第24話

 帰宅したかいを出迎えたのは、玄関先にも漂ってくるハンバーグの香りと、大輔だいすけの「お帰り」という声だった。


 しかしただいまという介の顔には、少しばかりバツの悪そうな表情が。


「おかえり」


 大輔は「遅かったな」とはいわず、もう一度、繰り返した。


 遅くなった理由は、察しが付く。


「そろそろ、あっちにバレたか?」


 介が担任と共に、中津川なかつがわ真誠まこと西谷にしたに みやびが行方不明になった裏山へ警察と向かう事になったのは、既に連絡を受けていた。


 それでも遅くなったという事は、誰かと鉢合わせしたという事と結びつけるのは容易たやすい。


「うん」


 これには介も首肯しゅこうする。


「勝った。リーヴが持ってきてくれた武器で。それと――」


 介は溜息を吐きつつ、ポケットに挿していたポールペンを示した。


「役に立ったよ。ありがとう」


「ん?」


 それには大輔の方が分からない。


「3人目の濱屋はまやさんは水だった、魔法。気管に水を詰めて窒息させるっていう大輔叔父さんのいった通り」


 今度は分かった。特に、どう使ったのか。


「……という事は、刺したな?」


 大輔は喉を指差し、介は「うん」と短く、小さく答える。


「気道確保の方法を思い出したから」


 看護師だった母親から習っていた。応急救急で人工呼吸は無駄だといわれていた時代もあるが、気道確保が無駄だといわれた時期はない。


「そうか」


 大輔は少しホッとした顔を見せ、続いて「すまない」と一言、詫びる。


「お袋は兎も角、姉さんは不可解な窒息だったから、こういう使い方もあるんだとは思ってた。全部は、教えられなかったが」


 教えられなかったのにも当然、理由が存在していた。


「精神感応を持ってる奴が、どれくらいこっちの考えを読んでくるかわからないからな」


 もし介が水の魔法を持つ相手を想定し、ボールペンを使う「いざという時」を把握していたら対策を取られかねないと考えての事である。


 ただ「他の使い方もできる」とだけしかいわないのは、介の閃きに期待するギャンブルだった。無論、分が悪い方の。


「大丈夫。覚えてたから」


 看護師だった母親からもたらされた知識は、介の中で生きている。喉のどこを、どれだけ刺せば気管に届くかは、やってみなければ分からなかったが、喉を切って気道確保する事がある事や、またマンゴーがウルシ科の植物で、皮膚の炎症をもたらすかも知れない事は覚えていたからこそ閃いた。


「それに怪我は、リーヴが治してくれるから」


 介は苦笑いし、その下で、付け加える。



「……死なない限りは」



 死んだ者を生き返らせる事は、リーヴの魔法でも不可能。故に殺された祖父母や母親を戻す事はできない。


「……」


 大輔は何もいえず、だから介が続けた。


「死なないでよ」


 それは二人の生活を始めた時、介が口にした言葉。


 だから大輔も繰り返した。


「当たり前だ」



 ***



 初めての遭遇戦で疲れた介は夕食を食べてすぐに寝てしまったが、大輔はコーヒーを飲んで夜更かしする体勢になる。


「大輔さん」


 介が寝入ったタイミングで、リーヴは寝室から抜け出してきた。


「水鉄砲、飛距離は凄かったけど、発射は一回しかできないかも」


 濱屋はまや毅世子きよこを倒したのは二度目の射撃であり、その二度目も毅世子の油断がなければ発射できていなかった。


「連発銃にはできませんか?」


 リーヴの要望はもっともだろうが、それに対する回答を、大輔はほぼ考えなくてもできる。


「難しい」


 圧力で射程距離を稼いでいるだけに、一度でも引き金を引いてしまえば溜めていた圧力が0近くまで落ち込んでしまう。外付けでガスボンベでもつければ話は別だが、今度は重量がネックとなる。


 ――使うのは、介くんだからな。


 重量や全長は致命的な欠陥になりやすい。


「銃の理想的な重さは、体重の7%から6%が理想だ。介くんの体重は確か……45キロから50キロくらいか」


 ならば理想は3キロだが、3キロを担いで走り回るのは介にはキツい。上背はあっても、介は運動が得意ではない。


「でも一度しか撃てないんじゃ、介くんも練習不足でしょう……?」


 リーヴの声は尻すぼみ。介が名手というのならば兎も角、練習を始めて何日かしか経っていないのでは、水鉄砲といえども自在に操れるのは余程の天才だけだ。


 セカンドチャンス、サードチャンスに賭けるしかない場合もあるが、今の水鉄砲は活かせない。


「いや、そりゃそうだ。そりゃそうだが……」


 大輔は大きく溜息を吐いた。リーヴのいっている事は、寧ろ大輔の方がよく分かっている。連発式にするのは当然であるし、できれば射程も伸ばしたい。ソフトエアガンを使ったサバイバルゲームでも、狙撃が想定される距離は25メートル。


「25メートルか」


 水鉄砲の改良も、大輔が知っている手段では限界がある。実のところネタ切れといってもいい。


「そろそろ、相手も俺たちの存在や、自分たちの状況がわかってもいい頃だ。こっちの欠点を潰していかないと死活問題にぶち当たる」


 懸念していた水の魔法を使う毅世子は排除できたが、もう一つ、懸念している精神感応は健在なのだ。


 介と同じく小学5年生であるから、綿密な計画には沿わないし、ミスもそこら中にある。


 ――相手は自分がミスをするとは思ってない節もあるが……。


 よりグダグダになった方が負けるというのを、大輔が自覚しているのは大きなアドバンテージだ。雅をたおせたのは仲良し7人組に油断があったのは間違いなく、それを修正しなかったため毅世子も失う事態を招いている。


 しかし人数を半減させられても尚、自分たちを侮り続けるはずと考えたならば、大輔も逃避を始めた事になってしまう。


 大輔は深い溜息と深呼吸を繰り返す事で、その逃避を追い出す。


 そして追い出せば――、


「いや、二つくらい手があるな」


 介が毅世子を斃したように、大輔にも閃きはある。


「ホント!?」


 聞き返してしまうリーヴの表情は明るいが、大輔は逆だ。


「武器……か」


 介をより深い地獄へ招くものなのだから。

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