第4話 魔力だってサステナブルにニュートラル

 晩餐の少し前、一端、図書室を後にした皐月は、されるがままに侍女に着替えさせられた。


「ホント、このコルセットってどんだけ苦しいのよ。嫌がる穂積の気持ちが分かるね」


「綺麗にドレスを着るためです。我慢して下さい」


 ウサギの獣人の侍女にコルセットを締め上げられ、皐月は内臓が全部外に出るのではないかと思った。そして、アイボリー色のシンプルだけど、胸回りや袖口、裾などに丁寧な刺繍がある上質なドレスを着せられ、髪もふんわりセットされた。少しお化粧などもされて、いつもの尖った印象の皐月よりは幾分も柔らかな感じに仕上がった。


 客間まで迎えに来たアルジャンは、皐月の変わり様に顔を赤らめた。


「皐月さま、お綺麗です……」


 アルジャンも正装で、今日はジュストコールに赤い肩帯まで身に付けている。アルジャンは12歳ということだけど、身長は皐月とほぼ同じで、腕を組むと不思議とくすぐったい気分になった。年下趣味はなかったはずと自問しながら、居心地悪い気持ちでアルジャンのエスコートにより晩餐会場に入った。


 大きな長いテーブルに領主夫妻とエミリーが既に座っている。皐月はその向こう側にアルジャンと並んで座った。天井に下げられたシャンデリアがとても綺麗で、思わず上を見上げてしまう。それをアルジャンに緊張しているのかと勘違いされたので、慌てて視線を正面に戻した。


「それでは、改めて皐月殿、ようこそドメック領へお越し下さった。ドメック領を代表して領主からお礼申し上げる」


「こちらこそお世話になります。ドレスまでお借りしてしまって、有難うございました」


 レディサフィアは目を細めて皐月を見た。

「とてもよくお似合いですわ。わたくしはエミリーの為に沢山ドレスを用意していますのに、――この調子ですから、着て頂ければ、ドレスもわたくしも嬉しいです」


 騎士団の正装をしたエミリーは、まるで母親の話しは聞こえていませんといった態度で澄まして座っている。


「いつまでも騎士などやっていないで、早く孫の顔でも見せてもらいたいのに、18歳なんてすっかり嫁ぎ遅れてしまって」


 レディサフィアは皐月に話しかけるようにして、実はエミリーに対して言っているようだ。


「まぁまぁ、サフィアいいではないか、エミリーは騎士団の重要な役職に付いている。私も団長として鼻が高いよ」


「あなたっ!!」


 レディサフィアから冷気が発せられ雲行きが怪しくなったので、領主は急いで話を変えた。

「ところで、皐月殿はおいくつになられたのかな」


「17歳です」


「まあ、大変。もう嫁ぎ先を決めるお年頃ですのね」


「それなら、アルジャンはどうだろうか。年下だが若輩の分は皐月殿にフォローしていただければいいし、我が家に賢者様をお迎えできたら、こんなに幸せなことはない。であろう? サフィア」

「あなたにしては、なかなか良いアイデアですわ」


 異種婚は歓迎されないと聞いたが、賢者は別格なのか。皐月の意思を無視して嬉々として盛り上がっている領主夫妻に、皐月は食べているお料理を喉につかえそうになる。水を飲みながら横目でアルジャンを見ると、まんざらでもない様子で頬をピンクに染めていた。


(まさかの乗り気!? こりゃ、助け舟を出してもらえるどころではないな)


 空虚な目つきでどうにか断る理由を探していたら、助け舟を出してくれたのはエミリーだった。


「お父様もお母様もいい加減になさって下さい。今はそれどころではないし、皐月様が何故このドメック領にお越しになったのかお忘れですか!」


 領主夫妻はハッとして、一瞬でお花畑の雰囲気を回収した。ばつが悪いといった表情をした領主が、ワインを一口含んで本題に入った。皐月はエミリーと視線を絡めると、声を出さないで『有難う』と口にした。エミリーは逆に眉根を下げた顔で、申し訳ないと、ペコっと頭を下げた。


「――うおっほん、魔力が噴出したことによる汚染の話しなのだが……」


 皐月は本題が始まると真剣に耳を傾けた。

 領主の話しでは、ドメック領のとある魔法石の採掘場で、魔法石の採掘中に、ある日突然魔力が噴出したらしい。恐らくかなりの魔力をため込んでいた地層があり、そこを知らずに掘って穴を開けたから溜まっていた高濃度の魔力が放出されて、空気の魔力濃度が一気に濃くなったと考えられるとのこと。

 ここまでは、王宮で聞いた情報と同じだ。


「高濃度の魔力は人体には悪いものなのですね?」


「そう理解してもらって間違いない。従って、穴を埋めてみたり、魔法が使えるものに噴出されたエリアに結界を張ってもらったりしたが、これらは全て一時しのぎで、すぐに魔力が噴出してくる」


「なるほど……。穴を塞ぐことに効果が無いなら、逆にその魔力を利用するしかないのか」

 皐月の発言に一同は瞠目した。


「皐月殿、もう少し詳しくお願いできるかな」


「まだ考えがまとまっていないので、明日、現場を見てから詳細をご報告しますが。ちなみに場所はどの辺でしょうか」


「場所は、ドメック領と隣国との国境ギリギリの地点です」エミリーが応えた。


「東の方の?」


「そうです。魔法石の採掘量が多いエリアだったと思います。私は一度任務でそちらを担当しましたが、確か、他に目立つものといえば最終処分場がありました」


「え!? エミリ―もっと教えて。最終処分場って、ゴミ捨て場の事?」


「そうです。この領土では、恐らく他もそうだと思いますが、土地が広いのでゴミは全部埋め立てになります」


「ゴミって、さっきアルジャンに聞いたら、捨てたゴミがどうなるのか知らなかったけど、国民の意識って、皆そんな感じなの?」


「貴族のような上流階級はゴミのような不浄の物は、目にすることはほとんどありません。かく言う私も騎士団に入団するまでは知りませんでした」


 ゴミの話題が出たので、レディサフィアが顔を顰めた。皐月は食事中だったことを思い出して、マナー違反だったかなとエミリーを見た。

「また明日詳しく教えてくれる? それに可能なら魔力の噴出現場とその最終処分場も見たいのだけど」


「承知しました。高濃度魔力対応のマスクを用意しておきます」


「マスクと言えば、ここに来てからは一回もつけていないけど、この辺は大丈夫なの?」


 アルジャンが尻尾をパンと椅子に叩きつけて、得意げに言った。


「ここは僕が作った魔法石由来の魔法陣によって強固な結界の中にあります。従って全く問題ありません」


「馬鹿者! そんな仕事は魔術師に任せて、お前は剣技の一つでも学ばんか」


 今度は領主が顔を顰めた。アルジャンは誉められるかと思って言ったのに、逆に叱られてしまい下唇を噛んだ。


 今日のメンバーの中で唯一部外者の皐月は、このやり取りをみてフンと鼻息を漏らした。


(こんな広い敷地をカバーできる結界を張れるなんて相当の実力者だと思うけどね。アルジャンに求めているものが違うからこうも評価しないのか……)


 ドメック家の問題は根深いなぁと、眉間に困惑の色を乗せながらも皐月は、フルーツタルトとアイスクリームのデザートに舌鼓を打った。


 *****


 ドメック領の東方であるオリエンス地方。ここは古くから魔法石の発掘が盛んである。それだけ豊かで多くの獣人や人が住んでいた。しかし、魔力が噴出してからというものの賑やかで活気のあった街が一変し、住民達は家からの外出を禁じられ、多くの魔力中毒患者が出た。医療は崩壊し、王都からの救援に頼って何とか耐えている状況だ。


 皐月は、念には念を入れて全身を耐魔力性の防護服を着せられている。全身がすっぽり入るつなぎ服は、かなり動きにくい。マスクだけでいいのにとブツブツ不満を言いながら、まずは魔力が噴出した現場を確認した。


「綺麗……」


 イメージとして火山の噴火のような物々しい絵を想像していた皐月は、地面から花火が上がっているようにキラキラしてとても綺麗な状況に驚いた。そして、その周りには小動物のような魔物が沢山集まっている。その状況は「噴水と憩いの場に集まる小動物の絵」とネーミングできるほど長閑な感じだ。見た目は長閑な感じでも魔力と魔物の両方が危険物であるため、離れた地点にある見張り小屋からの観測だが、はっきりと確認できた。


「皐月さま、綺麗だからといって油断してはダメですよ。もちろん何かあれば俺が全身全霊でお守りしますが!」


 皐月の横にぴったりと寄り添い、尻尾まで皐月にくっつけている。


「アルジャン、剣技の練習もまともにしていないあんたが、何を偉そうに言っているのよ。しかも、ついて来なくてもいいのに、ついてくるし。ほら、皐月様に近いよ。離れて!」


 エミリーに注意されたアルジャンは、渋々皐月の側を離れた。


「エミリー、ここは魔法石の採掘場なんだよね?」


「はい、そうです」


「ちなみに、最終処分場はどこにある?」


 エミリーは双眼鏡のようなものを皐月に渡した。


「ここから一キロ圏内です。ほら、東の方向に開けた土地が御覧になれると思いますが、あそこです。背後は山になっていますが、山の向こうは隣国ですね」


「じゃあ、この魔力は隣国にも漂っているんだね。早くどうにかしないと戦争になる危険性があるよ」


「皐月様のおっしゃる通りです。騎士団ではその危険性も十分認識していて準備を始めています。ただ、こちらの領土の悪影響で言わば、隣国は被害者のような立場になるので、一時的にはドメック領から賠償金を支払う形で今のところは収めてもらっています」


「なるほどね。よし、じゃあ次は最終処分場に行こう!」


「えっ!? そこまで御覧になりますか?」


「もちろんだよ」


「異臭など環境が悪いですが、大丈夫でしょうか」


「もちろん、大丈夫」


 エミリーの額には、二本の横皺が出ていて、最終処分場へ行くことを快く思っていないのが明らかだった。この時ばかりはアルジャンも姉に賛同していた。


「エミリーは行ったことあるの?」


「ありません。この場所から確認したまでです」


「では、行こう。何事も百聞は一見にしかずってね」


「??」


 日本の故事成語を言われてもピンとこないエミリーとアルジャンは顔を見合わせた。


 魔力噴出現場から一キロ圏内にある最終処分場は、歩いても15分程で到着した。近づくにつれて酸味帯びた臭いを感じ、最終処分場から発している臭いだと分かった。周りを背の高い塀で囲まれたヤードは、中で積み上げられた壊れた魔道具類が見える。


「ささ、中に入ろうか」


「皐月様、本当に入るのですか?」


エミリーは臭いにノックダウン寸前で鼻をつまんでいる。獣人だけに臭いも皐月より感度が高く、アルジャンは到着前に吐いてしまった。

 それにしても所謂ゴミの臭いというものであるが、ここまで酷いのは管理が悪いからなのが明白である。


「二人はここで待っていていいよ、私が中を確認してくるね」


「皐月さま、そんな、わ、け、にはいきません。俺も行きます……うっぷっ……うっ」

「そう? 無理しないでね?」


 アルジャンは口元を押さえながら、青白い顔で大丈夫アピールの親指を立てた。


 最終処分場は基本無人ということで、決まった日に各所で集められたゴミがここに持ち込まれる仕組みになっている。騎士達にお願いして、重い鉄製の扉を開けてもらった。

 ギギ―っと錆びついて、重たそうな音が響く。

 皐月は躊躇なく中に入った。


「――――なるほどね……、ここまで手付かずだと言葉が出ないな」


 ヤードの中はとにかく広いが、手前から埋められた穴が幾つも見える。奥の方にまだ埋められていない穴があったので皐月は近くまで行って中を覗いてみた。穴はかなり深く、中にあるものが腐敗し虫が湧いている。臭いもかなりキツイ。


(燃えるゴミ、燃えないゴミの分別なく、全てこの中に放り込んでいるのか)


 そして横を見ると日本で言う家電製品のようなものが雨ざらしの状態で詰みあがっていた。ここも近くまで寄って、製品の状態を確認していると、後ろから腕を引かれた。


「皐月さま、危ないです。上まで積みあがっていますから崩れたら大変です」


「アルジャン、いいところに! これらの魔道具は魔法石で動くの?」


「そうですが……」


「魔法石は何処に入っている?」


 アルジャンはここですと、まだ使えそうな冷蔵庫のような物の裏を見た。アルジャンが扉を開けると漬物石位の魔法石が出てきた。見た目はただの石だ。

 アルジャンが前に見せたように近くにあった石を打ち付ける。一瞬綺麗な火花が散ったが、2回目に打ち付けた時は終わりかけの線香花火のような小さい火花が出る程度だった。


「完全に魔力が抜けている訳ではないんだね」


「ですね。でも、道具としては機能しないと思われます」


「そだね」


「皐月さま、そろそろいいでしょうか? こんな不浄の場所は身体にも良い影響がありません。もう戻りましょう」


 既に限界なアルジャンは、またしても口元を押さえて目からは光を失っている。

 アルジャンの様子をみたら可哀想に思い、まだまだ調査したかったものの、凡その仮説は立てられたので戻ることにした。


「オッケー、戻ろうか」


 皐月がドメック領の領城に戻ると直ぐにラドメフィール王国の新国王になるヘンリー殿下に密書を送った。そして大きな模造紙を貰うと、何日も図書室に引き籠り、今回の魔力噴出の原因、問題点、解決方法などを書き出していった。

 時々、エミリーやアルジャンが図書室を訪れたが、集中する皐月は小宇宙の中に閉じこもっているため、誰かに反応することもなく寝食を忘れて没頭した。


 図書室に引き籠って3日目の朝。


「――――ふああぁあっ」


 皐月は大きな欠伸をして、コキコキと首を左右に倒しながら窓の外を眺めた。

 両腕を上に引っ張って背筋を伸ばすと肩こりがほぐれて気持ちがいい。

 灰青色の空に燃えるようなオレンジ色が差し込み、青色がどんどん後退していく。朝の静寂は皐月の大好きな時間の一つだ。普段から読書とか研究とか色々やっているうちに夜が明け、この時間帯になると窓を開けて外を見る。そして今日生まれたての朝日と空気を吸い込むのだ。

 朝の光が差し込んで、部屋の床にほんの少しだけ歪んだ四角い図形を描いた頃、カタンと音がして皐月は後ろを振り返った。


「おはよ。アルジャン、早いね」


「――――皐月さま――っ」

 アルジャンは感極まって駆け付けて来た。


「ど、どうした?」


「だって、皐月さまはほとんどお食事もせず、睡眠もせず、お喋りもせず黙々と何かを書き込んでいて、俺が覗き込んでも何を書いているのか分からないし、とにかく心配しましたあぁ――っ」


「ああ、ごめん、ごめん。私って集中すると周りをシャットダウンしちゃうみたいでさ」


 皐月は反省した面持ちで首を傾げた。


「取り敢えず、お食事お持ちします。それから、今朝早くこれが届きました」


 アルジャンは王宮の紋章が入った手紙を皐月に渡した。

 直ぐに開封した皐月はみるみる笑顔になり柄にもなく小さくジャンプした。


「やったー! 穂積ほずみ稀星きららもこっちにくるってさ。もうすぐ着くって」


 アルジャンは目を丸くして、感情が表に出ている皐月を珍しそうに眺めた。


 *****


「皐月―っ、変わりないか――っ」

「皐月、わたくし心配で来てしまいました!」


「穂積! 稀星!! 全然元気だよー。面白い発見が沢山あって凄く楽しんでいるよ。 それに、デュークさんとキアヌさんまで、みんな揃ってどうしたの?」


「皐月が殿下に送った密書の回答を穂積が持っていくと言い出してな」

 デュークは疲労を隠せない表情で「そんな危険なこと一人で行かせるわけにいかないだろう」と穂積を背中から優しく抱き寄せた。


「まあったく、お熱い事ですこと。そういう訳で、ついでに国の重鎮であるデュークさんとキアヌさんもドメック領を視察するようにヘンリー殿下に言われましたので、なるべく早く到着できるように騎馬で参りましたの」

 キアヌはブスっと不機嫌そうに立っている。


「そうだったんだ。みんなが来てくれて心強いよ」


 ドメック領主はデュークとキアヌをよく知っているので、早速握手をして挨拶をしている。


「穂積、稀星、紹介するよ。ここの領主のご子息である、アルジャンだよ。エミリーには王都で会っているね」


 穂積と稀星はアルジャンの狐耳と尻尾に釘付けで、興味津々の顔をしている。


「なんて、可愛いんだ! 獣人の人達と知り合えて嬉しいよ。自分は穂積ほずみだ、よろしくな」


「お坊ちゃま、初めまして。わたくしは御門稀星みかどきららと申します。皐月の面倒を見ていただき有難うございました」


「面倒なんてかけてないから」 皐月は口を尖らせた。


「そんなこと言って、どうせ集中して全てを放棄して没頭していたのではありませんか?」


 皐月は心当たりがあるため、目を泳がせた。


「皆様、ようこそ我が領地へ。アルジャン・フォックス・ドメックです」


 先日王都であった革命の立役者である人達が自分の目の前にいることにアルジャンは興奮したが、同時に皐月のことを誰よりも理解していそうな穂積と稀星に嫉妬する感情も芽生えた。

 エミリーは先日王都で全員と会っているのでアルジャン程は圧倒されないが、JK3人組とデューク、キアヌが揃った迫力ある様子にアルジャンはすっかり迫力負けしてしまった。


「ま、これで役者は揃ったな、早速、皐月の仮説を聞かせてもらおうか」


 デュークの掛け声で場に緊張感が漂う。

 先日、皐月の仮説をこの国の言葉で模造紙に記入してほしいと頼まれ、アルジャンは一足先に内容を聞いている。それだけにアルジャンが皐月をリスペクトする気持ちは大きく、12歳の少年にはこれが憧れなのか、恋なのか、尊敬なのか、名前をつける事が難しいが「大好き」という気持ちだけが膨れ上がったのは間違いない。

 皐月に関心を持ってもらうにはどうすれば良いか、この数日はそればかり考えていた。そして最初は生意気な口調をしていたが、紳士として接するように態度も改めた。

 自分のことに疎い皐月は、そんなアルジャンの変化に気づくこともなく、頭の中はプレゼンのことで占めていた。


 ドメック領主は城で一番大きな会議室にドメック領で中心になっているスタッフを集め、騎士団の上層部やエミリー、アルジャンもテーブルについた。JK3人組とデュークとキアヌ、総勢20人程の顔ぶれだ。そして真ん中の円卓に広げられている模造紙を見て、関係者一同は眉をひそめた。張りつめた空気の中、沈黙を破るようにして落ち着いたトーンで皐月は話し始めた。


「まず、魔力が大噴出した原因だけど、これは廃棄物処理に原因があると思う。そもそもだけど、この国の物には大なり小なり全てに魔力が含まれているはずです。だからそれがゴミとなっても当然、そこには魔力が含まれていると断言できる」


 皐月は更に掘り下げて説明した。


「この国の廃棄物処理は埋め立て又は野ざらしに放置のどっちかだったよ。実際に最終処分場を見てきたから間違いない。何百年もこの方法で埋め立てられた魔力を含んだゴミは地中に堆積してゆっくりと魔法石又は魔力ガスに変化するのだと考えます」


 人差し指を顎にあてて稀星が頷いた

「つまり、私達の国でいうなら石炭や天然ガスなどの化石燃料と同じってことですわね?」


「うん、その通りだよ」


「化石燃料は途方もない何千年といった長い年月をかけて出来上がるもので、それは色々な燃料になったりしてとても便利なものなんだ。この国でも魔法石は魔道具の動力となっていたり、魔法陣を書きこんで発動させることで魔力がなくても魔法のように使うことができるし」


「へぇー。いいじゃん、それなら自分も魔法石を使えば魔法を使えるってことか?」


「穂積は無理だよ。デュークさん、つまり召喚士レベルの魔法陣の知識がなければダメだね」


 穂積は不満げにチエッと口を鳴らした。


「だから、基本的にはゴミの最終処分場の近くで魔法石が採れているし、ほらこの地図を見て、魔力噴出事故のあった場所はほとんどが最終処分場の側なんだよ。これは因果関係があると思って間違いないと思う」


 ドメック領主が口を開いた。


「皐月殿の考察はよく理解できた。では、今魔力が放出して被害が出ているのはどう食い止めればいいんだろか」


「その前に、一言いいたいんだけど、この廃棄物処理方法を続けていたら、この先もずっとこんな事故が起こるし、昔は人口がそれほど多くなかったから魔法石が不足することが無かったと思うけど、このままの調子で魔法石を掘り続けていたら、間違いなく枯渇するからね」


「それで、皐月はヘンリー殿下に手紙を送ったんだな」


「そうだよ、キアヌさん。殿下の手紙にはなんて書いてあった?」 重みを感じてもらうために、敢えて皐月からではなくキアヌに読んでもらった。


「皐月は、ヘンリー殿下に国の人口増加の推移と魔法石の採掘量について調査をするように依頼してきた。ヘンリー殿下は国の学者に調べさせ、人口は百年前から約4倍。人口増加に伴い魔法石を使う一人当たりのエネルギー量は100倍にもなっていると試算している。それを元に今把握している魔法石採掘量から計算すると、魔法石の残存年数は、ざっと60年だ。新たな魔法石が発見されれば残存年数も増えるかもしれないが、もし発見できなければあと60年で魔法石は枯渇するだろう」


 会議室は一気にどよめいた。誰もが信じられないといった面持ちで隣と語り合っている。


「どうすればいいんだ!!」


 ドメック領主は苛立ちからバンと音を立てて円卓に手を付いた。

「――お父様」エミリーが心配そうに駆け寄って、領主の背中に手をあてる。


「解決方法は簡単だよ。領民ひいてはラドメフィール王国の国民全体が考え方を変える必要があるけどね」


 皐月はここで納得してもらわなければ解決にならないと慎重に言葉を選んだ。


「まずは廃棄物処理のシステムを変更して、使えるものはきちんと使うこと。この国の貴族階級は、まだ使えるものや食べられるものを簡単に捨ててしまうでしょう? あとね、魔道具だけど、魔法石を交換すれば使えるんだから、魔法石を交換して長く使っていくことも必要だよ」


「でも、魔法石を交換するって、新たな魔法石を使うのでは、いずれ枯渇に繋がるのではないでしょうか?」


 領主とエミリーの隣に座っている騎士団の男が言った。彼は屈強な体格の持ち主だが、特に獣人の特徴がないから人種なのかもしれないと皐月は思った。


「いいところに気が付いたね。そこが、肝なんだよ」


 鋭い質問をした彼を皐月が褒めると何故かエミリーが嬉しそうに綻んだ。


「今、噴出し続けているガスも魔力だから、それを回収して調整して、魔法石モドキを作るんだ。プラントの設計図も概ね書いてあるから、ドメック領と王宮が協力して建設してくれる? ドメック領で上手くいけば、国中のガス噴出地点が宝に代わるんだから、凄くない? しかもね、魔法石モドキは魔力が無くなれば充填できる仕組みにしたんだから」


「――さすが天才だよ、皐月」

 何もしていない穂積だけど、自分事のように勝ち誇った表情で頷いた。


「皐月は循環型社会とサステナブルな社会の構築を描いたのですわね」


「ご名答!」


 稀星も頷いた。

「わたくしたちの国は、人口増加に伴い、色々と便利なものが発明・構築されました。生活は豊かになりましたが、環境汚染が起こり、人類の活動が世界のキャパシティを越えて様々な問題が起きているのです。循環型社会を構築することで、環境負荷の低減と汚染の未然防止を行います。もちろん、今までの方法が変わるのですから、それに伴う教育も必要になりますわね」


「稀星の言う通りです。魔法石だけでなく、ゴミの埋め立て場所だって、長い目で見れば埋める場所が無くなる恐れがあります。私達の国にある『もったいない精神』をこの国全体に広めて、急いで対策をしてください。まだ間に合います!」


 アルジャンは皐月のプレゼンを聞いて心から感動した。彼の瞳からは星が溢れてキラキラしている。アルジャンは興奮冷めやらない顔でパチパチパチパチと拍手をした。一堂はそれに賛同し全員が拍手を始め、会議室は大きな拍手に包まれた。


「皐月、お疲れ様」


「これで、大団円ですわね」


「ありがと、ホッとしたよ」


 JK3人組は大歓声に紛れて目を合わせるとにっこり微笑んだ。



 *****


「皐月殿、皆様、本当に有難うございました」


 ドメック領主は深々と頭を下げ何度も謝辞を口にした。

 デュークとキアヌの指示により、プラントの建設が急ピッチで始まった。何しろ設計図は完成しているのだから、それに沿って進めればいいだけなので善は急げということだ。


 皐月の賢者ぶりにいたく感心を示した領主夫妻は、まだあの野望を捨てていなかったらしく、レディサフィアが、野心溢れる笑みで皐月の手を取った。


「皐月様、我が家のアルジャンに嫁ぐことを本気で考えて下さらないかしら。わたくしは数日でも皐月様と過ごして、本当の娘のように大切に感じますの」


「あ…………」


 その話を蒸し返されてしまったと、皐月は空を仰いだ。


「なになに? 皐月、わたくし達がいない間に色めいたお話しがありましたの?」


 稀星は興奮気味に詰め寄った。「水臭いですわ、全部はいて下さい!!」

 皐月がうんざりした顔で稀星から視線を外した。


「稀星さま、何もありませんよ。俺が皐月さまをリスペクトしただけです」


 アルジャンが前に出てきて、皐月と向き合った。


「皐月さま、俺、もっともっと勉強します。剣技も体技も頑張ります。そして立派になったら、――その時は、是非、俺を貰って下さい!」


 そう言うと、アルジャンは皐月の手を強く引っ張り「約束ですよ」と耳元で囁いてから、頬にチュッと軽く口付けた。


「きゃあぁ、素敵!」 稀星の頭からポンとお花が開花した。


 一方の皐月は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして茫然としている。


「皐月、大丈夫か!? しっかりしろ」


 穂積は皐月の周りでオロオロするばかりで煩いので、デュークが羽交い絞めにして回収していった。


 一堂が全員馬車に乗りこみ、御者から出立の掛け声が上がる。

 皐月は窓から顔を出すとドメック一家とドメック領城が見えなくなるまで手を振り続けた。清々しい気持ちと、一方で少し寂しさも感じるのはどうしてだろう。


ですわね、皐月」


「ば、バッカじゃないの? 稀星、私があんなお子様を本気で相手にするわけないじゃん」


 そう言った皐月の顔は真っ赤に上気している。

 でも、もし、本当にアルジャンが立派になって皐月の前に現れたら、その時に自分はどう反応するのか、そんな想像をするだけで愉快で温かい気持ちになった。


 その後、ドメック領の魔力ガスは再利用できる魔法石に生まれ変わり、それと同時に大気汚染も収まり、領民の生活が元に戻った。人々は使えるものは長く使うということ、少しくらいコストがかかっても再生品を買うことなど新しい生活様式が芽生え始めた。ドメック領から始まった新しい取り組みは、やがてラドメフィール王国全土に普及し、国土がさらにサステナブルで豊かに発展していったのは言うまでもない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悩み事なら相川皐月にお任せ下さい(JK3人組シリーズ番外編) 仙ユキスケ @yukisuke1000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ