第43話

 あの山――。


 かいがリーヴと共に中津川なかつがわ真誠まことを殺した、始まりの場所とでもいえる場所だ。


 中津川なかつがわ真誠まこと西谷にしたに みやぴの一件で警察の捜査が入った結果、浮浪者が行き倒れになっていた事が分かって以来、人が来る事が極端に少なくなった場所であるが、介がくくわなを仕掛けた跡は見えない。


 仕掛けるのは同じ場所だ。雅も引っかからなかったが敬香ならば引っかかるか、それとも雅ですら引っかからなかったのだから同じく敬香けいかも引っかからないか、その判断はつかないが。


 それを躱した位置くらいに、水鉄砲を仕掛ける。今までは引き金にくみ来れていたバネを逆にし、支えておかなければ引き金が引かれてしまう様にセットされたものだ。引き金にストッパを入れ、それを糸で繋ぐ。


 引っかかれば連鎖的に反応するように仕掛けた罠は、敬香が引っかる事を期待して仕掛けたというよりも、自分の死角をカバーするように仕掛けている。


 陣取る位置も、雅の時と同じ。雅の時は罠に頼るしかなかったが、今は銃がある。ガス発生器が仕掛けられた特製のカートリッジは、4グラムのペイント弾を時速600キロで飛ばす。このスピードだけは、敬香の回避が可能かどうかが問題ではなく、介が当てられるかどうかだけが問題になる。


 ――人間が注意して見られる範囲は120度。


 大輔に教えられた事を思い出し、繰り返す介。


 120度を自分の視界で、その外の120度を罠でカバーする。もう120度は隙になるが、その120度は背後――特に山を越えてこなければならない位置になる。


 木の根元に腰を下ろした介は、フーッと静かに長く溜息を吐いた。


 ――相手よりもグダグダになった方が負ける。


 そう思うと、自分の行動に自信など持てない介は黒々とした不安に塗り潰されそうになってしまう。


「介くん……」


 そばに来ていたリーヴも、それだけ心配している。6人を殺してきた介だが、そのどれもが楽勝であった事はない。殺されていてもおかしくない事態の連続で、6人の経験があるから最後の一人が楽勝になる訳もなく、寧ろ逆の未来が浮かびやすい。


「……」


 木の根元に腰を下ろしている介からも、大丈夫という言葉が出てくる気配はなかった。死なないでといったリーヴに、それは約束できないといった介なのだから。


 しかし大輔が残した銃の説明書に視線を落としている介は、死なない約束はできずとも、いえる言葉はある。


「勝つよ」


 大輔が残した最後の言葉は、「勝つんだよ!」だった。介に届けられなかった声も、説明書を結んでいる言葉も。


「勝つさ」


 自信を奪われ、何事に対しても不安しか持てない介だが、これは自分を奮い起こすための言葉ではない。


小蔵おぐらさんは――この7人は、戦うのが好きなんじゃない。勝つのが好きなんでもない」


 十分な理由がある。


 顔を上げた介は、確信した言葉を出す。



のが好きなんだ」



 大輔が死んだ事で、介に宿った「回答」だった。


 40人中39人のユートピアというシステムは、39人のために一人を苦しめる事を要諦ようていに持つシステムであり、39人を勝たせるシステムではない。事実、大輔の代では、自称は兎も角として、勝者はいない。


 7人の親など、寧ろ敗者ではないか。


 寧ろ大輔自身が辛うじて勝者といえたかも知れないが、その大輔とて死に様は非業だった。


 誰も勝者を生み出す事の出来ないシステムを、未だに維持している7人の本質は、戦う事が好きな訳でも、勝利が好きな訳でもない。寧ろ挑む事それ自体を嫌悪すらしている。


 リーヴに魔法をかけた魔女が仕組んだ「ゲーム」の本質も、行くところまで行った減点主義だ。


「ノーミスでも、50点くらいまでしかいかないと思ってる。そしてどんどん減点していく。僕はいつも0点を行ったり来たりしてるくらいでしょ、小蔵さんの感覚だと」


 本質を突いている。地浜友幸も濱屋毅世子も、不満を受け止めて泣く事が介の社会貢献だと明言していた通り、介に失敗しかしない求めていない。



 仲良し7人組は、減点する事が好きなのだ。



「相手が狙ってくるのは、僕が失敗する事。スタートした時点で失敗にしてるから、100点からスタートじゃなくて、半分からスタートした事にする。けったんなんて謎ルール、それでしょ」


 大輔の時にもあった謎ルールの答えに、介は辿り着いている。


「見つけたら勝ち、見つけられたら負けのかくれんぼに、見つかってもダッシュして大声出したら勝ちなんてルールを追加して、知らない方が悪いって態度にする理由は、失敗させたいから。で、たまに僕が早くても、7人がかり僕の負けにする。僕が負ける事が好きな7人は、自分たちの好きな事は当然だから」


 だから敬香は、介に勝つためには来ない。


 介を苦しめるためにやってくる。


 そして苦しめる事を中心にするからこそ、介は勝てると踏む。


だ」


 介も大輔と同様の答えに辿り着いた。



 介には、それが尽きるまで死なないポイントがある。



 7人の魔法少女が身に着けている魔法は、人間を即死させられる威力があるのに即死させてこないのは、介にも大輔にも十分すぎる程の後悔をさせるため。


 後悔するまで死なないならば、これを表現する言葉はヒットポイントHPしかあるまい。


「ルールが違う」


 今度は介が謎ルールを駆使する番だ。


「審判がいる」


 このゲームのルールは、プレーヤーが違える事はできない。


「僕のHPを削ろうっていうのなら、それでいい」


 大輔が削られた姿を見ている。敬香は、耳を削ぎ落とされ、目を潰され、腕を切断された大輔の姿に恐怖を覚えると思ったのだろうが、大輔は証明してくれた。


 殺すチャンスはいくらでもあったのに、えびす 健沙けなさは全て無視して痛めつける事を選んだかこそできてしまった姿である。


「僕は、相手を即死させる攻撃を振るうだけ」


 介は好機があれば躊躇いなく殺す。


 ――狩人は獲物の領域に踏み込まない。自分の領域で勝負する。


 介が忘れてはならない大輔の言葉を心中で繰り返していると、セミの声はいつの間にか消えていた。


 昼行性のセミから、薄明薄暮性のヒグラシに変わった時間帯を敬香は狙う。


 ――回りの音に集中しろ。


 人が近づいてくれば、セミやヒグラシの鳴き声に変化が起こる。


 ――止まったのがいる!


 ゆっくりと銃を構える介。


 ややあって、その耳に届く音が!



 ばちん――括り罠のバネが収縮した音だ。



 ――罠にかかった!


 括り罠を仕掛けた方へ向けるのは、あくまでも目だけ。身体ごと振り向けてしまうと、自分の所在をばらす事に繋がりかねない。


 罠にかかっているなら、ゆっくり始末すればいい。


 罠が誤動作したのならば、敬香を待ち続ける。


 果たして介の視線に敬香は――いない。


「!?」


 だが介の耳に、もう一つ、聞こえる音がある。


 ピンッとストッパが外れる音と、水鉄砲が発射された音だ。


 今度も視線だけ向けるが、敬香はいない。


 何が起きているかを告げたのは、リーヴだった。


「念動の魔法……」


 敬香が身に着けている魔法。


 そして罠は一度でも作動してしまえば、二度は作動しない。


 括り罠の方向から、敬香は走ってきた!

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