第19話

「誰が何を持ってるかは、わからないんだったな」


 スマートフォンのメモ機能を操作しながら、大輔だいすけはリーヴへ確認した。


西谷にしたに みやびは火だった。その前の中津川なかつがわ真誠まことは分からない」


 大輔も不安は強い。しかめっつらを見せてばかりではかいの不安もあおってしまうため、顔には出さないようにと気を付けているが、口元を覆った左手の下で口元を歪めていた。


「中津川が、何を持っていたか気になる……」


 これはリーヴも見ていないし、介も中津川が魔法を使う前に殺してしまったため分からない。


 そして間の悪い事に、リーヴが把握している7人の能力は、炎、電撃、水、予知も含む精神感応、念動、風の6種だった。


 ――最初から分からないのが一つある。


 これは先手をとり続ける必要がある回と大輔にとって、不利になる要素だ。


「何だったら、一番、いい?」


 やはり介の顔色は不安そうで、大輔は左手を降ろして表情を正す。


「そうだな……。作戦を立てる上では、精神感応か水が潰れててくれると助かるな」


 介は意外というしかなかった。


「精神感応と、水?」


 炎や電撃に比べれば、どちらも破壊の象徴としてのイメージが薄い。


「精神感応……テレパシーっていうのはヤバい。スマホみたいな通信手段を残り5人が揃えてないから何とかなる可能性があるんだ。それを、テレパシーみたいなお手軽な手段で情報共有されたら、かなり追い詰められるぞ」


 今は外出した先で通信する手段がないから、介と大輔は自分たちの存在、また戦法を隠していられる。しかし精神感応を使える者が生き残っていて、全員を繋いでしまうと、あらゆるモノが一気に広がってしまう。


「そういう使い方をするもんだと思ってないなら別だけど、……祈るのは運の問題になる」


 運というならば、もう真誠と雅の二件で使い果たしたんじゃないか、というのが大輔の考えだ。


「そして水……。これも、水の比重は1ccで1グラムだから、大した事がなさそうに感じるんだが……水分を自在に操れるっていうのはヤバい。人間の身体は6割が水分だから、コントロールされるとなったら……な」


 水の魔法を使う者が人体の水分を操るらしいというのは、大輔の想像ではなく事実である。


 ――警察から聞いた話だと、お袋は倒れた姉貴の下敷きになって溺死したけど、姉貴は違ってた。


 佳奈かなの死因は、気管に異物が詰まった事での窒息だった。意識障害になった原因を、吐瀉物としゃぶつなどが気管に詰まった事と推測していたが、大輔は姉を殺した相手こそが水の魔法を使う魔法少女だと予想している。


「気管を水で塞がれる……頭に水槽でも取り付けられた様になるんだったら、これはキツい」


 魔法の強さ云々うんぬんではなく、それを選択できるセンスがある者こそを大輔は恐れる。


「介くん。ボールペンとメモ帳を渡す。気付いた事がある度にメモして。そのほかも役に立つかも知れないし」



 ***



 濱屋はまや毅世子きよこの母は、ゆらゆらと夢の中。


 ――最近、欠勤が多いけど……、金曜まで休んだら、次は間違いなくナンバーワンから陥落よ?


 のそんな言葉を覚えている。まだ毅世子を生む前、東京でホステスをしていた頃だ。


 毅世子の父親になる男を知った日から、生活の全てが「そこ」になった。


 関東圏に本拠地を持つプロの強豪チームを率いる立場にあるという男は、彼女に最高の悦びをくれた。ただし週末ごとに過ごす二人の時間は、唐突に終わる事になるが。


 ――20代美女との密会を激写。


 ――遠征先のホテルで密会か。


 ――過去に女性トラブルも。


 ワイドショーを賑わせた話題は、瞬く間に生活を侵食した。


 ――わかっていた。他に愛人がいる事も、私がその一人でしかない事も。


 それでも思った事は単純である。


 ――二番でも三番でもいい。そこにいられる女になれれば。


 メール、メッセージアプリ、電話とあらゆる手段でアプローチを仕掛けたが、やってきた言葉は、男からではなくママから。


 ――今日は金曜日だけど、あなたのお客さん、誰も来てないわね。


 ――はい……。でも、谷本さんに連絡したから、多分。


 ――谷本さん、あなたが出勤してるか毎週、必ず電話して下さってたわ。でも、もう一ヶ月は電話がない。一週間、まるまる休んだ事もあったでしょう? 今の貴方より、新人の方が遙かに売り上げがあるわ。


 ママから告げられたのは、戦力外通告。


 ――残念だけど、あなたの居場所はこの店にはもうない。でも長年、お店を支えてくれたあなただから、他のお店に移るなら、今月のお給与は色をつけて即日お支払いします。


 ママからは深い溜息も、さげすみの視線もなかった。


 ――こうなった理由は、あなた自身が一番、わかってるでしょう。


 その直後に分かったのが、彼女の中に毅世子が宿っていた事。


 しかし店という後ろ盾を失った彼女に、そして水商売の女というレッテルが貼られた彼女に、父親へ認知を求めるハードルはあまりにも高くなりすぎていた。


「こんなのが……」


 ゆらゆらと夢の中にいる母親へ向けられている毅世子の視線に含まれている感情は、果たして何であろうか?


 アラフォーで一文無しになって地方の実家へ子連れで戻ってきた女――。



 毅世子の感覚では、この女が自分の母親だという事実が、現実であって良いはずがなかった。



 なのに介の母親は、同じくシングルマザーだというのに、息子にどれだけのものを与えてきたか。


 ――私だってもらわなきゃウソでしょ。鷹氏たかしなんて、何ももらえなくて当たり前じゃなきゃウソでしょ。


 泡を吹いて倒れる母、その母に押しつぶされて藻掻もがく祖母、炎の中で悲鳴を上げてのたうち回る祖父――それこそが介の家族の真の姿でなければならないのだ。


「毅世子、帰ってきたら、どうする事になってる?」


 台所から祖母のしわがれた声が聞こえてくる。


「宿題は? あとお母さんは疲れて寝てるんだから。起こさないように、遊ぶんなら外に行きな」


 祖母の顔に深く刻まれている皺は苦労の証であるが、その分、今更、苦労させるなと言外に告げている言葉がアリアリと毅世子へ向けられてくる。


「うん」


 毅世子は面倒臭そうに返事をした後、祖母と母を一瞥し、玄関から出て行く。


 ――何で、こんなのが……。こんな二人、鷹氏みたいな、ナヨナヨしてる奴と家族になってりゃ十分なのに。


 玄関を出ると、まだ夕方にもなっていない陽光が毅世子の顔に影を落とす。


「今度は、お前が選んで持って来い。死ぬ奴をな……」


 介など両親からも祖父母からも分不相応なものをもらっていたと自覚させなければならない。


 自分には相応しくありません、と。

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