第9話 東へ
窓から溢れんばかりの朝日が差し込み、近くで小鳥が歌を歌っている。心地よい温もりに抱かれ目が覚めると、目の前にはロキの顔があった。寝ぼけ眼でロキの顔をじっと見つめる。
整った眉、すっと通った鼻筋に白くて透き通る肌。長い睫毛•••ふむ。実に美男子だ。というか眠ってる顔がどこかジェシカの面影を思い出す。ジェシカを男の子にしたらこんな顔なんだろうか? でも二人は髪の毛の色も少し違うし、瞳の色は随分違う、ましてや二人から兄弟です、なんて話も聞いたことないし、多分私の気のせいだろう。
「……おはよう、エレナ。そんなに見つめられると流石に照れるよ」
ぼーっと一点を見つめていたらロキはパチクリと目をあけ、少しだけ頬を赤らめて笑った。夕焼けのようなオレンジの髪が光を浴びてキラキラ輝いていて頭がまだ完全に起き切っていない私は寝ぼけ気味に思わず綺麗、と言葉がこぼれていた。
その言葉にロキはびっくりしたように目を丸くした。そしてあぁ……君って人は•••と優しくはにかむと照れているのかボフッと枕に顔を埋めた。
私はその隙にベッドから降りようと体を起こした。するとバンッと勢いよく扉が開き、ビクッと体を震わせるとそこにはムギがベロンベロンに酔っ払った状態で立っていた。
「おー! 私の可愛い弟子達よー!」
ひっくひっくとしゃっくりを繰り返し、ヨタヨタの千鳥足でムギはベッドに倒れ込んできた。抱き枕を抱えるかのようにエレナの腰を掴むとそのまま引きづり込まれる。すっぽりと腕に収まった体をどうにか抜け出そうと身じろぐが力が強すぎてびくともしなかった。
「お師匠様、また自分のベッドと間違えてますよ」
慣れたもんだとでもいいたげにロキは倒れてきたムギを転がして腕から解放してくれた。そしてきちんと聞こえるようにムギの耳元で少し大きめの声を出した。
「お師匠様、僕しばらく旅に出てきます」
「おーおー、可愛い子には旅をさせろ、ってねー」
行ってこい行ってこい! とご機嫌に言い、にへへーとムギは笑うとそのままガクッと倒れ込み、いびきをかきながら眠ってしまった。
時刻は朝の6時を過ぎたところだった。ロキは朝食を食べたら早速出ようと部屋を出てキッチンへと向かった。二人でベーコンと卵、それに軽く焼いたトーストを齧った。
あとはタンスの中からムギが若い頃着ていたという上品なワンピースを一着拝借した。孤児院で来ていた服装のままだと疑われると言うロキの助言だった。他にも小さな鞄に必要な荷物を詰めて準備ができ次第すぐ出発をした。
本当についてくるのかと念の為最終確認をしたけれど、やはりロキの意志は変わらないみたいで結局二人で東にあるアメストスの別荘に向かうことにした。
移動は少し遠いため馬車を使うことにした。そこでエレナはハッと気づく。昨日お金を全部渡してしまったので無一文なのをすっかり忘れていた。
困ったようにオロオロし始めたエレナを見てロキは任せてよ! と大きく胸を叩いてみせた。エレナは後で必ず全部返すからと謝ったがロキは気にしないでと笑った。
二人で馬車に揺られ続けること4時間半。いい加減お尻が痛くなってきた。アメストス伯爵はどうしてこんな辺境に別荘なんて買ったのかしら……いくら鉱山があるからといえ進むにつれて道も悪くなり、人影もどんどん少なくなってやがてひっそりとした森に入った。
やがて馬車が止まり、御者が着きましたと声高らかに宣言した。ふと顔を覗かせてみるともう少し先にそこそこの大きさの屋敷らしい建物が見えた。
「すみません。これ以上はぬかるみがあり馬が通れないのです」
「ありがとうございます。ここで大丈夫です」
ロキは御者に金貨を払い先に地面に降りると、どうぞお手をとエレナに手を差し伸べた。まるで貴族の令嬢ような扱いをされたのは初めてで少し心がむず痒くなった。馬車は2人をおろすといそいそと街の方へと戻っていった。
「それじゃあエレナ。人もいなくなったしもう一度だけ見せてもらってもいいかな?」
私は小さく頷き、ポシェットからリップケースを取り出し、指ですくって唇に塗った。サァァァと風が髪を撫で、目を開けたら私はジェシカになる。
「すごいな……何度見てもどういう理屈なのかわからないや……」
ロキは目を見開いてまじまじとジェシカの姿になったエレナを見つめる。
「この後、リップを塗ってちょっとするとジェシカの生きていた頃の記憶が蘇るの。多分それがムギ大魔導師様が言っていたメモリーリップの力だと思う」
「それも魔力のある人間が使わないと起こらない現象だったよね? つまり少なからずエレナには魔法の才能があるわけで……でも変身魔法とかを発動しているわけではないんだよね?」
「そうね。勉強したこともないし、私自身は何かをしてるって意識はないんだけど……」
ロキとの会話中、また頭の中に映像が流れ始める。会話が途切れ動かなくなったエレナを見てロキはそっと両手を握り意識を集中させた。
『ジェシカ! 本当に君はなんて愛らしいんだ! 君のような美しい娘は他に見たことがないよ!』
絶賛の嵐に舌を巻くこの人は誰だ•••? 初めてみる顔だった。しかしすぐにこの人物が誰なのかわかった。青紫色の髪に美しく整えられた髭、キリリとした目は鋭く威厳と誇りに満ち溢れていた。
『アメストス伯爵様』
ジェシカはおずおずと頭を下げるが、伯爵は少し他人行儀なジェシカの発言にガハハと豪快に笑うと
『是非バルドお父様と呼んでくれ。君なら大歓迎だ』
と腕を大きく広げてハグを求めるかのような仕草を見せた。
『よ、よろしいのでしょうか……? お、お父様』
照れたようにはにかむようにジェシカは天使のような愛らしい笑顔で微笑むと、うんうん! とバルド・アメストス伯爵は満足気に頷いた。
『ハハっ、父さんもすっかりジェシカの虜だね』
伯爵の息子アデクが二人の様子を見て微笑ましそうに笑った。
『何を言っておる。お前のようなバカ息子によくこんな綺麗な嫁さんがきてくれたものだ』
いやーよかったよかったと三人で笑い合っているその奥にギラギラとした目で睨みつけるイザベラ伯爵夫人の姿が見えた。
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