第2話 醜女のヒーロー

 私の名前はエレナ。歳は18歳。


 私の二つ下の妹のジェシカはとても美しい子だった。反対に私は幼い頃から顔に大きな火傷の跡があり目尻も少し釣り上がっているので目つきも悪く、よく無神経な大人達にジェシカと比べられ醜女と罵られたものだ。


 しかし、ママンが言うにはこの傷はこのフルール孤児院に来た時にはなかったと言うのだ。あ、ママンとはフルール孤児院にいる大人の女性達を指す言葉である。


 ママンと呼ばれる女性達はいわば幼い孤児たちの母親代わりの存在。たっぷりの愛情を注ぎながら18歳になるまでお世話をしながら一緒に過ごしてくれるかけがえのない私達の家族だ。そのママンが言うには私が11歳の時、紅龍レッドドラゴンの子供が孤児院に迷い込んできたという。


 子供とはいえ立派な魔獣に変わりはない。親とはぐれ、パニックになった紅龍レッドドラゴンを魔道士でもないママン達が止めることはできなかった。


 そしてその時、私は同じ孤児院のロキという子をとっさに庇って顔に大火傷を喰らうくらいの炎魔法を受けてしまったらしい。


 その後、偶然近くを通りかかった魔導士がなんとか紅龍レッドドラゴンの子供を討伐してくれたおかげで孤児院は最小限の被害で済んだらしい。


 そしてまともに紅龍レッドドラゴンの魔法を受けてしまった私は一週間も生死を彷徨ったらしい。なんとか奇跡的に一命を取り留めた代償か私は11歳より前の記憶があまり思い出せなくなってしまった。なのでロキという子も私が目を覚ました直後に養子に迎えられたらしく、あまりその子のことは思い出せないのだ。


 まぁ、つまり何が言いたいかというと、どんなにこの傷で醜女と罵られても、私のこの傷はロキという子を助けた勲章なのだ。その勲章を笑う奴など相手にする価値もない、私は何も恥ずべきことはしていないのだから胸を張って生きればいいのだ。


 しかし、そう私自身が思っていても中には私のこの悍ましい傷跡を見て泣き喚くものもいた。


 幸いにも私は記憶を無くしたのだから皆と少し距離を置けば誰も傷つかなくてすむと思い、事件以降一人部屋に篭るようにしていた。この痛々しい顔を見せてチビ達を驚かせてしまうのが申し訳なくて。


 でもその閉した扉を勝手にこじ開けてきたのがジェシカだった。扉を開けて私をみるなりジェシカは声を荒げて


「みっともない!!! みっともないです!」


 と言葉を続けた。最初はこの顔の悪口を言われているのかと思った。


 でも違った、この言葉は私に投げかけられた訳ではなく他の子供達に投げかけたものだった。


「お姉様はロキを守った、それはとても誇らしいことです。怖がるだなんてとんでもない! お姉様はかっこよくて優しくて美しい私の自慢のヒーローです!!!」


 それはおとぎ話を小さい子に優しく話すように、時に情熱的に語り聞くもの全てを惹きつけた。ジェシカの言葉は勇気となり、希望となり、光となった。この言葉がみんなに届いたのか、私はまた彼女のお陰で家族に戻れたのだ。


 そして今日18歳の誕生日を迎えて私はこの孤児院を出ることになった。


 この孤児院の卒業方法は三つ。


 一つ、養子に欲しいと名乗り出た家族が迎えに来ること。これは跡取りがいない、または何かの理由で子供ができない夫婦が男の子を連れていくことが多い。


 二つ、貴族の正妻または愛人として選ばれること。これは容姿端麗の女の子が選ばれることが多い。


 三つ、18歳になったら成人として自立して出ていくこと。


 孤児院だってボランティアではない。いつまでもそこにいたくても出ていかなきゃいけない時がある。私はこの醜さゆえ養子にも貴族の花嫁候補にも選ばれずただ荷物を纏めて出ていくしかないのだ。


「寂しくなるわね……」


 旅立ちの日にママン達が涙を流してお別れをしてくれた。ぎゅっとハグをされ、あぁ、もうここには帰れないのかと思うと胸が熱くなった。


「これは卒業生に渡す花籠だよ。この花を売りしばし食いぶちを稼ぐんだ」


 色とりどり、種類も様々な花が詰め込まれた大きなバスケットを手渡される。これは孤児院で育てたお花達。卒業生の一番最初のお仕事はこの花を売り、自分でお金を稼ぎ、生きていく術を知るという恒例行事だ。私は花籠と近くの街まで馬車で移動できるように少しの銀貨を貰い、孤児院を後にした。


 さて、まずは情報収集をしたい。


 それにこの花籠も大きすぎて移動には不向きすぎる、とっとと売り払って身軽になるのが一番だろう。だがしかし、私のこの見た目で貴族達が花を買ってくれるだろうか……?


 醜い顔は少し街を歩くだけで毛嫌いされた。わざと肩をぶつけてきたり、ヒソヒソと悪口が聞こえてきたり、全く損なことだらけだ。


 こっちは一刻も早くアメストス伯爵家に近づきたいのに……


「仕方ないわね」


 私はこそっと路地裏の陰に隠れて顔をスッポリフードで隠して周りに人がいないか確認してから唇に紅をつけた。そして手鏡を取り出し、自分の顔を確認してみると眩しいくらいの美少女がこっちを見て微笑んでいる。


 私は目を閉じてジェシカの記憶を読み取ろうと意識を集中した。

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