第36話
「寝ているといい」
「ここからは一人では絶対に抜け出せないって見えたから」
「せめて、いい世界を作ってやるから」
***
その日の一時間目は道徳だった。
――そんな日、あったっけ?
担任が読み上げるプリントの内容は――、
「ヒキガエルとロバ」
――あれ?
小首を傾げる介は一度、習った覚えがある。
その内容を担任が読み上げていく。
「あの日、道にヒキガエルがいました」
文章と共に描かれている
「ヒキガエルは晴れた日の道を、気持ちよさそうにピョンピョンと跳ねていました。そこへ水鉄砲を持った男の子が来ました。男の子は、その水鉄砲でヒキガエルを撃ちました」
ニヤニヤと笑っている挿絵の男の子が、何故、そんな事をしたかのまでは書かれていない。ただ水鉄砲で撃った、とだけだ。
「水鉄砲の中身は何かの薬品だったらしく、ヒキガエルは顔が
挿絵の中で、ヒキガエルに水鉄砲を発射した男の子は、相変わらずニヤニヤと笑いながら麦畑に隠れていた。
「男の子は、ヒキガエルがロバに
プリントの挿絵は、ヒキガエルを避けていったロバを呆然と見送る男の子の背で終わっている。
「さて、この物語で思った事をいって下さい」
担任がいい終わると、すぐに何人かの手が上がる。
「はい、
担任が指名したのが
「男の子が酷すぎ。水鉄砲の中に入れてるのを生き物に向けたらどうなるかなんて分かってるだろうし、その上、殺されるのを観察してやろうなんて終わってます」
仲良し7人組が口々に同意を示し始め、担任も「そうですね」と頷いた。
「何かを傷つけて平気な人に、明るい未来なんてありません。しかも死に様を観察しようなんていうのは最悪。小蔵さんのいう通りです」
その時、介が抱いてしまった嫌悪感は、果たして何が原因だろうか?
その違和感が介に手を上げさせた。
「
担任の声は、まるで議論は結着した後だろうとでもいいたそうなものだったが、介は敬香たちとは違う意見がある。
「これは、ロバが凄いです」
介は男の子を責める気にはならない。
「野菜をいっぱい載せてるっていう事は、重くてスピードがついたらそう簡単に曲がれないのに、この時、ヒキガエルを助けるためだけに凄い力を発揮したんですから」
既に起こった悲劇の責任を追及するよりも、次に起こる惨劇を止めたロバを誉めるのが、本来の介なのだ。
「助けても、何の得をしないカエルを助けようとして、本当に助けたロバは優しいです」
例え悪い夢だったとしても、介は忘れない。
介は復讐者となって人を傷つける側に回った。自分が手にしている武器は、全て魔法少女に苦しみを与えて殺す武器で、今まで
しかし思う。
――リューくんだ。
誰もが無視する、傷ついてたところでどうでもいいと思っているヒキガエルはブサネコになったリーヴで、誰に拍手されるでもないのに助けたロバは、リーヴを初めて見た時から友達になりたいと思い、友達になったリューなのだ、と思った。
「ロバは、賢くて、優しくて、強くて――」
言葉が終わるより先に、介の視界にザッとノイズが走る。
***
「失敗だ。これじゃない」
***
担任がプリントを配る。
「これは有名な川中島の戦いです。上杉謙信と武田信玄は有名な戦国大名ですね。その二人が実際に戦った合戦です」
歴史の授業だ。
「領土拡大を目指して長野県を支配下に置こうとした武田信玄は、長野の太守から救援を要請された上杉謙信と戦いました」
プリントには長野市にある、有名な二将の像が載せられている。上杉謙信の太刀を軍配で受け止める武田信玄の像だ。
「武田軍は2万人、上杉軍は1万3千人の兵士を引き連れ、結果は武田軍の戦死者は4千人、上杉軍は3千人でした。武田はその中に、副将の武田信繁や、軍師の山本勘助も含まれています」
細かな点を挙げればキリがないのだが、小学生の教材としてはマニアックな方だろう。
「両方が勝利を主張し、世間では引分けだといわれています。みんなは、どう思いますか?」
ディスカッションしろと担任がいうと、やはり何人かが手を上げる。
「はい、
担任が指名したのは
「引分けっておかしいです。数が少ない方がいっぱい敵を倒してるし、実質、上杉謙信が勝ってます」
また教室内からそうだそうだと声が上がる。
「そうですね。副将や軍師など、倒されたらいけない人が倒されています」
担任が締めくくろうとしたところで、やはり介は手を上げた。
「鷹氏くん? どうかしましたか?」
また担任の声は議論が結着した後に何だという調子であるが、
「上杉謙信は勝っていません。寧ろ負けています。上杉謙信は長野の太守から要請されて援軍に来てるのに、結局、長野は武田信玄が支配してるんだから、武田信玄は目的を達成していて、上杉謙信は目的を達成できていません。達成した人と達成していない人を比べたら、達成した人の勝ちです」
しかし、いいながら迷う。
――負け? 負けでいいの?
上杉謙信がの出兵は、何の得にもならない防衛だった。武田信玄を撃退しても、長野は上杉謙信が手に入れる訳ではない。
要請されて戦い、戦力的に劣る中で副将と軍師を斬った者を負けと断じて良いのだろうか?
結果、戦国時代を通してみれば、この川中島の戦いは武田が滅亡してしまう遠因になっているし、上杉家は幕末まで家を存続させている。
――頑張れるか? 地獄行き確定なのに……。
介の中に蘇る
上杉だ武田だといわれれば、比べものにならないくらい小さいし、比べてはならない汚い戦いであるが、地獄に落ちる事が確定して尚、復讐を望んだ介に、誰かの勝ち負けを口にしていいものなのか?
「いや、結局――」
また目が眩む様なノイズが走った。
***
「これも失敗だ」
***
担任がプリントを配っていく。
「名前や数字に間違いがないか確認して下さい」
プリントに描かれているのは、身体測定の結果。
「どうだった?」
友幸に話しかけられた時、介は「何で?」と思った。
――地浜さん?
話しかけられる事など予想していなかったし、気が釣る話せる仲ではなかったはずという思いが介にある。
「私、身長が1センチ伸びてた」
「僕は……これだと、2ミリかな?」
149センチから、149.2センチになっている事を告げた介に、友幸は笑い出す。
「2ミリって、そんなのまで測れる訳ないでしょ」
「……」
介は目を
「10ミリが1センチなんだから、1ミリは0.1センチ。0.2センチ伸びたった事は、2ミリ伸びてる」
ノイズが走った。
***
「何なんだ、こいつは!」
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