第25話
それでも5歳違いの兄が義務教育を終えて働きに出ると、生活の水準は上がった。
――当たり前だ。
友幸はそう思う。
――みんなが一生懸命なんだから。
故に、思考はこう続く。
――クソラッキーな保険金で一家安泰なんて、間違ってる。
友幸の父は義務教育終了直後から働いているから、介の父親がどういう学歴であっても上である。
兄までもが高校に進む事なく必死に働いて、やっと生活が上向いたというのに、介は父親が死んでも悠々と生活できている。
とはいっても、介の父親も必死で働いた結果が、現金一括で買った自宅だった。介が大学まで進めるように、自分に何かあった時のため保険金を用意していたのも、介の父親は当たり前の事だというだろう。
そこが友幸の認識と違う。
――何かやったんだ。
友幸にとって、障害とは階段状になっていない。本来は障害、困難とは階段状になっており、人それぞれが自分の努力と実力によって乗り越えていくものであるが。
友幸にとって障害とは一枚岩の岩壁だった。
それを乗り越えられる者は、選ばれた才能の持ち主か、さもなくば……、
――ズルしたに決まってる!
介が選ばれているはずがないのだ。
ならば介の家族も、
「……」
その介を、友幸は見つめていた。
元は2001年に香川県で始まったとされる弁当の日は、児童が自分で弁当を作って持ってくるという取り組みだったが、今では「自分で作る」は形骸化している。
介が開けている弁当箱の中身も、自分で作った訳ではない。
「いただきます」
それを友幸が横から手を伸ばす。
「もらいッ!」
掴んだおかずは何でも良かったが、最も目立ち、
そして唐揚げを狙ったのは、友幸にとっては正解だ。
「何コレ?」
何でもいいから文句をつけてやろうと思っていたところへ転がり込んできた唐揚げは、冷凍食品だ。
「ネバネバしてる~。よくこんなの食べる気になるわね。おばさんが作ってきてた頃から思ってたけど、もっと酷くなった。やっはり貧乏おじさんだと、冷凍食品なの?」
友幸が思いつく劣っている事を示す言葉を、これでもかと詰め込んだ。
「……」
介は友幸を睨み付けるのだが、それだけだ。
「じゃあ、
介に顔を向けさせた声は、自分の席から弁当箱を持ってやって来た
「はい、どうぞ」
「でも、悪いよ……」
女児である聡子の弁当箱は小さい。唐揚げもゴロゴロと入っている訳ではなく、二つしか入っていないではないか。
「食べてみて」
しかし聡子は笑顔で唐揚げを掴み、介へ「あーんして」という。
「あーん」
参ったという様に口を上げた介は、噛み付いた瞬間、「おいしい」と呟いた。介が美味しい以外の言葉を出すはずがないが、それでも本心から出た言葉は聡子ならば理解できる。
「実は、同じ冷凍食品なの」
聡子の笑み。
「鷹氏くんの叔父さんは、お仕事に行かないとダメだから、時間が足りなかったのね。レンジでチンした後、ちょっとだけでいいからオーブンで焼いてあげると、こういう風に変わるのよ。電子レンジは唐揚げの中心から温めようとするから、水分が衣に残っちゃうの。それをオーブンで焼くと、水分が飛んで、カリッとなる」
こういう事をいうのだから、聡子は弁当を本当に自分で作ってきているのだろうか? 介が訊ねる。
「野村さんは、自分で作ってるの?」
「うん、作ってるよ」
聡子は笑顔で頷いて、「……半分だけ」と付け加えた。
「お母さんと一緒に。お母さんも、私が生まれた時から夢だったみたい。
「そうなんだ。あ、叔父さん、玉子焼きは自信作っていってた。野村さん、唐揚げのお礼。食べてみて」
唐揚げを一つ、箸で摘まむ介は、「はい」と野村の弁当箱に入れる。
「はい、どうぞ」
「……うん、いただきます」
聡子が少し言葉を詰まらせたのは、聡子が介にしたように「はい、あーん」といってくるのかと思っていたからだ。
残念なのか、ホッとしたのかは、玉子焼きを口に入れた瞬間、どうでもよくなる。
「ふわふわ! あ、お砂糖が入ってるからだ。焦がさずに焼くの、大変だったでしょ」
「そういってた。だから、少しずつ焼いていくんだって。フライパンに溶き卵をちょっとずつ入れて、表面が焼けたら丸めて、継ぎ足して丸めて……って」
大輔の手付きを真似て、フライパンに
「それ私、苦手なの。鷹氏くんの叔父さん、教えてくれないかなぁ」
「教えてくれると思うよ。それと、田村さんは、唐揚げの美味しい焼き方を教えて。それなら僕もできそうだ」
「うん。三人でやろう」
聡子の返事に、介は「ありがとう」と頷き、肉を食べたのだから野菜に箸を入れる。
隣に来ている聡子は、自分の席に戻る気などなく、ここで介と一緒に食べようと考えているものだから、大輔が作ったおかず全てが気にかかる。
「それって、ほうれん草とか小さく切って、油揚げと一緒に炒めてるの?」
唐揚げ、玉子焼き、後は野菜の炒め物にふりかけご飯という弁当は、男が作ったにしてはなかなかのご馳走といえるのではないか。
「あ、これは大根の葉っぱっていってた」
そんな介へ真っ先に答えたのは聡子ではない。
「はい、出ました、大根の葉っぱ~」
「貧乏人~」
家族がいなくなった介にクラスメートの大半が抱いているイメージは、貧乏の2文字である。
こういう罵詈雑言には、介ではなく聡子が答えていく。
「ううん。大根の葉っぱは、白いところと同じくらい栄養があるし、玉子焼きや唐揚げの間に緑色があると、明るい感じになる。鷹氏くんの叔父さん、しっかりしてる」
介は仲良し7人組に対し、変な「遠慮」とでもいうべきものがあり、いい返せない。話のイニシアティブを握れないから一方的にやり込められ、仲良し7人組は優越感に浸っていられるという状態になる。
しかし聡子は、自分がいる以上、介への援護ができると思っているし、援護する覚悟だ。特に料理のことならば、聡子は大人並みとまではいえないが、クラスメート相手ならば誰もが持っていない知識と経験を持っている。
「味は――」
介の弁当箱に伸ばした箸が無断だったというのは、もう些細な事。
「おいしー。お醤油で味を付けて、油揚げと一緒に炒めてるから甘くて栄養満点。すごいよ、鷹氏くんの叔父さん」
「うん。ありがとう。僕も、凄いって思ってるんだ。本当のお父さんじゃないから、お父さんの代わりが出来るように頑張るっていってくれてて……」
「コンビニ弁当を弁当箱に詰めてくるような、そんなみっともない真似はしないって、作ってくれたんだ」
大輔がそういったのは事実だ。
しかしこの教室に、「コンビニ弁当を弁当箱に詰めただけのもの」を持ってきている生徒はいるのか?
いるのだ。
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