第30話

 予知は最も恐ろしい魔法であるというのは、かい大輔だいすけも、仲良し7人組も分かっている。


 誰が何をしようとしてどうなるかが事前に分かるのならば、阻止も達成も容易いというものであるが、この能力に大きな落とし穴がある事は、使用者である地浜ちはま友幸ともみしか知らない。



 大抵の魔法がノーリスクで使えるが、この予知だけはリスクを背負う。



 このゲームをデザインした魔女も、予知をノーリスクで使えるのではゲームが成立しないと知っていたからだろう。


 仲良し7人組で残っている3人が集まった昼下がり、友幸だけは青白い顔をしていた。本当ならば家で横になっていたいのだが、それを押して来ている。


「それは――」


 健沙けなさからの提案に、溜息を繰り返す様な呼吸で答える。


「できる訳ないだろ」


 拒否を。


 健沙からの提案は、介と大輔の行動を詳細に予知する事であり、あらゆる意味で当然の事だったのに対し、友幸は文字通りすげなく断った。


「あん?」


 自分の提案を拒否された健沙は、眉間に皺を寄せて詰め寄る。


「今更、何いってんの?」


 介から大輔を奪うのは、健沙の私事わたくしごとではなく有効な手だ。介が使っている武器は、全て大輔が作っているのだから、大輔がいなくなれば追加はない。ブラックライト、くくわな、水鉄砲、動力どうりょく噴霧ふんむ機は、全て欠点があり、対処できる。大輔に消えて欲しいタイミングは今しかない。


悟依さとえの時に、私とケイタカを呼んでたら終わってたのに呼ばなかったよね? 本当は裏切って鷹氏たかしと繋がってんじゃないよね?」


「そんな訳ない」


 健沙の言葉を即、否定する友幸は、カッとなった一言を口に出しただけでも、ゼィゼィと肩で息をさせられた。


 その息切れこそ、予知の魔法が抱えるリスク。



「予知は、外れると私にダメージが来るの」



 友幸が口に出したのは、決定的な弱点だった。


 予知なのだから、確定した未来でなければならない。「殴られる」と予知したならば、殴られなければ外れた事になる。それは「予知したから回避できた」という言い訳をさせない程。


「私が予知できるのは、変えなくてもいい結果だけ。もし、おっさんが7時に帰ってくるって予知して、あんたら二人がおっさんを殺して7時に帰ってこなかったら、私にダメージが来る」


 友幸が予知しても比較的無害でいられるのは、「殴られた」というような「結果」ではなく「右ストレートが来る」といった「方法」を予知する事だ。


 今、友幸が負っている不調は、それらを忘れて悟依に「野村聡子を襲えば、もっと悲惨な事が起きる」という結果を予知し、回避させたため。


 それに対する健沙の感想は一言に集約できる。


「使えねェ」


 こんな時に自分のダメージを第一に考える様な見下げ果てた奴だ、といわれたも同然なのだから、友幸も大人しくはしない。


「……」


 身構えるでもなく睨み付けるのは、友幸の魔法が炎や電撃ではないからか。


 健沙は軽く手を――、


「止めなって」


 だが魔法が交叉する寸前、敬香けいかが健沙の手を掴んで二人の間に割り込んだ。


「友幸がダメージ受けるっていうのなら仕方ないじゃない。無理強いはできない。裏切り者だなんて思ってないよ、私は。勿論、健沙だって。慌てただけ。でしょ?」


 掴んだ手を眼前に引っ張り上げながら振り向いた敬香は、有無をいわさない圧力を放つ。


「でも友幸も、こうなったら我慢してよ。アパートごと燃やそうとしても、もう手が足りないよね」


 介の母親と祖父母を焼き殺した時は、炎を操るみやびと、電撃を操る悟依がいたから発火も容易かったが、もう二人はいない。


 敬香、健沙、友幸の3人では、もう証拠を残さずに火を点けるのは難しい。


「おっさん始末するの、協力していかなきゃダメだから」


 健沙へ向けていたのと同じ顔を友幸へも向ける敬香。


 二人とも首を縦に振ったのは、団結だろうか?



 ***



 今まで作ってきた武器を前に、大輔は大きく溜息ためいきいた。


 それぞれ弱点がある事は心得ている。


 ――ブラックライトは、それこそ殴り合いする様な距離じゃなきゃ使えない。


 中津川なかつがわ真誠まことに使ったブラックライトの弱点は射程。


 ――括り罠の弱点は、空を飛べる奴には使えない。


 西谷にしたに みやびに使った括り罠は、空を飛ぶ相手には効果的に使いにくい。特に、まだ風の魔法を使う女児が残っており、その相手には使える場面が限られる。


 ――水鉄砲は、連射ができない。


 モータで射程を稼いだ水鉄砲は、一度でも圧が抜けてしまえば再圧縮が必要になる事と、タンクの容量も2回の射撃が限度という弱点がある。


 ――動力噴霧機は、俺が一緒にいる時だけか。


 大輔の愛車から動力を取っている動力噴霧機は、長射程と速射力に優れ、またタンクも車内に積んであるものだから何回でも射撃できる大容量が、使用は大輔と介が揃っている時に限られてしまう。


「実は、もう一つ……あるんだ」


 それらの弱点をカバーするため、大輔はもう一つ、アイデアを持っていた。


 今、最後の一つの存在を話した相手は、居住まいを正して座っている介。


「俺が取りに行く。高橋さんの事でマークされてるだろうから、ばらける方がいいだろう」


 介と大輔が離ればなれになる瞬間がある――これを友幸は予知した。

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