眼が紅詩を視る
「……ふーん、こんな女追い詰めるのに三人掛かりでこんなに時間を掛けるなんて才能ないぜ、オタクら」
「!」
喪服の男の挑発に思わず七瀬は銃口にかけてる人差し指に力が入る
「七瀬、よせ安い挑発に乗るな」
「銃の持ち方もなってないな、持ち慣れてないのバレバレ、クククッしかし何時からこの国はこんな物騒になったんだ? こっちに着いて一日目で早速同業者と出会うなんてな」
「黙れ、撃たれたいのか? 銃を持って居るこちらが有利、お前はさっさとココから去れ」
片丘のその脅しを聞いて喪服の男はケラケラと笑う
「いやはや……お前等が有利ねぇ、この距離で銃を持ってるからってそれがどれほどのアドバンテージを生むって言うんだ? なぁ?」
喪服の男は片丘の目の前から消えてなくなり冷たい何かが自分の喉元に当たる
「銃さえあれば安心……その慢心命取りだぜ? クククッ」
いつの間にかに喉元にナイフを突き付けられ片丘は震え上がる
隣でそれを見ていた七瀬も同様
喪服の男は片手でゆっくりと片丘の銃に触れゆっくりと奪う
「手入れもなってねぇな」
目の前で銃をマジマジと視ながらそんな事を言っているその男を見て片丘はハッとする
「喪服……殺し屋……ま、まさか、お前、”葬儀屋”?」
「ようやく気が付いたか? クククッその通りオレは世界一の殺し屋……葬儀屋って名前は気に入ってないがまぁいいだろ、今の所は葬儀屋って名乗っておいてやる」
「本当に存在していたのか……」
「空想上の生き物だと思ってたの? 悲しいなぁ、オレはこの通り現実に確かに存在してるよ、よろしくなジャパニーズ」
片丘と七瀬は葬儀屋と名乗る殺し屋を目の前に完全に戦意を失ってしまっていた。
「安心しな、見逃してやるよ」
それを見透かしているかの様に葬儀屋は二人にそう言い放った。
「な、なぜ?」
「一文の得にもならないから、もっと美味しく実ったらその時は美味しく頂いてやるよ、クククッ」
葬儀屋の気が変わらない内に二人はその場を後にしようとする
「おいおい、あそこでのびてる男も連れて行ってやれよ、可哀想だろ?」
殺し屋三人は葬儀屋に惨敗しその場を後にした。
残るは怯えた目で葬儀屋を見ている女が一人、そんな女の前で葬儀屋はしゃがむ
「よぉお嬢ちゃんお元気?」
葬儀屋はニヤッと笑って紅詩にそう問う
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