第10話 アメストス親子

 徐々に鮮明な映像が途切れていく、どうやら今回見れる記憶の欠片はここまでのようだ。


 ゆっくりと目をあけるとどうやらロキも目を閉じていたようで同じようなタイミングで目を開け偶然お互いの目が合った。そういえば両手をずっと握られていたけど何か意味があったのだろうか?


「ごめん、君の頭の中に流れる映像を一緒に覗かせてもらった」


 うまくできるか不安だったから……もし出来るって胸張って失敗したら格好悪いかと思って•••事後報告でごめんとロキは謝ったがむしろエレナは驚いた。聞けばこれは共感覚という魔法らしい。ムギ大魔導師のように極めれば触れずとも相手の心の中を読めるようになるとか。改めて魔法ってすごい……!


「見様見真似で初めて実践で使ってみたんだけど……僕にもジェシカの記憶がきちんと見えたよ」


 初めてやってできるなんて……伊達に7年もの間大魔道士様のもとで修行したわけじゃなさそうだ。


「あの映像の髭の人が伯爵であの若い青年が息子、あの奥で少し睨んでいた女性は?」


「あれはイザベラ伯爵夫人、今の所推測ではあの人がジェシカに毒か何かを飲ませて殺した犯人だと思ってる」


 まだ所々の記憶の欠片しか覗けていないから断定はできないけれど……私は限りなく彼女が一番怪しい人物だと睨んでいる。ロキはふむと小さく頷いた。


「そうだね。一部の映像の憶測だけで判断はできない。慎重になっていいと思う」


 エレナもその言葉に強く頷いた。


「ところでエレナ、わかっていると思うけど僕はこの姿ではこれ以上君と一緒にはいけない」


 まさか見知らぬ男と婚約者が一緒に遊びにきました! なんて話が通じるわけがない。ここから先はエレナ一人で屋敷に向かわなくてはならなかった。


「そこで僕は考えたんだ、君は小鼠ベビーマウスは嫌いかい?」


「え、あの小さいペット魔獣のこと? 特別好き嫌いはないけど……」


 突然何故そんな事を聞くのか不思議に思っているとロキは目を閉じて、えいっ! と唱えると真っ白い煙に全身が包まれた。驚いて瞬きを一瞬した隙にロキの姿は小鼠と呼ばれている小さな魔獣に変身した。


 小鼠は5センチくらいの小さな魔獣で姿形はハムスターにそっくりでハムスターがなんらかの特別変異を得て進化した姿だと言われている。魔獣というだけあって怒ると威嚇しながら小さな炎を吐くという。知能が高く主人を守るために健気に威嚇し戦う姿が可愛いと大人気のペット魔獣だ。


 ロキが化けた小鼠はオレンジ色に輝く毛艶にふわふわの毛並み、瞳はルビーのような美しい赤で今まで見た小鼠の中で一番綺麗な姿をしていた。


「どう! この姿ならエレナのポシェットに忍び込んで一緒に行動できるってわけ!」


 ロキは誇らしげにえっへんと胸を張って見せた。あまりの可愛さにそっと手のひらに掬い上げ持ち上げてみると、彼は、ん? と首を傾げて見せた。か、可愛すぎる〜〜〜〜〜〜〜!!!!


「この姿気に入ってくれたようだね!」


 今は小鼠の姿のはずなのに、何故かよかったと笑うロキの顔が見えた気がした。


「それじゃあ行こうか」


 私は小さなポシェットに小鼠に化けたロキを忍び込ませ、屋敷へと向かって歩いた。時刻はお昼を過ぎている。炭鉱に行っていたとしても一旦別荘にお昼を食べに戻ってきてるといいけど……


 私は屋敷の前で一旦深呼吸をし、勇気を出してベルを鳴らした。程なくして年配の使用人がパタパタと走ってきて扉を開け訝しげな目で覗いてきた。


「どちら様でしょうか?」


「お初にお目にかかります。ジェシカと申しますわ。アデク様にお会いに来ましたの」


 私はジェシカになりきりとびっきりの笑顔で挨拶をした。すると使用人は頬を赤らめ恍惚した後、すぐにハッとしたように慌てた。


「アデク様の婚約者様でいらっしゃいますね?」


 私はえぇと胸を張って答えた。こちらへどうぞ。と言われ扉をくぐり、ようやく目的地であるアメストス家の別荘へと足を踏み入れた。


「アデク様と伯爵様は先に昼食を召し上がっております。来客が来るのとはお伺いしてなかったのですがお二人はジェシカ様が来られることは知っていたのでしょうか?」


「いいえ、サプライズで来たの。お二人をびっくりさせたくて」


「左様でございますか」


 メイドに案内されるまま屋敷の中を進む。そういえばこのメイドの名前を聞いておかなくっちゃ。


「貴方、お名前は?」


「あ、マーラと申します。……申し遅れて大変申し訳ございません」


 マーラはぺこりと頭を下げ、怒られると思ったのか少しオドオドした様子で目線に落ちつきがなかった。別に名前を名乗らなかったくらいで怒りはしないのに。私は頭を下げるのはもう結構よ。案内を続けて頂戴というとマーラは怒らないんですか? とでも言いたげに私を見た。


「別に怒らないわよ?」


 普段そんな小さなことで怒られているのだろうか?それとも心配性なタイプなのだろうか?どちらにせよそんなにびくつかなくてもいいのに。


 マーラはお咎めが無かったことに心底ホッとした様子で案内を続け、食堂に着くと扉を開けてくれた。恐る恐る、でもその気持ちが誰にもバレないように慎重に食堂へと足を踏み入れた。


 そこにはすでに昼食を食べ終え、談笑をしていたアメストス親子の姿があった。アデクは突然現れたジェシカを見て目を丸くした。そして大声で名前を呼ぶと一目散に駆け寄ってきた。


「体調はもういいのかい! あぁ……もう二週間も君に会えてなかったから嬉しいよ……」


「えぇ、アデク様。ご心配ありがとうございます。ご覧の通りもうすっかり良くなりましたわ」


 大丈夫、バレてないみたいだ。後は上手く話を合わせて……


「やぁ、ジェシカ。元気そうでよかったよ。家内に聞いた話によるとしばらく病に伏せていたんだって? すまないね見舞いにいけなくて……」


 伯爵はおいで、とでも言うように腕を広げて見せた。しかしこれは行くべきなのか? 記憶の欠片で見た彼も同じようにジェスチャーしていたけどあの時は別に抱き合ってなかったし、あれからどれくらい伯爵と仲良くなったのかわからない。私は少しだけ困ったようにアデクを見つめると、行っておいでと優しく促されたのでこれはもう行くしか選択肢がなかった。


「さぁおいで。その美しい髪を撫でてあげよう」


 私は遠慮気味に伯爵の腕に収まった。すると伯爵は言った通り優しく髪を撫でてから優しく背中をトントンとしてくれた。


「あぁ、可愛い私の娘よ」


「父さんったらまた僕よりジェシカを甘やかすんだから。言っておきますけど僕の花嫁ですからね?」


 ハハッと笑い合うこの親子からは敵意を一切感じなかった。それにこんなにジェシカを可愛がってくれる人達がジェシカを殺すわけないわ……やはりジェシカを殺したのは……


 そんなことを考えながらしばし伯爵に大人しく髪を撫でられ続けた。

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