第32話
――やっとやる気になった。
――できないとか何とか
健沙はハンと鼻先で笑うと、共に並んで見ている
「車だと、ケイタカでも追いつけないでしょ。こいつは任せてよ」
県道や市道も交差点が新滅信号になっている時間帯であるから、国道といえども車通りはなく、大輔のスポーツセダンは制限速度を超えて走っていた。
「任せるわ。ミスしないでね」
敬香も任せるという健沙の魔法は風。
健沙は思う。
「私と比べたら、悟依なんて浮かんでるだけだったでしょ」
風こそがスピードを支配する魔法なのだ、と。
「友幸、どうなってるか中継してよ。ケイタカと――」
道路へ出て行く健沙は、スッと顎をしゃくる。
その方向にあるのは、大輔のアパートだ。
「わかった」
友幸は目を
「あ、来た来た」
敬香が目を細め、脳裏にスポーツセダンを追い始めた健沙を見つけた。悟依よりも早く飛べるという健沙だが、最初から飛び掛かるのでは面白くないと考えたのか、道路を走らせているのはキックボード。
面白くない――これは仲良し7人組にとって最優先事項である。
相手をねじ伏せられるから面白いのだ。
それはドッジボールでも、けったんでも同じ。仲良し7人組は誰よりも早くタッチしていると判断するのが当然であり、ドッジボールでも
当然、メンバーも厳選する。
――私たちは他の奴とは違う。
健沙にとって仲良し7人組は特別な存在であり、尊重されるのが当然である。
――あいつらには価値がない。
仲良し7人組に入れない者は、将来にわたって浮かび上がれない負け組であるのが法律に等しい決まり事だ。
だから介が仕掛けてきた事は最悪としか断ぜられない。
――後悔させてやる。
健沙が省略した主語は、介でも大輔でも成立する。
自分たちに刃向かう介は、何もかもを奪われなければならない。
介の側につく様な、バカの極みとでもいうべき選択をした大輔は、自分の愚かさを血を流す激痛の中で思い知りながら地獄へ落ちる存在だ。
それを骨の髄まで知らしめてから殺す――そう決めた健沙はまずはキックボードで追跡する。
「ん?」
第六感というものだろうか、大輔はルームミラーで後ろを確かめた。そして思わず出した声は裏返った。
「何だァ?」
街灯は十分に明るく、故に何が走ってきているのか分かっているが故の「何だァ?」である。
キックボードは、片方の足で地面を蹴って走らせる乗り物なのだから、大抵の場合、加速と脚の動きは一致しているはず。
だが健沙の動きはゆっくりしているように見えるのに、スピードはバイク並みに加速してくる。
「ッ!」
この状況を見て敵と判断しなかったら、大輔は間抜けの烙印を押されていたところだ。
スポーツセダンを思い切り加速させる。
そのスポーツセダンが限界まで加速しているというのに、背後から迫る健沙は追い付いてくる。
「クソッ……クソッ!」
毒突くくらいしか大輔にできる事はない。
健沙が近づいてくる。
――風の魔法か!
介の祖父であり、自身の父親である
接近してくる。
大輔からも顔期がハッキリと見えるくらいまで来たところで、健沙は大袈裟な程、口角を吊り上げて笑って見せた。
大輔は息を呑まされるが、それでも一つ、自分が辿り着いた答えだけは放棄しない。
――こっちにはHPがある!
こんな距離まで近づいてきた理由は、即死させる気がないからだ。風の魔法は分厚い金属が断てない可能性もあるが、第一の理由はそれに違いない。健沙が友幸に中継させている理由は、大輔が
ならば無傷では済まないが、大輔は命を長らえられると解釈する。
「隙あり!」
自分を奮い立たせる様に気合いの声を上げ、大輔は愛車をオートマティックからパドルシフトへと切り換えた。回転計と速度計の間にあった文字がDから6へと切り替わる。
左手が添えられているパドルを操って数字を下げれば、本質はオートマティックのスポーツセダンだが、マニュアルミッション
より一層、エンジンの音が大きく、高くなるが、それと反比例する様に車は速度を落としていく。
健沙を置いてけぼりにし、完全に車の前に出てしまったところで大輔はもう一度、パドルを操作し、数字を上げた。加速が再開され、こうなっては大輔も健沙を弾き飛ばす勢いで走らせる。
――くたばれ!
この状態で大輔ができる攻撃は体当たりしかない。人間は時速40キロ以上で追突されれば命に関わるのだから過剰なスピードだ。
しかしスポーツセダンが弾き飛ばしたのは、健沙が乗っていたキックボードのみ。
「何だ!?」
大輔は目を疑う。
健沙は飛翔したのだ。
ここが、イオンクラフト――つまり浮いていただけの
上空へ飛び上がった健沙は、大きく孤を描いてスポーツセダンの屋根に舞い降りた。
「くそッ!」
ドンと大袈裟な程、車内に響いた音に大輔が呪いの言葉を吐き出す。
振り落とそうと蛇行するのも、このスピードでは危険だ。時速100キロを超えれば、一般道の車線変更は曲がる事と大差ない。アウトに振られれば自滅する未来が待っている。
「手詰まりか? どうする!」
大輔が吐いた言葉は、自分に言い聞かせると共に、天井の上にいる健沙へも向けられている。風の魔法は健沙の身体を安定させているが、風の攻撃は車を切り裂くには至らない様だ。
大輔がいう通り手詰まりか? ――いや違う。
風とは圧力を変化させる事でもあり、それは室内のボタンを押す事も可能にしている。
窓が開く!
「!」
それに気付いた大輔だが、ハンドルから手を離す事はできなかった。それだけのスピードを出してしまっている。
窓が開き、ニュッと健沙の足が伸びてきた。
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