第3話 災厄の日常

「おはよう、シリウス!今日も一日、頑張りましょう!」

「おはようございます、エレノア様。今朝は随分とご機嫌なようですね。その様子だと、今日は変な預言もなかったのでは?」


 大聖堂の一角で、俺はいつものようにエレノアと朝の挨拶を交わす。

 心の中では眠そうな顔をしているが、表面はにこにこの外行き笑顔を貼り付けている。

 一応、この端末も人間として生活しているので、町に家を借りて毎朝この大聖堂へと通勤しているのだ。こんな生活ルーティンをしていると、つい人間だった頃を思い出してしまう。


「え?あ……はい!それはもう何もなくて……今日はぐっすりでしたよ!」

「そうですか、それは何よりです」


 よし、今日も俺の正体は預言されなかった。

 だが預言が何も無かったことを確認し、心の中でガッツポーズしたのも束の間。

 今度は何やら品のない足音がこちらへ向かってくる。


「おやおやおやおや。これはこれは、エレノア様にシリウス司教ではありませんか」


 グレイン司教だ。

 エレノアの付き人になれなかったことを僻み、事あるごとに俺に絡んでくる面倒な男だ。


「おはようございます、グレイン司教」

「おは……」

「ところで、エレノア様?あれから災厄に関する預言は何かあったので?」


 俺の挨拶を途中で遮り、グレインはエレノアに話しかけた。

 人相通りの嫌な性格をしている。

 俺が完成体になってから媚び売ってきても絶対無視してやる。

 いつもこうやって突っかかってくるから、エレノアもこないだ「あの人、嫌いです」と言っていたくらいだ。


「いえ、まだ何も……」


 エレノアは、付き人である俺以外に預言のことを口外することはない。

 頻繁に災厄の預言を受けているということは、俺達と大司教くらいしか分かっていないだろう。


「はっ!そんなことで良いので?最近は預言も外しに外し、巷ではエレノア様の巫女としての能力を疑う声も聞こえるのですよ?もう少し危機感というものを覚えても良いのでは?」

「そ、それは……」


 途端にエレノアの表情が曇る。 

 グレインは、彼女が最も気にしていることを指摘してきたのだ。

 本当に性格の悪いやつだ。

 ハズレ預言の大部分は俺のせいだとは思うが。


「それもこれも、付き人であるお前がしっかり支えてやっていないからではないか?え?澄ました顔している場合か?」

「待ってください、シリウスは……!」


 そして、やはり大嫌いな俺にも矛先を向けてきた。

 そもそも預言については、俺が支えてどうこうできる範疇じゃないだろうが。

 だから、俺もこんな面倒なことをしているというのに。

 とりあえず俺は、反論しようとするエレノアの前に立ちグレインと対峙する。


「グレイン司教、私のことは後でいくらでもお話を聞きましょう。ですがほら、見てください。エレノア様が心底嫌そうな顔をしているでしょう。こんな分かりやすい表情、普通します?まあ、だからこそ取っつきやすくて扱いやすいのですが……」

「ちょ、ちょっと!何の話してるんです!?」


 少し口が滑ってしまった。

 エレノアに脇腹を突かれたところで、俺は一度仕切り直す。


「とにかくです。せっかくご機嫌なエレノア様のお顔を曇らせるというのなら……」


 俺はグレインの耳元まで近づいて囁く。


「あなたのマナ、今度は一滴残らず搾り取らせていただきますよ?」


 その言葉にグレインの顔は真っ青になる。

 実はこないだ、あまりにこのバカがしつこいので一回マナを半分ほど吸い取ってやったのだ。

 あの時は「マナ返してぇ……」と陸に上げられた魚のような様子で謝ってきたのに、何でこう懲りないのだろう。


「うっ……!そ、それで私を脅しているつもりか?少しばかり希少な能力を持っているからとチヤホヤされて……!調子に乗るなよ、平民の出のくせに!いつか化けの皮を剥がしてやるぞ!」


 お手本のような捨て台詞を吐いて、グレインは足早に去っていった。

 俺はマナ自体を対象から直接出し入れできる能力のおかげで、周囲からは一目置かれている。あまり星喰い要素のある能力は出したくなかったが、この力を買われてこの地位についた部分は大きい。


「あの、その……。いつもごめんなさい、シリウス。私の力が不甲斐ないばかりに、あなたにまで嫌な思いをさせてしまって……」


 グレインに言われたことを気にしているのか、エレノアは申し訳なさそうに謝ってきた。


「ふふふ、私は大丈夫ですよ。エレノア様の力は確かです、どうか自信をお持ちください」


 気にしないでくれ、お前の預言が外れるのは俺のせいだから。

 それに、これから始まる面倒なイベントの前に嫌なやつを蹴散らせて少し気分が晴れた。

 そして、その面倒なイベントと言うのが……。



「エレノア様、シリウス司教!」



 不意に教団の衛兵が俺達の前に現れた。


「各国の使者がお集まりになっております。至急、講堂までお越しください」

「あ!報告ご苦労様です。シリウス、少し予定より早いようですが向かいましょう!ね!」


 そう、今日は4つの大国が参加する緊急会議の日なのだ。

 議題は、昨今のマナの急激な枯渇とその原因について。

 原因は言うまでもなく、この世界のマナを吸収している星喰いなのだが……。

 ラストスパートだと張り切って吸い上げたせいか、こんな会合を催してしまうことになってしまった。

 しかも厄介なことに、今回はいつものように流し切れない部分もある。


「……エレノア様、どうせ筆記用具持ってきてないでしょう?用意してきますので少々お待ちください」


 やけにやる気満々のエレノアとは対照的に、俺の足取りはとても重い。



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