第4話 世間知らずは命取り

「ごめん、なさい。私、貴方のことあんまり覚えてなくて……」


 私は正直に話をした。するとロキはやっぱりまだ記憶は戻ってないんだ……とガックリと肩を落として見せたがすぐに気を取り直した様子で言葉を続けた。


「いいんだ! それより傷はもう傷まないかい? ここで何をしているの?一人?」


 捲し立てるようにロキは質問攻めをしてきた。私は少し驚いたけど私が覚えていないだけで元々こういう子なのかもしれないと納得し質問に答えた。


「えぇ、傷は特に傷んでないわ。今日院を卒業したの、一人よ」


「よ、よかったら! 今日は僕の家に泊まって行かないかい?」


 ロキは顔を真っ赤にしながらそう提案してくれたが、彼には悪いが私はこの人のことを何も覚えていないのでホイホイついていくわけにもいかず、丁重に断った。それに復讐を目的として動いているのにこの子を巻き込むわけにはいかない。私はなるべく単独で動くべきだと思った。


「残念だな……そうだ、ジェシカは元気かい?」


 それは何気ない質問だったと思う。彼はジェシカより先に院を出ていったのだから彼女がどうなったのか知らなくても不思議ではない。私は少しだけ解答に迷った。


「……えぇ、とっても元気よ」


 私は嘘をついた。何も知らない方が幸せなこともあると思ったからだ。ロキは不思議そうに私の表情を覗き込んだ。昔から我慢強く感情をコントロールするのは上手い方だと自負していたがなんだか心を見透かされているような気分になった。


「ごめんなさい。私もう行かなくっちゃ」


 なんだかロキの全てを見透かすような視線が急に怖くなってこの心の中の闇を見られまいと急ぎ足でその場を後にした。





––––さて、これからどうしようか。


 ジェシカの紅のおかげで花売りの収益は上場だった。今日はその売り上げでそこそこの宿を取れそうだが最初からあまり贅沢をするわけにはいかない。


 とりあえず今ある硬貨を数えようと街外れのベンチに腰かけ、薄汚れた麻の布からお金の塊をひっくり返した。金貨が二枚、銀貨が十枚、銅貨が三十四枚あった。これでしばらくは食べていけそうでホッとした。数えた硬貨を元の麻の袋に戻し、スカートの左ポケットに忍ばせた。


 まずはそろそろ腹ごしらえをしようかと思った矢先だった。急に後ろから麻でできた大袋を頭からすっぽり被らされ、暴れる間もなくヒョイっと担がれてしまう。


––––まさか! 人攫い?


 しまった! 油断していた! こんな夜遅くにこんな街外れを通るんじゃなかった! ジタバタと手足を動かしてみるが担いでいる人物は自分よりかなり大柄な男だったようでビクともしなかった。


「離してッ! 誰か!誰か––!!」


 大声を出してみるもののすぐに袋越しに口を塞がれた。このままでは本当にやばい! と冷や汗を垂らしていると急にエレナは宙に投げ出された。


 地面に少しだけ叩きつけられると痛みでうめき声が漏れた。あまりの痛さに悶絶していると被されていた麻の布を取り上げられまた視界がクリアになる。見渡すとここは街の外れよりもさらに奥の裏道だった。こんな外れにはまず普通の人は通らない。状況は悪くなる一方だった。


「嬢ちゃん、随分金持ちじゃんかぁ、俺たちにも分けてくれよ」


 へっへっへっと下品な笑い声が複数聴こえ、ふと顔を上げてみると三人の大男達に囲まれていることに気づく。そしてそのうちの一人が無理やりスカートのポケットを弄るように手を伸ばしてきた。


「やっ! 何するの!!」


「俺見たんだぜ?ここに金を入れてたのを」


 しまった! 人が見ているところで安易にお金を数えるんじゃなかった。街では裕福なものもいれば当然貧乏で乞食まがいなこともしている人もいるし、こいつらのような盗賊達もいる。


 こいつらはきっと私のお金目当てでここに連れてきたに違いない! そうエレナは判断すると、気持ち悪い手をなんとか払いのけてポケットからお金の入った麻袋を取り出し、地面に叩きつけた。


「これが欲しいならあげるわ!! もういいでしょ! 私を開放して!!」


 地面に叩きつけた勢いで袋の紐が緩み、何枚かコロコロとお金が転がった。男達は慌ててそれを取り合うように拾い始めたのでこの隙に逃げようとした時だった。


 一人だけお金に見向きもせず、逃げようとしたエレナの髪を徐に手で鷲塚みしてきた。ブチブチと何本かの髪の毛が引き裂かれる音がした。


「痛い痛い!! やめてっ!」


 お金も全部渡したのにどうして? 痛みで潤む涙ごしに男を睨みつけると息を荒くさせながら血走った目でこちらを覗き込んでいた。


「女……女……」


 涎をボトボトと落としながら身体中を舐め回すように向ける視線。ゾワっと背筋が凍った。違う……こいつはお金目的なんかじゃない……もっと悍ましくて……穢らわしい気持ちで私を見ているんだ……!


「お前そんな不細工でもイケる口かよ、どうしようもないやつだなぁ」


 男の仲間が痛ぶられている私を見てケラケラと楽しそうに笑ったと思ったら急にあぐっ! と鈍い呻き声がしてその下品に笑った男が崩れ落ちた。私は訳がわからなくてただ悲鳴をあげた。


「エレナ!」


 その声色は先程聞いたばかりの真新しい音色で私はびっくりして声のした方向に顔を向けると今度は目の前に無数の泡のような塊が浮かび上がった。男達は焦ったように悲鳴をあげ、それぞれ四方八方に飛び出して行こうとした矢先「逃さないよ」とドスを含んだ怒りの声と共にその泡は男達の頭にくっついたかと思うと顔全体を覆った。


「ゴボゴボゴボッ!」


 小さい海みたいな泡の塊に溺れかける男達。息ができないようで苦しそうにもがき苦しみやがてそのまま気絶した。ドサっと三回倒れる音がして自分の体より一回りも二回りも大きい男達がゴロゴロと地面に転がった。


 エレナは助かったと安堵するとそのまま足の力が抜けその場に座り込んだ。その姿を見て慌てて助けてくれた声の主が駆け寄ってくれた。


「ロキ」


 命の恩人の名前を口にしたら思わず恐怖で我慢していた緊張の糸が切れたのか自然と頬に涙が伝った。ロキは傍にきて膝をつくと手で涙を拭ってくれて少しだけ申し訳なさそうに笑った。


「ごめんね。さっき断られたのに結局心配になって探し回っちゃった」


「ううん。むしろ助けに来てくれて本当によかった……」


「立てそう?」


 ロキは手を差し伸べて立たせようとしてくれたがまだ足がガクガクと震えていてとてもすぐに立てそうになかった。しかし先程の男達の悲鳴を聞いてそろそろ人が集まってこないとも限らない。


 どうしようかと悩んでいると不意にエレナの体をヒョイっとロキが軽々と持ち上げた。


「えっ!?」


 生まれて初めてお姫様抱っこをされ、エレナは状況を上手く飲み込むことができずに変な声が出てしまった。


 そのちょっと抜けた声を聞いて愛おしそうにロキは笑うとそのままスタスタと街の方へと歩き始めた。ちょっ! ちょっと待って! なんなの! この状況! 立て続けに起こる出来事にパニックなった頭はもう煙が出そうなくらいオーバーヒートしていた。


「い、いいよ!重いし!」


「大丈夫だよ」


 まだ幼さが残る可愛らしい笑顔でロキは笑う。


「今度は僕に守らせて。僕の可愛いヒーローさん」


 突然耳元で囁くように甘い言葉を与えられ、もうどうしようもないくらい顔が真っ赤になり、大人しく足の震えが止まるまで抱かれる他選択肢はないようだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る