第7章「瓶詰めの地獄編」

第34話

 えびす 健沙けなさかいによってとどめを刺された時、小蔵おぐら敬香けいか地浜ちはま友幸ともみは比較的近くにいた。疾走する大輔のスポーツセダンを追うには、健沙が身に着けている風の魔法が必要だったから離れているといえば離れていたが。


 もし大輔を喪ったタイミングで二人が攻撃を仕掛けていたら、介も落命していたかも知れないが、そうはならなかった。


 惨殺しようと思っていた大輔であるから、大クラッシュしたスポーツセダンが炎上した事は関係ない。


 敬香の足を縛り付けたのは、介が放った銃弾。


 ――何? あれ……。


 敬香もソフトアエガンは知っている。10歳用のものも18歳用のものも。


 敬香が知っているソフトエアガンは目で追えるスピードだったはず。


 だが介が撃ったペイント弾は、時速600キロ近く出ていた。



 目で追えない銃弾は、流石の敬香も脅威を感じる。



 ホビーショップの店員が違法性を感じたプレチャージ式のカートリッジは、4グラムのペイント弾に50ジュール――通常の50倍もエネルギーを発生させた。


「ッ」


 一度、敬香はパンッと音を立てさせて、自分の口元を手で隠す。ひょっとすれば顔を青くしていたかも知れない敬香だが、いつまでもそのままでいる敬香ではなかった。


「友幸、帰るよ」


 きびすを返す敬香。


「え? でも……」


 今、眼前で健沙が殺されたんだ、と目で訴える友幸を、敬香は無視する。


「おっさんは始末できた。それで十分じゃない」


 介にダメージを負わせたのは間違いないのだ。これが介は保護者を二度、失った事になる。


「骨身に染みて分かったでしょ。分かってないなら、本当に低次元よ」


 低次元――それを口癖の様にいっていた西谷にしたに みやびを思い出させ、友幸の表情をより深刻なものにしてしまう。


「ケイタカ、もう5人もあんなのにやられてるのよ!?」


 友幸は何でそんなに冷めてるんだといいたかっただけで、決して責めた訳ではなかったのかも知れないが、敬香の足を止めさせたのは、責められたと解釈した敬香の苛立ちだ。


「ピーチクパーチクうるさいよ、ピースケ」


 それは扇谷おうぎがやつ保育園時代、背が低く騒がしかった友幸につけられた、不本意なあだ名。


 小学校に上がり、介が現れて以降は使われる事のなかったあだ名であるから、出て来た理由は敬香の怒りだと察するのはやすかった。


「5人がどうしたって? 健沙はちゃんと相打ちになってくれた。他の誰もできなかったけど」


 敬香が口にしている言葉は、字面だけならば健沙の戦果を讃えているともいえるのだが、直に聞いている友幸だけは違って聞こえる。


 ――じゃあ、他の4人は何だったっていうんだよ!


 敬香にとって、この仲良し7人組という存在は何だったのかを疑う友幸だったが、勿論、それを口にはできなかった。



 はあるのだ、厳然と。



 この仲良し7人組の中心にいるのは敬香であり、それが二人にまで減ってしまった今、敬香と友幸の関係は主従に近い。


「それより――」


 そんな家来へ敬香がツカツカと近寄った。


「あんたは、どうするの?」


 言葉と共に視線で射貫く敬香に、友幸が返せたのは、一言ですらない一文字。


「は?」


 いぶかしそうな顔こそするが、何を求められているか分からない程、友幸も鈍感ではない。


 しかし敬香は鈍感扱いする。


 人差し指を立て、友幸の胸元をトントンとノックするように突きながら、


「健沙の事じゃない。悟依でも雅でも真誠でも毅世子でもない、あんたは何をどうするの? って聞いてんの」


 友幸が持つ魔法は、精神感応と予知。


 直接攻撃できる魔法ではないのだから、何をどうするといわれても言葉に詰まるのが当然というもの。


「どうするの? どうしてくれるの?」


 敬香は声色を強めていく。、


するか?」


 鼻先3センチくらいまで顔を近づけた敬香が口にした言葉、昇格――。



 直接、いっていないと敬香はいうだろうが、それはという意味である。



「折角、予知があるんだ。頭は生きてる内に使えよ」


 ほんの何時間前にできないと告げていた友幸へ、敬香は知るかと告げた。



 ***



 リーヴを連れて大輔のアパートに帰ってきた介は、玄関のドアを開閉するだけで限界だった。


 へたり込む。怪我など一切、していないが、気力が尽きている。


大輔だいすけ叔父さん……」


 しばらくリーヴが治癒の魔法で粘っていたが、10分で効果が現れるはずが、20分も30分も経ったというのに、大輔が起き上がってくる事はなかった。


 電灯が点きっぱなしになっているリビングから漏れてくる光が、蓋を開けたままの桐箱に入れられた銃を照らす。


 桐箱には銃の他にも大輔が手書きした説明書も。


 ――この銃は、銃身にはステンレス、グリップにはラバーグリップを使ってる。どっちも金属アレルギーやラテックスアレルギーを起こすから、敵に奪われる心配は少ないと思う。


 余り見慣れていないが、紛れもなく大輔の字だ。


 ――プレチャージ式のカートリッジを使ってるけど、中にはガスじゃなくガス発生剤を詰めてみた。計算上は50Jは出る。ペイント弾は、漆の樹液を混ぜた特性の塗料を入れた。命中させたら威力を発揮してくれるはず。試しに13発ある。残り3人なら行けるだろ。


「二人にしたよ」


 読みながら、介は言葉を震わせていた。


 ――50Jだから、4グラムの弾を時速600キロくらいのスピードで飛ばせる。射程は50メートルってとこかな。ダブルアクションだからトリガーだけで発射できるけど、しっかり狙う時は、ちゃんと撃鉄を起こして使うように。トリガーの絞りやすさが違うから。


 弾速、携行性、速射性、射程と、今までの水鉄砲や動力噴霧器が持っていた欠点をクリアしたエアガンは、大輔が用意できる、まさに最後の武器。


 弾数が13発しかない事は弱点だが、これは大輔が供給できるものだった。


「大輔叔父さん……」


 介が読んだ最後の行には、大輔が叫んだ最後の言葉が書かれている。


 ――勝つんだよ!


 これは介に残した手紙ではない。


 銃の説明書だ。


 なのに介にとって、一番、大輔を感じ取れる形見になってしまう。


「介くん……」


 寄り添ってきたリーヴを、介は初めて出会った時と同じように抱きしめる。


「暫く、こうさせてて……」


 介は声こそか細いが、嗚咽おえつは漏れなかった。

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