第3話 花売りの美少女

『ジェシカ!』


 名を呼ぶ声は男性のものだ。徐々に鮮明に映し出される映像。髪は紫色の短髪で瞳の色は曇り空のようなグレー。もしかしてジェシカを嫁に欲しいと申し出たアメストス家の息子だろうか? なかなかの美男子だった。


 彼は心配そうにジェシカの手を握るがすぐにそれは一人の女によって払い除けられた。その女はこの間の記憶で見たアメストス伯爵家の夫人だった。


『アデクいけません、この子は病気になってしまったのよ。貴方にも害があるといけないわ、それに貴方これから一か月の遠征でしょ? 早く行きなさい』


 半分無理矢理アデクと呼んだ男の人を部屋から追い出すとベッドで横たわるジェシカに冷たい視線を落とし、夫人は血のように赤い薬と水が入ったコップを差し出した。


『いつもの薬よ、飲みなさい』


『でもお母様……』


『あら、貴方にそんな名前で呼ばれる筋合いはなくってよ?』


『……イザベラ様、私、そのお薬を飲むとすごく呼吸が苦しくなるの。飲みたくないわ』


 苦しそうに涙を流しながら今にも消え入りそうな声で懇願をしてもイザベラと呼ばれた夫人は悪魔のような笑みを浮かべ無理矢理ジェシカの口を開け、その薬を流し込んだ。


『ゴホッ、ゲホゲホゲホッ』


 大量の水を飲みきれなくて半分くらい枕の横に流れ落ちてしまい、ビショビショに汚してしてしまうとイザベラは腹が立ったのか弱りきっているジェシカの頬を思いっきり叩いた。


『ダメよ。ちゃんと全部飲むのよ、高い薬だったのだから』


 薬を無理やり飲まされて数分後、ジェシカは仰け反りながら血を吐いた。


『カヒュッ、ヒュッ、はぁ!がっ!!』


 呼吸が徐々に激しくなり、胸を抑えのたうち回りやがてジェシカは動かなくなった。夫人は満足そうに微笑むと一人のメイドを呼びつけ、指さしながらこういった。


『これは2人だけの秘密よ。火葬して焼いたら孤児院に送りつけて返しなさい。アデクには帰ってきたら病気で死んだと私から報告しましょう』







––ここで映像は途切れた。


 静かに閉じていた目を開いた。大丈夫。私は冷静よ。そう自分に言い聞かせて深呼吸を一つした。記憶の欠片からヒントを得て、必ずアメストス家の罪を世に暴いてやる……そう心に誓った。


 まずはあの無理矢理飲まされていた赤い薬。あれって……本当に薬だったのかしら? あんなに苦しがって吐血するなんて普通に考えて怪しすぎる……。


 もしかして何かの毒薬だったのでは? 病気のように見せかけて少しずつ殺していったのであればアメストス伯爵夫人はとんでもない悪女様だ。


「だったらジェシカは夫人よりもさらに悪女にならないと勝てないわね」


 何はともあれ、まずは情報を集めないと。今アメストス伯爵家の息子はどこに遠征に行っているのか突き止めてそちらに出向いてみよう。


 彼はまだジェシカの死を知らないはずだから都合がよさそうだ。それにどういう男だったのか興味がある。ジェシカに相応しい人だったのか、姉として確認させてもらわないとね。


 私はジェシカになりすまし、孤児院からもらった花を売り始めた。すると先ほどまで誰にも見向きもされなかった見窄らしい花売りは瞬く間に人に囲まれた。


「そこの可愛いお嬢さん、是非お花を売ってくださいな」


「君可愛いね。お名前は?」


「この後よかったらお茶でもどう?」


 さっきまでゴミ虫を見るかのように扱われてきた私としては流石にここまであからさまに態度が変わると笑ってしまう。しかしそれほどジェシカは愛らしくみんなに好かれる証拠だと思うと少し誇らしくなった。


 あっという間に花で溢れかえっていた籠は空になった。代わりに思ったよりも多くのお金が手に入った。気前のいい客は銅貨一枚でいいと言ったにも関わらずお釣りはいいからと金貨をくれたり……本当、つくづく思うわ。美人って得する生き物なのね。


 籠が空になっても声をかけてくる男は多くいた。しかし情報収集もしたかった私は適当に相手をしたり、あしらったりしているうちに日が暮れた。なので今日はこの辺で撤退することにしよう。


 私はまた路地裏の影に行き、紅を拭い、元のエレナの姿へと戻った。するとあの美少女はどこにいった? と街で軽く騒動が起きていたので早めに退散しようと後片付けをしていた時だった。


「あの……」


 不意に黒いローブを全身に身に纏った男の子に声をかけられた。


「すみません。もう花が全部売り切れて閉まったので今日はもうおしまいなんです」


 私は空になった籠をひっくり返して見せる。しかし彼は首を横に振った。どうやら花を買いに来た様子ではないようだ。でも今の私は美少女の姿ではない、ナンパではないとすると道にでも迷っているのだろうか? と首を傾げていると男の子は恥ずかしそうに口を開いた。


「エレナ、だよね?」


 と被っていた黒いフードをとり笑った。しかしエレナはこの少年の顔に見覚えがない。一体誰なのか? とひたすら考え、返事がなくただ突ったっている私を見て少年は少しだけ不安そうに名乗る。


「僕だよ。ロキだよ。覚えてる?」


 オレンジ色の美しい髪が揺れ、宝石のような潤んだ赤い瞳がこちらを見つめていた。

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