第20話

 女子児童が立て続けに二人も行方不明になる事件は尋常ではない。ましてや市立しりつ松嶋まつしま小学校は、将来の統廃合も考えられている程度の生徒数なのだから。


「この山です」


 西谷にしたに みやびを最後に見た事になっているかいは、担任と警察に連れられ、裏山を案内していた。


「丁度、その辺りで僕がネコと遊んでいると、西谷さんが後から登ってきました」


 介が指差すのは、最初のくくわなを仕掛けた場所であるだけに、声が上擦うわずる。



 大人に――警察にウソをついるのだから当然だ。



 魔法少女は死後、弔う事ができないように死体が残らない。最期の痕跡すら残さず汚泥になる。それは最期に所持していたもの、着ていた服も同様だ。ここで真誠と雅が最期を迎えた証拠は何も残らない。


 もし介が二人を殺した事を自白したとしても、ここで死んだ証拠が出てこないのでは、裁く裁かない以前の問題とされる。魔法は殺した証拠を残さないと胸を張れるのは、仲良し7人組だからだ。介は、バレてもどうしようもないと分かっていても、堂々としていられる性格ではない。


「ふむ……」


 介が指差した方向へ視線を向けながら、警察官は一度、唸った。すぐ住宅地に繋がるとはいえ、住宅地であるからこそ日中、人出は少ない。小学生の下校時間から夕方6時くらいまでは留守にしている家ばかり。


「この上、何がある?」


 年長の警察官からの質問に、年下の警察官は地図のページを捲る。


「何もないです。道は山の向こうに繋がっていますし、山頂を超えれば市立公園にも繋がってますが、この道を通って行こうと思いますかね?」


 ハイキングコースというにも寂しい道で、敢えて道の先に何があるかといえば、水道局の配水タンクくらいなものである。女児が一人で訪れる場所とは、到底、思えない。


「登ってみるか」


 警察官はふぅと溜息を吐いた後、担任と介を振り返る。


「君は、こんなところで何をしてたんだ?」


 女児がいるには不自然な場所だけに、介がいる事も不自然だ。


「僕は、野良ネコと遊んでました。黒い子が一人、この山に住んでて、その子と……」


「野良ネコ?」


 眉をひそめる警察官だったが、ここは分かる。


「そこ、昔は大学の女子寮だったけど、閉鎖されたじゃないですか。そういうのがあるから、野良ネコが住み着くんですよ」


 若い方の警察官が、石段の麓を指差した。生徒数と生活の変化から不要となって閉鎖された寮は、雨風を凌げる広い空間という事もあって動物が住み着く事がある。


「なるほどな。最近、野良ネコ自体は増えてるのに、町中じゃ出会えないな」


 ここが希有けうなスポットである事は分かったが、それでも一人で来るところだろうかという疑念は、少なくとも年長の警察官には残った。


 残ったが……、


「僕、ちょっと前に家族が……。だから……」


 それをいわれ、そして鷹氏たかしという珍しい名字が揃えば、警察官は二人とも「ああ……」と言葉を濁すしかない。


「分かりました。先生と鷹氏くんは、ここで結構です。我々は、上も何かあるかも知れないので調べてきますので、ここで」


 年長の警察官は二人に敬礼して石段を登っていき、若い方も追おうとするが、その前に介を振り向いた。


「鷹氏くん、色々、大変だと思うけど、負けないで」


 その言葉は常識から出て来たのだろう。


 しかし今の介に「負けないで」とは、皮肉以外の何ものでもない。



 ***



 大輔だいすけのアパートへ向かって、介は自転車をぐ。本来、校区外から通学しているのだから自転車でも遠いのだが、それでも介は担任の車に乗る気はなかった。


 ――関わっちゃダメだ。


 介は線引きしていた。


 谷校長の時代は、担任も39人のユートピアを維持するためのパーツだったというが、今は少し違うらしい。


 直接は関わってこない。


 見て見ぬ振りは同罪ですとは教師の常套句であり、この担任も同様であるが、介はそれを適用できない性格であるから、巻き込めないからだ。


 だから担任の車でなく、自転車で帰る。


 住宅地を出たところで出会えた光景は、それ故の幸運だろうか?


「介くん!」


 介にブレーキを掛けさせた声は、走ってくるリーヴのもの。


「リーヴ……何してるの?」


 背中に水鉄砲をくくりつけたリーヴが、トコトコと介の方へやってくるではないか。


「迎えに来ました」


 介の足下で止まるリーヴは、クイクイと背負っている水鉄砲へ顎をしゃくる。


「大輔さんが、改良して持たせてくれました」


 手動ポンプ式だった水鉄砲に改良を加えたという。


「介くんと大輔さんのいる場所は分かるので、持ってきましたよ」


 これはリーヴの能力だ。この「ゲーム」に参加している味方の位置だけは、分かる様にしてくれているらしい。


「危ないよ」


 リーヴを抱き上げる介は渋い顔をするしかない。水鉄砲は70センチを越えるサイズなのだから、リーヴの体格では明らかに大きい。


 しかしリーヴは何でもないという風にいう。


「気を付けてますから、大丈夫ですよ」


 元は人間で、また何百年と生死を繰り返しているのだから、危険に対する警戒心は寧ろ介より高いのがリーヴだ。


「それに、目立つ方がいいって大輔さんにいわれたので」


「大輔叔父さんに?」


 大輔の判断なら間違いないと思っていても、これは介も首を傾げた。


「私が目立ってると目撃者が出るので、それだけ相手も攻撃しにくいだろうっていってました」


 いくら魔法が凶悪な攻撃手段であっても、目立っている時には使えないからだ。大輔が危惧している「水を使った窒息」でも、この目立つリーヴが傍にいる時、泡を吹いて倒れている相手を救助もせずに放置する女児がいては目立って仕方がない。


「そっか」


 介はリーヴを自転車の籠に入れると、優しく頭をでる。


「ちょっと練習していこうか」


 大輔が改良したという水鉄砲は、介も気になっていた。


「本番はジュースを使うっていってましたよ」


 何のジュースでしょうねとリーヴがいいかけたところで、介と共に固まってしまった。


 人混みの中に、見つけてしまう。



 濱屋はまや毅世子きよこ



 毅世子は二人を見て口角を吊り上げる。


「逃げるなよ」

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