第26話
週末に
「ああ、玉子焼きの焼き方くらいなら、お安いご用だ」
聡子の事は知っている。公園で一度、会ったきりの相手では顔見知りともいえないが、介にとって唯一、教室の中で味方といえる存在である事だけ分かれば十分だ。
「野村さんは、代わりに冷凍食品の唐揚げを美味しく作れる方法を教えてくれるって。あとリューくんも連れてくるんだけど」
目をキラキラさせている介を見るのも公園での一件以来の事なのだから、大輔に反対する理由などない。
「いいよ。ここはペットOKなんだ。キャンキャン騒がれたらダメだろうけど、リューくん大人しい子だったし」
とそう告げられると、介はリーヴの方を向く。
「リーヴ、次のお休みに、リューくんが来るよ」
「本当に!?」
ぴょんっと飛び跳ねる様に立ち上がったリーヴが駆け寄ってきた。
「うん。野村さんが連れてきてくれるって。リーヴが会いたそうにしてたよっていったら、リューくんも会いたいんだって」
「そうか~そうか~」
しかしリーヴが落ち着きがなくなる程、喜び始めると、大輔の方は対照的に苦笑いしてしまっている
「けど野村さんって、普通に料理が上手な子だろ? 俺が教える事なんてない気がするけど」
大輔は、自分では料理ができない方だと自覚している。自分が食べられるものくらいは作れるが、小学生が喜ぶようなキャラ弁などは作れない。寧ろ聡子の方が、そういうのは得意なはずだ。
しかし介は、大体の理由は察せられる。
「うん、でも……来たいっていうから……」
いい
――本当は、心配で探してた。
そういった聡子に、介は
――でも、一緒に遊んだり気持ちを楽にするのは、できるから……。
それをしてくれているのだ、とは、介は大輔にいえなかった。
介が仕返しを望んだ時に、大輔がいった言葉がある。
――頑張れるか? 地獄行き確定なのに……。
この地獄は、もう降りられない。
聡子が介に関わると、いつ危険を及ぼしてしまうかも分からないのだが……、
「そうか」
大輔も、それは分かったが、分かって尚、いった。
「校区外だから、ちょっと迎えに行った方がいいよ」
***
土曜日、リューのリードを引きながら自転車に乗り、聡子がやってくる。
大輔は心配していたが、リューがいる分、聡子は校区外でも安心して自転車を走らせていられた。信号で停まると、リューが前へ庇う様に出る。
「野村さん!」
アパートへ続く曲がり角で、介は大きく手を振った。県道から入ってくる交差点は、見落としやすい地点である。
「
聡子は手を上げられない代わりに声を張り上げ、介はその声に駆け寄る。
「おはよう」
「リーヴちゃん、おはよう。リューも挨拶して」
その姿が可笑しいと笑いつつ、聡子が愛犬へと視線を向けると、リューは背伸びしてリーヴの鼻先に自分の頬を寄せる。
そして「おん」と一声するのは、リーヴを降ろしてやってくれといっている風。
「ん?」
介が地面にリーヴを降ろすと、リューは初めて会った時と同じように屈んでリーヴへにじり寄ると、ひょいっと器用に鼻先でリーヴを持ち上げ、背に乗せた。
「お、リューくん力持ち!」
介がパチパチと手を叩くと、リューの背でリーヴも目を細め、
「リュー、リーヴちゃんを落とさないでね?」
聡子がポンポンとリューの頭を撫でると、リューはもう一度、「おん!」と得意気に鳴く。
「ちょっと大輔叔父さんに知らせるよ」
その様子に介は笑いながらポケットからスマートフォンを取り出し、メッセンジャーアプリを立ち上げると、聡子が目を丸くする。
「スマホ持ってるんだ、すごい」
キッズスマホを持っているクラスメートもいるが、珍しいものであるには違いなく、特に介が持っているのはキッズスマホではなく、大人が持っているスマホの型落ち。
「大輔叔父さんがくれたんだ。昔、使ってたスマホだから、今時のゲームに使うと重くなっちゃうけど、連絡を取るにはいいだろうって」
介も少し得意そう。
だが大輔からの返信は、「待っている」ではなかった。
――すまん。出て行かなきゃならなくなった。
一日、時間があるはずの大輔だったが、これから出かける事になってしまったというのだから、介は「あ……」と表情を曇らせてしまう。
「どうしたの?」
聡子は不思議そうな顔をしたが、介から「実は……」といわれたら「なんだ」と笑みを浮かべた。
「おじさんが帰ってくるまでに、お昼ご飯を作ってびっくりさせてあげようよ」
聡子はあくまでも前向きだ。
「実は、みんなで作って食べれれば良いなって、材料を買ってきたんだ~」
自転車の前カゴに入っているトートバッグの中身は、3人分の食材だった。
「おじさん、ウィンナーが好きっていってたでしょ? だから、飾り切りのウィンナーを
聡子の目標は介を事件以前の明るい表情に戻す事なのだから、その真っ直ぐな目は心に届く。
「そうだね。一緒に作ってくれる?」
「うん。一緒に作ろう。鷹氏くん、手を貸して」
「うん」
二人は大輔のアパートへ戻る。大輔が出かける時、鍵をかけて行っているが、介はポストの辺りを探った。
「スペアキーを置いてるんだ。郵便受けの中に……あった」
郵便受けを探っているのとは逆の手で、郵便受けの下に仕掛けられたボタンを押すと、カチンと軽い音を立てて鍵が落ちてきた。
「電磁石を使って、裏側に貼り付けてるんだ。ボタンを押したら取れるようになるの」
「へー」
感心する聡子の横を擦り抜け、介はは部屋の鍵を開ける。
***
「飾り切りっていっても、タコとかカニとかだけじゃないの。コレを使うとね!」
キッチンに立った聡子がトートバッグから出したのは、様々なパスタ。
「こうして、切ったウィンナーを……これだとスパゲッティがいいね。これで刺していくと……」
大きさを変えて切ったウィンナーをパスタで繋げると、
「あ、ゾウだ!」
介が思わず声を上げさせられる、想像していなかった形になる。
「他にも、ウサギ、キツネ……」
器用に動物を作っていく聡子に対し、介は卵用の四角いフライパンを取り出し、
「叔父さんから、卵の焼き方を教えてもらったんだ。ちょっとずつフライパンに入れて、半熟の特にフライ返しで丸めて、次、またちょっとずつ入れて丸める……この繰り返しだって」
「そうなんだ。あ、鷹氏くんも上手! 殆どこげてない!」
砂糖を入れた玉子焼きは焦げやすくなってしまうのだが、表面にだけ火が通れば、まだ見えている部分がトロトロでも巻いていけば柔らかい玉子焼きになる。
「玉子焼きとウィンナー……」
自分が作ったウィンナーと、介が焼いた玉子焼きが並んでいるのを見ると、聡子は思わず口にしてしまう事があった。
「お弁当の二大スター!」
まさしく子供が、普遍的に好むおかずだ。
二人で笑う。
介にとっては、久しぶりな事だから思いついたのかも知れない。
「野村さん、ウィンナーを犬とネコにはできない?」
犬とネコといった介の視線の先には、リビングで寝転がっているリューと、その腹に乗って伸びているリーヴの姿。
「できるよ。こう……」
今度はマカロニで切り分けたウィンナーを刺していく聡子は、丁度、今のリューとリーヴをモデルにして作る。
そんな笑みが絶えない部屋へ、アパートの外から向けられる一対の目があった。
「当たりだね」
耳に手を当てる仕草と共にそういったのは
耳に手を当てる様な仕草をしているのは、スマートフォンなど持っていない彼女でも連絡を取る手段を持つ相手に意識を送るため。
――やっぱり。
その声は悟依にしか聞こえない。
精神感応の魔法を使う
――野村をマークしてたら、鷹氏の居場所に行ってくれる。思った通り。
精神感応を直接、介に使わなかったのは、介を敵だと見ているからか。
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